NHKアナウンス室

アナウンサー仕事の流儀

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インタビュー 小松宏司

04/03
スポーツ実況がやりたくて。
  • 幼いころは、どのような子どもだったのですか?

    「よくしゃべる子だな」と言われていました(笑)。僕の父親もおしゃべりが好きな人だったので、きっとその影響でしょうね。
    自分では覚えていませんが、4歳くらいのころに実家を新築したのですが、僕は大工の棟りょうをつかまえては「僕の家だから、いい家にしてよ」と何度も言っていたと聞きました。また、親戚が集まるとカラオケ大会をやるのですが、僕は誰よりも先にマイクを握って細川たかしさんの『矢切の渡し』を歌っていたそうです(笑)。

  • では、アナウンサーになるべくしてなったという感じですか?

    それがそうでもなくて、ずっと教師になりたいと思っていました。小学生のときに大好きな先生がいて、その先生のような教師になりたいと。

  • それが、どうしてアナウンサーに?

    大学時代にラクロスをやっていたのですが、あるとき、民放のアナウンサーが取材に来てくれて、まだ広く知られていなかったスポーツのラクロスを紹介してくれました。そのときに、いろいろな現場を取材したり、スポーツの実況をしたりする仕事っていいなと思うようになりました。
    教師という仕事もそうですが、自分が勉強したことや調べたことを誰かに伝えることが好きなのだと思います。
    高校3年生のときに高校サッカー選手権の都大会の決勝戦をテレビで見ていると、僕の小学校からの友人が後半途中から選手交代で出てきました。そのとき実況していたアナウンサーが「彼は今スタメンを外れていますが、それはケガの影響で本来ならスタメンに名を連ねてもいい選手です。スピードあるフェイントが武器の選手です」と紹介してくれました。そのコメントがなければ、高校3年生だから最後の思い出づくりのために監督が出してくれたのだろうとテレビを見ていた人は思ったかもしれません。でも、アナウンサーのコメントで、テレビを見ている人の彼への印象や彼のプレーへの期待感は大きく変わったと思います。それも、アナウンサーを目指すきっかけになりました。

  • では、スポーツ実況をするアナウンサーを目指していたということですか?

    そうです!入局当初はずっとスポーツ実況をやりたいと思っていました。
    初任地は長野放送局で、ウィンタースポーツが盛んでしたので、アルペンスキーやアイスホッケーの実況もやらせてもらいました。

  • はじめてのスポーツ実況は何だったのですか?

    入局して2年目のときで、高校野球の夏の県大会準決勝のラジオ中継でした。ヘッドセットをつけて、スポーツのテーマ曲が流れて、第一声を発したときは感動しました。

  • その実況はうまくいきましたか?

    それがですね・・・雨で試合が20分中断するという予想外のことが起きました。中断中も解説者と何か話をしなくてはいけないのですが、10分経過したくらいで、もう何を聞いていいか分からなくなって、「野球がうまくなるには、どんな食事をすればいいのですか?」とか訳の分からないことを聞いたりして(笑)。
    すると、あたふたしている僕を見かねた解説の方がこの質問をしなさいとメモを渡してくれるようになりました。解説の方にしてみれば、自分が書いた質問に自分で答えるという一人二役です(笑)。でも、そのメモがなければどうなっていたか・・・苦い初実況でした。

  • そういう苦い経験は、若いころ誰もが1度は経験することなのでしょうね。

    じつは、入局して9年目にも苦すぎる経験をしまして・・・。
    2008年の元日に、テレビでニュースを読むことになりました。僕にとって、はじめてのニュースの全国放送だったので、家族もテレビの前で僕が登場するのを今か今かと待っていたそうです。
    僕は僕でニュース原稿を何度も、何度も下読みして、それこそ暗記するくらい。でも、そのニュース原稿を読む前の「2008年1月1日、明けましておめでとうございます」で噛んでしまいました(笑)。
    そのあとのニュースは完璧に読めたのですが、家族はこれ以上見てはいられないと、僕が噛んだ直後にチャンネルを変えたそうです。
    今は笑って話せますが、そのときの落ち込み方はひどかったですね。帰りの電車に乗っても、新年、初詣などで楽しそうに笑っている人がいると、「明けましておめでとうございます」で噛んだ僕のことを笑っているような気がして顔を上げられませんでした(笑)。
    そして、いい慣れた簡単な言葉であっても、気を抜かないでしっかり練習しなければいけないということを学びました。

04/10
オレンジのジャケットと言えば『ごごナマ』。
  • 『週刊ニュース深読み』で心がけていることは何かありますか?

