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証言まとめ

そのとき、大都市では

津波被害により、甚大な被害を受けた東日本の沿岸地域。
その一方、同じく激しい揺れに襲われた人口が集中する大都市でも、さまざまな事態が発生していた。

加藤和幸さん(51) 東京都渋谷区

歩いて帰るという危険な選択

都内で震災に遭遇した加藤さんは横浜の自宅まで歩くことにした。その途中、渋谷に出た彼は、殺気立つバス待ちの列や、陸橋を上り下りする人の群れを見て、恐怖を感じる。

今回の経験で首都圏直下型地震に対する考えを新たにしたという

今回の経験で首都圏直下型地震に対する考えを新たにしたという

“都内で地震が起きたら、まず動かないことですね。
状況が分かるまで動かないのがいいと思います”

木暮敏明さん(45) 東京都台東区

いち早く列車の運転を再開させたが…

震災当日、東京の鉄道で最初に運転を再開したのは東京メトロ銀座線だった。ところが電車が到着した渋谷駅では、各路線の改札前に乗客が殺到し、さらなる混乱を招く結果に。

震災後、すべての鉄道会社との間にホットラインが結ばれた

震災後、すべての鉄道会社との間にホットラインが結ばれた

“鉄道が一斉に止まっただけで、これだけの混乱に
なるという、我々の責任の大きさということを
痛感させられました”

久保人司さん(46) 東京都中央区丸の内

人であふれた都心ビル

東京・丸の内エリアのビルを多く所有する不動産会社では、帰宅困難者の受け入れの準備をはじめた。しかしその数は訓練でシミュレーションしていた人数を超えたものだった。

実際に帰宅困難者を受け入れたビルはわずかだった

実際に帰宅困難者を受け入れたビルはわずかだった

“私たちだけではなくて、他の皆さんと一緒に
丸の内をどう守っていくかというところが、
非常に大事になってきました”

松方泰さん(32) 宮城県仙台市

超高層ビルの明かりを求めて

震災発生当時、震度6弱の揺れに襲われた宮城県仙台市。停電によって、暗闇に沈む街に、1棟だけ、こうこうと輝き続ける超高層ビルに避難者が集まりはじめた。

ビルは3日間電力を維持できる大型発電機を備えていた

ビルは3日間電力を維持できる大型発電機を備えていた

“やはり目の前に困った方がいらっしゃれば、
やるべきことはすべてやろうという心意気で
やってたと思います”

水野明哲さん(67) 東京都新宿区

帰宅困難者の受け入れを決断

新宿駅から徒歩およそ5分の大学。鉄道がすべて止まっているという情報を知った学長の水野さんは、学内に次々と避難してきた、およそ700人の帰宅困難者の受け入れを決断した。

固定電話の提供などが避難者に喜ばれたという

固定電話の提供などが避難者に喜ばれたという

“(避難者には)かなりのお年寄りの方、
赤ちゃん連れ、それから妊婦さん、さまざまな方が
いらっしゃいました”

宮迫志裕さん(21) 東京都東大和市

ボランティアを志願した大学生

フィギュアスケート部の大学生の宮迫さんは、大会が行われていた東京で被災した。避難所に向かった彼は、他のメンバー10人と共にボランティア活動に名乗りをあげた。

部活のホームページには感謝の声が寄せられた

部活のホームページには感謝の声が寄せられた

“あまりボランティアしようとは、それまでは思って
なかったけど、自分にもできることはあるんだと”