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証言まとめ

避難所でのくらし

やむなく自宅を離れ、避難所に避難した被災者の方々。
しかし、物資が届かず、インフラも止まるなど、不安がつのる避難所でのくらしのなか、
被災者たちはどんな行動を取り、そして何が必要とされていたのか。

早坂勝良さん 宮城県仙台市

津波で孤立した小学校での決断

津波で孤立した小学校には、地域住民200人余りと、児童90人が取り残された。救助ヘリが到着するが、子どもが先か、それともお年寄りの多い住民を優先するべきか町内会長の早坂さんは決断を迫られる。

小学校は平野が続くこの地域で、唯一の4階建ての建物だった

小学校は平野が続くこの地域で、唯一の4階建ての建物だった

“最初は子どもたちにしようということになったわけです。
「これから私たち、助けてもらうのは子どもたちだからな」とか
冗談を言いながらね”

松橋明さん(59) 岩手県大槌町

避難所に明かりを

観光バス会社の専務を務めていた松橋さんは、避難所に指定されていた小学校にたどり
着いた。避難所が停電していることを聞かされた彼は、バスを発電機の代わりに使うことを
申し出る。

電灯は、神社からお祭りのちょうちんに使うものを持ち込んだ

電灯は、神社からお祭りのちょうちんに使うものを持ち込んだ

“電気がついた時は、
本当に「おおっ」という感じでしたね。
やっぱり人間、明かりがないと、
電気があるのが当たり前になっているから、
電気がないというのは、不安でしょうがないですね”

阿部礼哉さん(69)  宮城県東松島市

ゴミ袋を着て、厳しい寒さに耐えた

市民センターに避難してきた住民たちは、厳しい寒さに苦しめられる。センター長の阿部さんは、濡れた服を脱ぎ、館内にあったゴミ袋を着て、暖を取ることを考える。

互いに励まし合いながら、一晩を過ごした

互いに励まし合いながら、一晩を過ごした

“これで、けっこう寒さは、
いくらかでもしのげるんですね。
皆さんで寒さをしのぐために、肩を寄せ合って離れない。
「頑張りましょう」という声が、
ほうぼうから聞こえてきました”

澤田裕美子さん(41) 福島県大熊町

医師不在の避難所での懸命の活動

原発事故の避難指示により、大熊町のすべての住民は避難することになった。最も多くの住民が避難した田村市総合体育館で、保健師の澤田さんは、薬も人手も不足するなか、健康管理や救護活動を続けた。

一緒に働いていた二人の保健師も倒れ、澤田さんへの負担は増加した

一緒に働いていた二人の保健師も倒れ、澤田さんへの負担は増加した

“薬も手に入らない、医者も診てくれない状況が続いたら、
このままもう終わってしまうんじゃないか。
ここで死を迎えるんじゃないか、
という思いに駆られたことがありました”

今野真理子さん(35) 宮城県仙台市

障害に隠れた生きる力

障害者のための福祉施設で働いていた今野さんは、統合失調症や軽度の知的障害がある
利用者などとともに、避難所へ向かった。ストレスで不眠になる利用者が出るなか、今野さんは、彼らの間に現れたある変化に気づく。

炊き出しなどの作業に積極的に参加し始めたという

利用者たちは、炊き出しなどの作業に積極的に参加し始めたという

“本当に大変な思いをした震災でしたけど、障害とか病気を持っていても、前に進める力があるというところに、
ご本人さんたちも気づけて、スタッフもその力を信じることが
できて、すごくよかったです”

関 知都子さん 茨城県大洗町

職務を越え、人としての支援

震災発生から3日後、関さんは大洗町の避難所を回り始めた。
避難所への誘導や被災者の相談相手を務めるという警察の職務以外にも、介護施設の
職員とともに、お年寄りの食事の介助なども手伝うことになった。

関さんは、女性警察官による支援隊の隊長として、避難所の運営を助けた

関さんは、女性警察官による支援隊の隊長として、避難所の運営を助けた

“それぞれに皆さん、心配事をお話しされていたり、
不安な表情で、ここにいらっしゃいました。
とにかく何か私たちが派遣されてきたからには、
何かやるしかない、やって差し上げたい”

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