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証言まとめ

原発事故

原発事故を間近で体験した住民たち。
事故当時、周辺地域ではいったいどんなことが起きていたのか。
彼らの証言からそのときの様子を振り返る。

伴場光一さん(52) 福島県双葉町

避難中に原発爆発に遭遇

東京電力福島第一原発から4キロ離れた病院に勤務していた伴場さんは、病院の外で患者を避難させている途中、乾いたような音を耳にする。それは福島第一原発が水素爆発した音だった。

もっと早く情報が伝えられていればという思いは今でも強い

もっと早く情報が伝えられていればという思いは今でも強い

“割に乾いた音だったような感じがしますね。
ただ、物が降ってきたのはちょっと。
多分建屋の断熱材みたいな感じの、
ヒラヒラしたような物が降ってきた。
あれ?やられちゃったかな? と”

土屋繁男さん(63) 福島県大熊町

怒号が飛び交うなか、家族に遺書を書く

福島第一原発で警備員をしていた土屋さんは、免震重要棟で1号機の爆発を知る。所員たちの怒号が飛び交うなか、生命の危険を感じた彼は、家族にあてた遺書を書き始める。

水素爆発の前はそれほど混乱してはいなかった

水素爆発の前はそれほど混乱してはいなかった

“あの爆発のときに、コントロールできないもの、
魔物を起こしたような感じだったんですよね。
本当に人間の手に負えないものが目を覚ました”

今野義人さん(67) 田代澄男さん(65) 田代スミ子さん(69) 福島県浪江町

誰も気づかなかった高い放射線量

山あいの小さな集落である福島県浪江町の赤宇木地区では、原発から25キロも離れた所にあるため、住民に避難という考えはなかった。しかし当時、地区では高い放射線量が計測されていた。

原発周辺の住民はもっと勉強しておくべきだったと語る

原発周辺の住民はもっと勉強しておくべきだったと語る

“線量計っていうのかな。何ていうのか。
音を立ててピカピカ、ピーピー、ピーピーって
音を立てて、来たんですよね。
ここも危険だから早く逃げた方がいいよって”

関根俊二さん 福島県浪江町

被ばくしていた診療所

原発が爆発したにもかかわらず、町からの避難指示はなく、住民の間にも慌てた様子は見られなかった。しかし診療所の医師の関根さんは、地区に入る自衛官や警察官が防護服を着ているのを不思議に感じる。

実際は高い放射線にさらされていたことを後に知ることになる

実際は高い放射線にさらされていたことを後に知ることになる

“避難していた方の中には、子どもさんとかが
いっぱいいたわけですよね。そういう人たちは、
どのくらい被ばくしたんだろうということで、
非常に心配しました”

大泉勝実さん(53) 福島県富岡町

原発に電源車を先導する

電源が喪失し、冷却機能が失われた福島第一原発まで、電源車を先導した警察官の大泉さん。電源車を無事原発に送り届けるが、その後、1号機が水素爆発を起こす。

道路は段差がひどく、切れ目、割れ目がいくつもある危険な状況だった

道路は段差がひどく、切れ目、割れ目がいくつもある危険な状況だった

“電源車が来たんだから、
何とかなるんじゃないかと、
そういう考えは、その時はありましたけどもね”

佐久間寛さん(81) 福島県三春町

検知器の値の上昇に恐怖を感じる

福島県三春町に住む佐久間さんは、放射線検知器で地震発生直後から放射線の計測を始めた。すると検知器からかつて聞いたことのないアラーム音が鳴り始め、恐怖を感じる。

初期被ばくの様子を伝える貴重な手がかりとなった

初期被ばくの様子を伝える貴重な手がかりとなった

“とにかくこれは大変なことが
起こったかもしれないと。
みんなにも知らせたいという気持ちで、
役場にメールを送ったんです”

鈴木利徳さん(73) 鈴木久友さん(59) 福島県大熊町

全町民避難のなか、1人取り残される

福島県大熊町で一人暮らしをしていた鈴木利徳さんは、停電のため、テレビから情報を得ることはできなかった。そのため全町民に出された避難指示を知らず、一人、町に取り残されてしまう。

病気を患い、体も思うように動かないため外の様子が分からなかったという

病気を患い、体も思うように動かないため外の様子が分からなかったという

“誰もいないんだ。人っ子1人通らないんだよ。
それでこれはどうしようもないなと思って。
俺のことを1人だけ置いて何だろうって”