トップへ

地域まとめ #02

岩手県大槌町


津波と火災で行政機能が麻痺・・・外部から孤立した町
江戸時代からの「南部鼻曲がり鮭」※1の伝統を引き継ぎ、水産業が盛んな土地だった大槌町。町の大半の人々が暮らす海沿いの地域に面した大槌湾には、 人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルといわれる蓬莱島も浮かぶ、風光明媚な町でした。震災によって発生した津波は、そんな町の大半をほぼ壊滅させ、町庁舎にいた町長をはじめ、 多くの職員も行方不明となり、行政機能は麻痺。その後の火災によりさらに被害は広がり、数日の間、町は外部から孤立した状態になりました。
※1 南部鼻曲がり鮭 ─ 江戸時代、大槌の城主だった大槌孫八郎が、地元で獲れる鮭を塩蔵加工、商船を仕立て、江戸の町に流通させた。 加工された鮭は、産卵が近づいた鼻の曲がったものであったため、江戸の人々に「南部鼻曲がり鮭」として珍重されたという。
震災の被害状況
人口:
1万2510人
死者:
803人
行方不明者:
479人
津波の高さ:
10~22メートル
全壊家屋:
3092棟
半壊家屋:
625棟

上野 ヒデさん(70)

高台で家族との再会を待ち続けた

町で地震に遭った上野さんは、役場で働く娘に声をかけ、先に高台へ避難した。そこで町が津波に飲み込まれるのを目撃するが、娘とまだ町にいた夫はいずれここにやってくると信じていた。

日頃から家族で落ち合う場所を話し合っていたが

日頃から家族で落ち合う場所を話し合っていたが…

“「早く逃げてよ」というのが、
あの子にかけた最後の言葉だった。
今思えば、一緒に連れて逃げればよかった”

くわしく見る
植田 俊郎さん (59)

避難所で救護所を開設

診療所を営む植田さんは、地震の後、往診から帰宅したところを津波に襲われた。救助され、
避難所へ到着した彼は、すぐに救護所を開設。それから2か月以上にわたり、そこで診療を続けることに。

周囲の2階建ての家は全て津波にのみ込まれていった

周囲の2階建ての家は全て津波に飲み込まれていった

“何もない中で、少しは役に立っているのかな
というのは感じた。
それは本当に血圧を測ってあげることだけだったかも
しれないけど。
少しは安心させることができたような気がする”

くわしく見る
佐々木 久子さん (58)

孤立した病院で看護を続けた

佐々木さんは、県立大槌病院に勤務する准看護師。あの日、巨大な津波が病院に迫っているのを知った佐々木さんたちは、入院していた患者を急いで屋上へ避難させる。

近所の人も合わせた150人が厳寒の屋上で孤立した

近所の人も合わせた150人が厳寒の屋上で孤立した

“本当に海のようでした。もうどのぐらいの深さが
あったんだろう。
家が、すっぽり隠れるぐらいあったんじゃないかなって
思うぐらい。すごくショックって言うか、もうびっくりして
しまいました。
何もなくなっていたので”

くわしく見る
菊池 公男さん (74)

ファインダー越しに壊滅する町を目撃

運転中に地震に遭遇した菊池さんは、自宅に戻るとカメラを持ち、高台に避難した。
そこで撮影を始めた彼は、ファインダー越しに街のシンボル、蓬莱島が津波に飲み込まれていくのを目撃する。

震災後、撮影した記録は一冊の写真集にまとめられた

震災後、撮影した記録は一冊の写真集にまとめられた

“1枚の写真っていうのかな、それが本当に威力というか、
証言するというか。
だから後で、私に「何で写真撮ってんだ」と批判した人にも、
「撮ってもらってよかった」と言ってもらって、
私も本当にうれしかったですね”