    以前は、番組後半のプレゼンターでしたが、今は前半のキャスターを担当しています。
    僕の前にキャスターをやっていた高井正智アナウンサーは、バリバリの報道のリポーターで、現場での取材もとてもうまいので、同じような感じでやっても彼の劣化版になると思うので、自分らしさをできるだけ出していきたいと思っています。少しでも1つ1つのニュースを深読みしてもらえるような伝え方を心がけています。取材先や制作過程でも、このニュースを1週間分まとめてみてみると、こんな背景が見えてきますといったことや、ニュースその後の追加取材などを行って、自分らしさを出そうと努力しています。

  • 小松さんらしさとは、たとえばどんなところですか?

    この番組ではプレゼンターの経験もあるので、番組前半でもその雰囲気を出せればいいなと。もちろん現場にも行きますが、なるべくスタジオでの首藤奈知子アナウンサーとの会話を通して伝えたいことをプレゼンしたいと考えています。しゃべっている顔が見えるから伝わりやすくなることも多々あると思うので、2人の会話を増やしていきたいですね。
    また、首藤アナウンサーも僕もお互い子育て世代なので、その世代の生活感も出しながら番組を進めて行きたいねと2人で話しています。

  • 4月からは、新番組の『ごごナマ』もスタートしました。

    はい、『ごごナマ』ではオレンジ色のジャケットを着て、生中継のリポーターを担当しています。
    この番組では生中継ならではの臨場感とともに、その日ならではのタイムリーな話題をお届けしたいと思っています。
    ですから、その日に準備して、すぐに現場に向かって、そしてリポートするという感じです。

  • 事前に十分な下調べができないというのは不安ではないですか?

    もちろん怖さはあります。ですが、その日に現場に行ったときのファーストインプレッションを大切にするリポートだからこそ伝わることもあると思います。書き上げたコメントをしゃべるよりも、その日、そのときに感じたことを自分なりの言葉で伝えたい。そういう気持ちで担当しています。
    そのためには機動力が欠かせません。この日は、どこそこに行こうと決めていても、たまたまほかの場所で何かが起こったら急きょその現場に向かいます。通常の生中継だと、総勢10人くらいで移動しますが、『ごごナマ』の場合はその半分以下。ですから、いつでも、どこへでも即座に向かえる。それは、この番組の強みですね。

  • それにしても、オレンジ色が眩しすぎるジャケットですね。

    そうなんですよ、局内をこのジャケットを持って歩いているだけで、みんなが振り返ります(笑)。
    ただ、「オレンジのジャケットと言えば『ごごナマ』の中継」と1人でも多くのみなさんに認識してもらえるように頑張ります。

04/17
尊敬できる先輩たちに出会えたことに感謝。
  • 小松さんが、目指しているアナウンサーはいますか?

    たくさんいますが・・・まず思い浮かぶのは、阿部渉アナウンサー。
    阿部アナは、『BS日本のうた』という番組で司会を担当していたとき、台本を一言一句すべて暗記していたそうです。ですから、カンニングペーパーは必要ない。それは、どういうことかというと、カンニングペーパーに目線が落ちる瞬間がないということで、しゃべっているときはいつも目の前のお客さんやカメラを見ている。不自然に目線がカンニングペーパーにいくと、見ているお客さんは「今、何かを見たよね」と気が散っちゃうんです。テレビを見ている人も当然それに気づく。もちろん、番組進行の安全を考慮するとカンニングペーパーは必要ですが、それに頼りすぎもよくありません。
    しかも阿部アナは、『紅白歌合戦』の台本も全部暗記したそうです。500から600ページもある台本をですよ!その暗記力もすごいけど、何より番組を見てくださる方や共演者に絶対的な安心感を与えたはずです。

  • 小松さんも『BS日本のうた』の司会をされていましたが、そのときは?

    僕は阿部アナの何代かあとの司会で、「台本を暗記するように」とはダイレクトには言われなかったけど、まわりのスタッフが「阿部さんはすごかった、台本を全部暗記していた」という“阿部アナ伝説”をさりげなく僕に言う(笑)。決して、「覚えろ」とハッキリとは言わないけど、それは「覚えろ」ってことだろうなと自分なりに解釈して(笑)、覚えるようにしました!

