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証言まとめ

伝統を受け継ぐ

地震の激しい揺れ、津波、放射能…。
東日本大震災では、連綿と続いてきた地域の文化も存続の危機に瀕した。
伝統を絶やさずに、後世に伝えていこうと奮闘する若い力―――。

横山和佳奈さん(19) 福島県浪江町

300年の伝統
請戸の田植踊(うけどのたうえおどり)

福島第一原発からおよそ6キロ。福島県浪江町請戸地区は津波で壊滅的な被害を受け、原発事故で住民もバラバラになった。300年の歴史があるという請戸の“田植踊”。郡山市で避難生活を送った横山和佳奈さんは葛藤を抱えながらも、伝統を絶やしたくないとメンバーたちと練習に励んできた。

平成29年8月、震災後初めて、請戸地区の神社に“田植踊”が奉納された

平成29年8月、震災後初めて、請戸地区の神社に“田植踊”が奉納された

“唯一、自分と請戸をつないでいるものだという気がするので、
その踊りを切り離してしまったら、「自分が請戸の人だ」という
ものがなくなっちゃう気がして”

石崎泰成さん(19) 岩手県宮古市

黒森神楽(くろもりかぐら)
~国指定 重要無形民俗文化財~

国の重要無形民俗文化財に指定されている岩手県の“黒森神楽”。震災後、沿岸の被災地をまわり、津波の犠牲者を供養するとともに、被災した人たちを励ましてきた。その神楽に勇気づけられたという石崎泰成さんは、高校生の時に神楽衆に加わった。地域の復興を後押ししたいと、力強い舞を披露している。

黒森神楽は300年以上の間、三陸沿岸の人々に支えられ、育てられてきた

黒森神楽は300年以上の間、三陸沿岸の人々に支えられ、育てられてきた

“震災後、環境も何もかも変わったと思うんですけど、
やっぱり変わらないものというのが必要なんじゃないかと”
“三陸沿岸の人たちが一丸となって、黒森神楽の歴史を守って
いこうという気持ちは変わってほしくないと思います。
それも回りまわって、復興の一因になると思います”

松永和生さん、武士さん 福島県浪江町

大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)
~国指定 伝統的工芸品~

貫入(かんにゅう)と呼ばれる、ひび割れ模様が特徴の陶器“大堀相馬焼”。しかし、多くの窯元が集まっていた福島県浪江町大堀地区は、原発事故の影響で立ち入りが制限されている。浪江の土を使うことができず、貫入の模様がうまく出せない。失敗が続く父の姿を見た松永武士さんは、全国の焼き物の産地に足を運び、土を集めた。試行錯誤を重ねた5年の日々。

貫入の模様は、器の粘土と釉薬(うわぐすり)の伸縮率の違いで生まれる

貫入の模様は、器の粘土と釉薬(うわぐすり)の伸縮率の違いで生まれる

“だいぶ安定はしたんですけど、まだまだやっぱり浪江の粘土を
使ったときとは…”
“伝統工芸の火を絶やさないようにすれば、町を思い出すことも
できるし、あるいは重要な日本の文化財として残すこともできる”

父と一緒に、大堀相馬焼を守り続けていきたいと考えている。

村澤 享さん(37) 栃木県益子町

益子焼(ましこやき)
~国指定 伝統的工芸品~

関東有数の焼き物の産地、栃木県益子町。まきで火をたいて、陶器を焼く「登り窯」が町のシンボルだったが、震度5弱の揺れで、ほとんどの登り窯が壊れてしまった。村澤享さんの窯もそのうちの一つ。伝統を絶やしたくないと、母と妻と3人でがれきの撤去を始めた。他の焼き物の産地からも材料となるレンガが送られてきた。修復まで2年かかったが、再び登り窯を使って陶器を焼くことができた。

息子も、窯を守る父の姿に興味を持ち始めている

息子も、窯を守る父の姿に興味を持ち始めている

“まきの窯で焼いているんだというのを後世につなげるためにも、やろうと決めました”
“私一人の力ではできなかったですし、
皆さんの協力があって再建できたと思います”

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