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証言まとめ

企業はどう対応したか

地域の経済や雇用を支えている企業。巨大災害に見舞われたら・・・。
状況が目まぐるしく変わる中での迅速な判断、リスク管理、事業継続に向けた対応・・・。
東日本大震災という未曽有の危機に直面した企業は、どう対応したのか。

※肩書は当時のものです

内田努さん 仙台市 ビールメーカー 副工場長

ビール工場が住民の避難所に

仙台港のそばにある大手ビール会社の工場。
「津波避難ビル」に指定されていて、近くの住民が続々と避難してきた。
工場は津波に襲われたが、住民と工場関係者481人は無事。住民のために備蓄していた食料のほか、防寒用にと作業服を集めて提供した。

近くの住民129人、工場関係者352人が屋上に避難した

近くの住民129人、工場関係者352人が屋上に避難した。

“せっかく無事にここまで逃げたんで、一晩、次の日の朝が来る
まで、しっかりとみんながケガをせずにいけるように、という
決意はありました”

青柳隆さん 茨城県ひたちなか市 半導体メーカー工場長

リーダーに求められる判断・統率力

自動車用の半導体を生産する工場。
激しい地震の揺れで生産設備などが破損した。
事業再開に向け、すぐに現場の被害を確認したい技術者たち。しかし工場内には有毒ガスのボンベがあり、ガス漏れや引火による火災の危険性も考えられた。

近くの住民129人、工場関係者352人が屋上に避難した

ガス検知器を携え、青柳さん自らも工場の中へ

“二次災害を絶対に起こさないというのを主眼にやりましたので、そこは従業員を、ある程度私が抑えるという場面も結構ありました”

横田乃里也さん 仙台市 ビールメーカー 工場長

従業員総出の復旧作業

津波に襲われたビール工場。缶や瓶などが敷地の外まで流れ出した。
従業員が総出で回収し、手作業で分別。工場再開に向け、醸造タンクや配管のバルブは一つ一つ分解し、洗浄・消毒を繰り返した。衛生管理のため、通常の3倍以上の手間をかけ確認作業を行った。

“(私生活でも)それなりの被害を受けているので、
会社でつらい作業を毎日やっていくのは、本当に気持ちが
つながっていくのか、というのは大変に心配だった”
“黙々と仕事をやりぬく姿と、時々笑い声が聞こえたりですね、
すごい強い人たちだなと”

髙橋幸一さん 宮城県石巻市 製紙会社勤務

炊き出しで従業員の士気を高める

大手製紙会社の石巻工場。津波で甚大な被害を受け、操業停止に追い込まれた。
半年後の生産再開を目標に、泥のかき出しから始まった復旧作業。身内を亡くし自宅の片づけにも追われる従業員たちを元気づけたのは、仲間の炊き出しだった。

港では今も工事が続いている。

毎日メニューを変え、70人分を作った。

“食料もちょっとままならない事情もあったのと、あとは暖房も
全然なくて、温かい鍋でもあれば、一生懸命仕事ができて、
楽しみなのかなと”

佐竹利明さん 仙台市ガス局 工場長

次なる災害に備えて

約34万戸にガスを供給している仙台市ガス局。
津波でガスの製造施設が破壊された。
町に張りめぐらされたガス管も167か所で破損、供給はストップした。その後、重要な機械は高い位置に移設、ガス管は地盤の変形に強いというポリエチレン製に取り替え始めた。

全国の都市ガス事業者からの応援で、1か月後におおむね復旧

“今まで1回も止めたことのないガスが止まるという、初めての
不安というか、この後どうなるんだろうという気持ちが本当にありました”
“二度と供給停止はしない、という思いを胸に、毎日業務にあたっています”

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