トップへ

地域まとめ #04

福島県飯舘村


避難区域になった原発から40キロ離れた村
飯舘村は、震度6弱の揺れに襲われましたが、他の地域に
比べ、その被害はわずかなものでした。ところが東京電力・福島第一原発の事故の影響により、村は深刻な事態に見舞われてしまいます。高濃度の放射能に汚染され、村全域が
計画的避難区域に指定されたのです。その後、その指定は、避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つの区分(※)に再編され、住民の全村避難は現在も
続いている状況ですが、政府は2017年3月までに、帰還困難区域を除く2つの区域の避難指示を解除する方針を表明しています。
震災の被害状況
人口:
5977人
死者:
1人
行方不明者:
津波の高さ:
全壊家屋:
半壊家屋:

※3つの区分に再編
●「避難指示解除準備区域」
年間積算線量が20ミリシーベルト以下になることが確実と確認された区域。区域の中への立入りは認められ、住民の一時帰宅(宿泊は禁止)や病院・福祉施設、店舗等の一部の事業や営農は再開できる。

●「居住制限区域」
年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがあって、引き続き避難の継続が求められる地域。住民の一時帰宅や、道路などの復旧のための立入りができる。

●「帰還困難区域」
年間積算量が50ミリシーベルトを超えて、5年間たっても年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれがある区域。バリケードなど物理的な防護措置を実施し、引き続き避難の徹底が求められている。

北原 博史さん(42)

村に残っている人がいる限り続ける

震災後もガソリンスタンドを経営していた北原さんは、飯舘村が計画的避難区域に指定された
ため、避難を求められた。しかし村に残っている人がいる限り、自己責任で営業を続ける決心を
する。

従業員たちも北原さんに同意して残ることを決めたという

従業員たちも北原さんに同意して残ることを決めたという

“やっぱり、人の役に立っているときが一番うれしいです。
できる限り、続けていって。
どこまで続けられるか、
村がどうなるのかは、全然分からないです”

くわしく見る
鴫原 良友さん(62)

放射能に翻弄された地域

長泥(ながどろ)地区の区長を務める鴫原さんは、原発近くから避難してきた多くの人たちの
対応に追われていた。そんな中、防護服を着た人たちが地区の中心部を訪れたことに、彼は
不信感を抱く。

長泥地区は最も深刻な放射能汚染にさらされていた

長泥地区は最も深刻な放射能汚染にさらされていた

“「何してんだ」と言うと、「測定してんだ」と。
何シーベルトあったというのは、全然教えないの。
ガラスバッチ(線量計)は持っていたんだな、3人か4人で来るから。
「ガラスバッチだけでもいいから、貸してくれ」と
言ったら、それもだめと言われた”

くわしく見る
安齋 徹さん

趣味だった撮影が使命に変わった出会い

安齋さんは、飯舘の美しい風景を撮影するのが趣味だったが、震災後は写真を撮ることに苦痛を感じていた。その彼を再び奮い立たせたのは、ある老カメラマンのひと言だった。

プロ写真家・福島菊次郎さんとの出会いが彼を変えた

プロ写真家・福島菊次郎さんとの出会いが彼を変えた

“「何でもいいから撮りなさい」と。
「それが10~20年、30年後に生きてくるんですから
撮りなさいよ」と言われて、目覚めた。
もう1回撮りましょうと、撮らなきゃと”

くわしく見る
佐野 くに子さん(66)

仮設住宅に郵便局を再開

福島県飯舘村の長泥(ながどろ)地区の簡易郵便局の局長を、30年以上にわたって務めてきた佐野さん。避難先の福島市の仮設住宅の敷地内で郵便局を再開させることを決意する。

地元が帰還困難区域に指定されたため、一時は再開を諦めたことも

地元が帰還困難区域に指定されたため、一時は再開を諦めたことも

“地元の人たちが必要としているんだなと。
みんなが飯舘村に帰るまで、
やっぱり頑張っていくしかないと今は思っています”

くわしく見る
ふるさとへ帰れるその日を信じて
~飯舘村・再建への日々~

深刻な放射能汚染にさらされ、全村避難を余儀なくされた飯舘の人々。
自分たちが暮らした美しいふるさとへ帰れる日はいつになるのか。
先の見えない不安の中、村の再建に動き始めた彼らの取り組みを追う。

飯舘村役場 NHKニュース(2011年5月15日)

不安の中、住民避難が始まる

福島第一原発の事故を受けて計画的避難区域に指定された飯舘村。この日、優先的に避難
する小さな子どもや妊娠中の女性がいる10世帯を村長らが見送った。

住民たちは荷物を積み込んだ自家用車などで避難先へ向かった

住民たちは荷物を積み込んだ自家用車などで避難先へ向かった

“ずっと飯舘村に住み続けて引っ越しはしたことがないはず。
村民の健康を考えると、
やっぱり全村避難を進めなければならない”

くわしく見る
長泥地区 おはよう日本(2012年7月17日)

避難区域の再編で
長泥地区は帰還困難区域に

全域が計画的避難区域に指定され、住民の避難が続く中、放射線量の高さによって、村は3つの避難区域に再編された。長期にわたり、居住が制限される帰還困難区域に指定された長泥
地区では、境界に設置されたバリケードに鍵がかけられた。

住民以外の立ち入りは禁じられ、住民の滞在も朝から夕方までに制限された

住民以外の立ち入りは禁じられ、住民の滞在も朝から夕方までに制限された

“今後、住宅を中心に本格的除染開始の見通しだが、
村の面積の85%を占める山林や田んぼなどについては、
除染をいつからどのように進めるか決まっていません”

くわしく見る
長泥地区 NHKニュース(2013年6月10日)

帰還困難区域での試験栽培

帰還困難区域に指定された長泥地区で、将来の農業再開の可能性を探る試みが始まった。
除染を行った後の水田で試験栽培の田植えが地元の人たちによって行われたのだ。

帰還困難区域内の除染した水田での作付けは、初めての試みだった

帰還困難区域内の除染した水田での作付けは、初めての試みだった

“結果が良ければ明るい未来ができると思うので
楽しみに待っている”

くわしく見る
飯舘村役場 NHKニュース(2014年4月1日)

役場機能の一部、村内に戻る

原発事故の3か月後に役場機能を福島市内の仮役場に移し、業務を続けてきた飯舘村。
遅れている除染やインフラの復旧などを加速させるため、役場機能の一部をおよそ3年ぶりに
村内の元の役場に戻した。

25人の職員が常駐し、業務にあたることになった

25人の職員が常駐し、業務にあたることになった

“これからの復興の最前線を担ってもらう。
一日でも早く復興が進むように
除染が進んでいくようにやっていければ”

くわしく見る