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地域まとめ #05

岩手県釜石市


世界最大級の防波堤を倒壊させた巨大津波の力
国内屈指の製鉄所、豊かな漁場。
釜石市は”鉄と魚の町”として発展してきました。
これまで何度も津波の被害を受けてきた地域でもあった
ため、釜石湾の入り口に世界最大深の湾口防波堤を整備
するなど、津波への対策は万全のはずでした。
東日本大震災が引き起こした巨大な津波の力は、その防波堤を倒壊させ、津波は市の中心部にまで達し、1000人を超える死者、行方不明者を出す大きな被害をもたらしました。
震災の被害状況
人口:
3万7200人
死者:
888人
行方不明者:
158人
津波の高さ:
9~19メートル
全壊家屋:
2955棟
半壊家屋:
693棟

雁部 英寿さん(40)

3階に押し寄せてきた津波

魚市場の隣で水産加工業を営む雁部さんは、津波を警戒して会社の2階へ避難した。
ところが猛烈な勢いで津波が迫ってきたため、3階へと逃げるが、そこにも水は押し寄せてきた。

当時の緊迫した様子を携帯電話で撮影していた

当時の緊迫した様子を携帯電話で撮影していた

“うーん。あまりにも怖すぎてね、すごい。津波はすごい。
何ていうのかな。
本当にね、魂抜いていくというような感じだね、もう。
人の命も取るけど、生きている人のさ、見ている人のさ、
魂抜くような感じ”

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萬 慎吾さん

日頃の防災教育が救った命

釜石東中学校の野球部キャプテンだった萬さんは、強い揺れに襲われた直後、
他の生徒たちとともに、避難場所へ走り出した。その行動の元には、日頃受けていた
津波に対する教えがあった。

釜石市では“津波てんでんこ”の考えを取り入れ、それぞれの判断で別々に高台に逃げることを教えていた

釜石市では“津波てんでんこ”の考えを取り入れ、
それぞれの判断で別々に高台に逃げることを教えていた

“「自分の命は自分で守らなきゃいけない」
というふうに教えられていて。
やっぱりそれが最優先であって。
自分が生きていないと何もできないので、
そういうことは教えられていました”

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村上 洋子さん

園児を助けた生徒たち

村上さんが副校長を務めていた釜石東中学校。防災教育の教え通りに素早く避難を行った生徒たちは、さらに内陸の高台へ逃げることにした。彼らはその場にいた保育園の園児たちを助け
ながら、次の避難場所を目指した。

プロ写真家・福島菊次郎さんとの出会いが彼を変えた

震災の後、中学校には保育園から礼状が届いた

“せっぱ詰まった中で、
他の人の命まで支えてやるという気持ちが、
子どもたちはすごかったなって思います。
本当にあの子どもたちが大人になって、
この町を復興させてくれるんじゃないかな。
復興させてほしいと願っています”

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池田 盛子さん(63)

ビデオカメラで撮影した先には…

池田さんの自宅は、海からおよそ500メートル離れていたため、ここまで津波は来ないと思って
いた。ビデオカメラで津波の様子を撮影し始めた彼女は、ファインダー越しに信じられない光景を目撃することになる。

自宅をはじめ、集落は津波に飲み込まれていった

自宅をはじめ、集落は津波に飲み込まれていった

“本当に、本当に信じられないですよね。
あの道路が見えなくなるぐらいの波が来たんだよって、
言葉で言っても信じてもらえないと思うんですね。
だからあの映像を見せれば、
あ、本当だねっていうことになって。
ここまで波が来たということを残せただけでもいいのかな”

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早﨑 行雄さん

身元確認のため、遺体の歯を調べ続けた

鵜住居(うのすまい)の郊外にある工場が、津波による犠牲者の遺体安置所に指定された。
地元の歯科医師、早﨑さんはそこで遺体の歯を調べて、身元の確認作業を行うことに。

遺体の歯の記録をとるのは、歯科医師となって初めての経験だった

遺体の歯の記録をとるのは、歯科医師となって初めての経験だった

“197体ぐらいのご遺体が安置されていまして、
それはもう驚きでしたね。
警察の人が、遺体を洗って、きれいにしているんですけれども。
ただ口の中はヘドロや血。口も硬直していますしね。
口を開けて、まず中をきれいにして、
それからというと、やっぱり1人30分ぐらいはかかっていました”

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復興の軌跡

港の岸壁を乗り越えた津波は、巨大な濁流となって街を飲み込み、
それまでの人々の生活を一変させてしまった。
被災者を支援するための市職員の懸命な努力、世界最大の防波堤を再建させる取り組みなど、
復興へと歩み出した釜石の人たちの様子をニュース映像とともに追っていく。

浜町 NHKニュース(2011年3月12日)

高台のカメラがとらえた
街を飲み込む津波の映像

NHKカメラマンが高台から津波に襲われる釜石港と釜石の街を撮影した。
地震の直後、海水の潮位の変化に始まり、そして濁流となった津波が岸壁を越えて、
街に襲いかかる一部始終を、緊迫した様子でカメラマンはリポートした。

津波は轟音とともに町を飲み込んでいった

津波は轟音とともに街を飲み込んでいった

“15時23分、釜石の浜町付近です。
港の水門を越えて、今、水が釜石市内に
流れこんできています!
浜町は水びだしになっています!”

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嬉石町 NHKニュース(2011年4月3日)

被災者への支援金支給の調査が始まる

今回の大震災で住宅が全壊、半壊した被災者に支援金を支給する際などに必要となる
「り災証明書」を発行するため、市の職員が住宅の被害状況の調査を始めた。

職員たちは一軒一軒、被災した家屋の被害状況の確認を行った

職員たちは一軒一軒、被災した家屋の被害状況の確認を行った

“り災された方の受ける支援が変わってきますので、
うちのほうも充分気をつけて対応している”

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旧第一中学校 NHKニュース(2011年4月24日)

伝統の踊りで被災者に元気を

釜石市に古くから伝わる郷土芸能「虎舞」。被災したふるさとを元気づけようと、地元の郷土芸能の団体が伝統の踊りを披露し、被災した人々に喜ばれた。

踊り手も半数以上が被災者、なかには家族を亡くした人もいた

踊り手も半数以上が被災者、なかには家族を亡くした人もいた

“家を流されても涙は出なかったが、
虎舞を見たら無性に涙が出てきた。
釜石に生まれてこれから頑張らなければ”

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釜石公共ふ頭 NHKニュース(2012年2月26日)

世界最大の防波堤、再建の着工式

巨大津波によって、倒壊した釜石市沖の世界最大の防波堤が、490億円をかけて
再建されることになり、関係者が釜石港のふ頭に集まって着工式が行われた。

再建される防波堤は4年後の完成を目指している

再建される防波堤は4年後の完成を目指している

“防波堤は重要だが、それだけでは津波を防ぎきれない。
避難訓練などソフト面の対策と組み合わせて、
被害を防ぐことが重要”

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白浜漁港 NHKニュース(2013年4月26日)

本格的なウニ漁が再開

震災前は、約400隻がウニ漁を行っていた白浜漁港。津波で約9割の漁船が被害を受けたため、昨年までは船を共同で利用するなどして漁を行っていた。
今シーズンのウニ漁が解禁されたこの日、ほぼ全ての漁師に船が行きわたり、道具を積み込んだ漁船が次々と沖合に出て行った。

箱めがねを覗き込みながら、ウニ漁に励む漁師たち

箱めがねを覗き込みながら、ウニ漁に励む漁師たち

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