    阿部アナウンサー以外にも強く影響を受けた先輩アナウンサーはいますか?

    番組を制作するのも好きで、以前、演歌歌手の二葉百合子さんが引退されるタイミングで、これまでの自分を振り返るというインタビュー番組をディレクターとしてやらせてもらいました。
    アナウンサーは基本的にカメラの前に立つ仕事ですが、そのときはカメラの後ろからインタビュアーの小田切千アナウンサーの仕事を見ることができました。自分だったらここでこういう質問をするはずだとか、先輩に自分を投影しながら・・・。
    自分を投影しながら見ていると、小田切アナのすごさがより分かったし、自分はまだまだだなと思い知らされました。一番驚いたのは、インタビューなのにあまり質問しない。二葉さんが何かの質問に答えたあと、すぐに次の質問を繰り出すのではなく、黙っている。すると当然、沈黙になる。僕が「あれ、先輩、質問を忘れたのかな?」と思っていると、また二葉さんが話しはじめる。あの沈黙は、二葉さんの言葉を引き出すための沈黙だったのです。そこで、アナウンサーの仕事はしゃべることだけでなく、黙ることも仕事なのだなと学びました。

    • 二葉百合子さんと聞き手の小田切アナ

  • アナウンサーもディレクターの仕事をしたりするのですね。

    そうですね。企画を出して、それが認められればできます。しかも、自分の仕事を違う立場から見るというのはとても勉強になりました。 そのインタビュー番組で、二葉さんが教え子の坂本冬美さんに技を伝承するシーンを取材することができたのですが、それがすごかった! 坂本さんは歌の基本を浪曲で鍛えていらっしゃいます。そのときも、二葉さんのご自宅で浪曲の指導を受けるのですが、最初のワンセンテンスから先に進まない。ずっと二葉さんのダメ出しが続いて、先になかなか進まないのです。あの坂本冬美さんが、同じところを何度も、何度も歌って、それでもOKが出ない。すごい世界だなと思いました。 取材が終わって帰りの車中で、二葉百合子さんと坂本冬美さんとの師弟関係が、小田切アナと自分との関係に重なりました。そして、技を受け継いだり盗んだりすることの大変さを実感させられました。

04/24
報道もバラエティーも、どっちもやりたい!
  • アナウンサーとして、大切にしていること、
    心がけていることはどのようなことですか?

    畠山智之アナウンサーから言われた「現場に行ったときの第一印象やテーマを聞いたときの自分の気持ちをしっかり覚えておいたほうがいいよ」という言葉はとても心にしみました。
    中継のレポーターで現場に入ったときは、まず目に入ったもの、次に目をつぶってどんな音が聞こえるかをメモする。さらには、自分が立つ位置から見える景色だけでなく、カメラマンの位置から見える景色も写真を撮ったりして覚えておく。その現場を最初に見たとき、そのテーマを最初に聞いたときの自分のファーストインプレッションを覚えておくのはとても大切なことだと思います。

  • ファーストインプレッションを大切にする意味とは?

    たとえば、リポートの試写を何度も繰り返していると、最初に自分が感じたこと、疑問に思ったことを忘れて、制作者側に寄り過ぎてしまう。もしかするとそれは、テレビを見ている方の感覚とどんどん離れていくことかもしれません。
    自分が最初に感じたことは、きっと視聴者の方も感じることだと思うので、その感覚を覚えているのと忘れてしまったのとでは、伝え方や言葉の選び方に違いが出てくると思います。

  • 今後の目標は?

    今、『週刊 ニュース深読み』で報道のキャスターを、『ごごナマ』では生中継のリポーターを担当しています。報道番組のキャスターと情報バラエティー番組のリポーターと、アナウンサーとしては振り子が大きく振れている状態です。でも、どちらか1つに決めるのではなく、どっちもやっていきたいですね。そして、それぞれの番組で経験したことを、もう1つの番組で生かす。そういうチャレンジを繰り返しながら、自分らしさを見つけていきたいと考えています。
    ですから、報道も情報バラエティーもやらせてもらっている今の環境にとても感謝しています。

  • NHKのアナウンサーとしては『紅白歌合戦』の総合司会を いつかはやってみたいのでは?

    若いころは「いつかはやりたい!」と言っていました。でも今は歴代の先輩たちの大変さを知っていますから、恐れ多くて簡単には口にできませんね(笑)。

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