くわしく見る
復興の軌跡

町庁舎が津波で破壊され、町の行政機能が麻痺するなど、
震災は大槌町に大きな爪痕を残した。
かつてのふるさとの姿を甦らせようと、大槌の人たちは震災後すぐに動き出した。
がれきの撤去など地道な作業の積み重ねから始まった、彼らの懸命な復興への歩みを追う。

震災直後の町の様子 NHKニュース(2011年3月12・13日)

がれきの山と化した町を
カメラは映し出した

震災から一夜明けた3月12日のニュースでは、町役場にいた町長をはじめ、職員の多くと連絡が取れないことを、アナウンサーが緊迫した様子で伝えた。そして3月13日には、がれきが散乱する町の惨状が伝えられた。

“役場で対策会議を開いていた町長をはじめ、
町の職員の多くと連絡が取れなくなっています”

くわしく見る
岩手造船所 NHKニュース(2011年4月12日)

造船会社の再建に立ち上がる

造船会社の男たちが動き出した。地元の漁業関係者からの強い要望に押されて、明治時代から続いてきた造船所を再建しようと、従業員たちががれきの撤去を始めたのだ。

気持ちも新たに男たちはがれき撤去に取り組む

気持ちも新たに男たちはがれき撤去に取り組む

“一日でも早く、まず再建。
みんなで力を合わせてやろうと思う”

くわしく見る
町役場仮庁舎  NHKニュース(2011年4月25日)

町役場の仮庁舎が完成

津波で大きな被害を受けて役場の建物も使えなくなり、この日、町役場の仮庁舎が完成し、
開所式が行われた。仮庁舎の完成によって、復旧に向けた本格的な作業が始まることに。

窓口には早速、町民たちが訪れ、職員がその対応に追われた。

窓口には早速、町民たちが訪れ、職員がその対応に追われた

“活力と笑顔あふれる大槌町の再生に向け
町職員一同、町民と一丸となり、全力で取り組んでいきたい”

くわしく見る
町役場仮庁舎 NHKニュース(2011年5月1日)

家族の思い出の写真を探す

数千冊ものアルバムや写真が自衛隊や消防などの捜索活動で見つかった。
それらを持ち主に返そうとボランティアやNPOが整理し、仮庁舎に展示された。

家族の思い出の写真を求め、朝から多くの人が訪れた

家族の思い出の写真を求め、朝から多くの人が訪れた

“言葉では言い表せない。みなさんのおかげで
手元に戻ってきた。よかった”

くわしく見る
赤浜 NHKニュース(2011年5月10日)

津波被害の象徴が撤去される

津波で民宿の屋根の上に打ち上げられた観光船「はまゆり」。津波被害の象徴として保存すべきだという声もあがっていたが、落下の危険もあるため、撤去されることになった。

クレーン車2台を使って、ゆっくりと民宿の屋根からおろされた

クレーン車2台を使って、ゆっくりと民宿の屋根からおろされた

“さびしいというより残念。
一から作り上げていきたい”

くわしく見る
蓬莱島 おはよう日本(2012年12月14日)

“ひょうたん島”に新たな希望が灯る

「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる蓬莱島。震災で倒壊した灯台の新しいデザインを
地元住民から募集し、建て替えられた灯台の点灯式が開かれた。

いったん高台に避難したが、1人で自宅に戻ったところを津波に襲われた。

新しい灯台は高さ11メートル余り。砂時計の上に昇る日の出を表現している

“大槌の未来を明るく照らす、そういう形で
見ていきたいと思う。”

くわしく見る
吉里吉里海岸 NHKニュース(2014年7月26日)

4年ぶりに海開き

がれきが散乱するなどして使えなくなっていた吉里吉里地区の海水浴場。町ががれきの撤去
などを進め、4年ぶりに海水浴場が開放され、家族連れでにぎわった。

久しぶりに地元での海水浴を喜ぶ子どもたちの声がこだました

久しぶりに地元での海水浴を喜ぶ子どもたちの声がこだました

“うれしい。
これから夏休み中、海でいっぱい遊びたい”

くわしく見る