衣装担当の大田垣妙子さんがデザインする、糸子が作った個性あふれる洋服たち。今回は、暗く沈んだ戦争期を乗り越え、昭和21年〜33年頃までに糸子がデザインした洋服をご紹介します。戦後、一気に花開いたカラフルな躍動感。細部にまでこらされた心づかいと情熱を感じてもらえるはずです。

『このワンピースは糸子がサエのために作ったものですが、静子が糸子にお願いし、戦地から帰ってくる恋人を迎える時に静子が着たものです。
これはびっくりしましたねぇ!こんな大きな水玉の生地が当時にあったのか疑問に思ったんですけど、実際に、糸子のモデルである小篠綾子さんが闇市で見つけたんだそうです。この生地を使った洋服でファッションショーをした時の写真も残っていましたよ。
まず、生地は同じようなものがなかったので、写真を参考にして特注で染めていただきました。デザインのベースは一緒ですが、腕周りを少し細くして、肩幅をやや広くすることで、現代的なエッセンスを加えています。あと、こんなに大きな水玉柄なので、生地の切り替えを工夫しましたね。一枚の生地で作ると、水玉ばかりで平面的に見えるので、両胸のラインに切り替え線を入れているんです。こうしてわざと水玉を切断することで、立体感が生まれるんですよ。また、細かいところでは、ベルトのバックルを丸型から四角のものに変えて、水玉柄にアクセントをつけています。
この洋服は、アシンメトリーな襟のデザインが受けて、当時すごく流行したそうですよ。水玉柄に丸襟ではなく、直線的なデザインの襟を使ったのは、当時ヨーロッパから日本に入ってきたデザインの概念、アール・デコの影響ではないでしょうか』

『これは、安岡髪結い店を改めて「安岡美容室」ができた時に作られた新しい制服です。これまでの着物から初めての洋服に変わった制服なので、あまり体にフィットしすぎないものにしました。いわばアッパッパのイメージで、すべて直線裁ちにしているんです。その代わり、ウエストに紐をつけているので、後ろでリボン結びすれば程よく体にもフィットします。
スカートにも着物の名残を取り入れました。急に短くなると抵抗がある時代でしょうから、当時の流行であるロングトルソー(ローウエストで胴長のシルエット)にして、長めのボックス型にしています。袖は六〜七分丈でしょうか。折り返せば半袖としても着られますが、ドラマではそのまま着てらっしゃいましたね。
ポケットも4つと、たくさんつけましたよ(笑)。やはり美容師さんが着る制服ですから、クシやハサミなどがしっかり入れられるように、ポケットの口には固めの芯を入れて補強しています』

『これは、糸子の勝負服なんです。周防に会いに行くために、糸子がはじめて女性らしさを意識して着た服じゃないでしょうか。この服は監督の意向もあって、ディオールが戦後すぐに発表したニュールック「8ライン」を取り入れました。上はウエストをキュッとしぼり、下はスカートがふわっと広がる、フィット&フレアーのスタイルですね。ペプラム(ウエストで切り替えて、その下を裾広がりにした部分)をつけて、ウエストの細さを強調しています。
ディオールと少し違うのは、襟と袖でしょうか。ディオールの襟は一般的なテーラーカラーでしたけど、これは羽根のようなウイングカラーにしています。昔、糸子が初めての仕事で作った、心斎橋百貨店の制服をイメージしてみたんです。あれは尾野真千子さんにもよくお似合いだったし、こういうシャープな感じの方が尾野さんにぴったりだと思ったからですね。
そして袖は、女性らしさを出すためにもエルボー・ダーツ(肘のあたりに施すダーツ:立体的なふくらみを出すために、布の一部をつまんで縫い消す技法)を入れています。また、袖口に向かって開くように切り込みを入れ、袖口からのぞく手首がより細く、華奢に見えるように工夫しました。
生地は、鮫肌のような風合いのシャークスキン。程よいかっちり感がありますが、斜めに織られた斜文織(しゃもんおり)でやわらかな印象も出ています。ジャケットの色を白くしたのは、恋する尾野さんの顔を一層きれいに見せるためですね』

『周防の気持ちを聞いてから、糸子の心がざわめいて、どんどん洋服を作ります。このピンクの服もそのひとつですね。やはり女性らしく見せたいと思ったので、胸の下にタックを入れて、胸がふんわりキレイに見えるように考えたんですよ。ハイウエストにして足を長く、スタイルよく見えるようにして。周防さんはここまで見てないかもしれませんけどね(笑)。
首元は尾野さんがよく似合うVラインにしたましたが、それではあまりにシャープすぎるので、うすいグレーのリボンをつけて結べるようにしたんです。胸のポケットは飾りですが、斜めのカーブをつけてやわらかい感じを出しました。スカートは切り替えを入れて、回るとふわっと広がるフレアーに。こういったところでも女性らしさをプラスしています。
胸のボタンもぜひ見てほしいポイントです。手持ちの中から、かわいい花のボタンを探して使ってみたんですよ。ボタンはループがけにすることで、またひとつ優しい印象になりますね。
この生地は薄手のウールジョーゼット。本当はもっとピンク色にしたいと思っていたんですけど、結果的にはこのサーモンピンクでよかったような気がしますね。ピーチのようなイメージで。尾野さん、こんなやわらかい色も似合うんですね』

『これまでいろんな寂しさがあった奈津が、ついに幸せになる日のためのウエディングドレス。栗山千明さん、本当によく似合ってましたねぇ。すごく清楚で。
私がこれまでに作った3つの候補から、監督にも見てもらって、最終的に決まったのがこのドレス。台本の中で、「奈津は首から下がシュッとしてきれいやから…」といったセリフがあったので、なるべく首元がシンプルなものを選びました。前から見るとラウンドネックで顔を優しく見せますが、後ろはV字になってるんで、首がキレイに見えるんですよ。
実はこれ、今から15年くらい前、私が娘のために作ったウエディングドレスなんです。スリム&ロングの象徴的シルエットですね。まるで着物の打ち掛けのように、スカートの裏にキルティングという生地を入れることで、ほわほわっとしたやわらかい重みを出しています。
元々のドレスはノースリーブだったんですけど、今回のために袖をつけたんです。時代も考えて、あまり露出しすぎるのはよくないかと思いましたからね。
この袖は「ジゴ・スリーブ」と言って、まるで羊の耳のように袖の上部が膨らみ、手首に向かって細くなっていく形をいいます。戦前のヨーロッパで流行っていたもので、当時、日本のウエディングドレスでさかんに使われていましたね
』

『これは、オハラ洋装店で開かれたファッションショーで着られた洋服のひとつ。1953年にディオールが発表した「チューリップ・ライン」をイメージしています。
チューリップ・ラインというのは、まるでチューリップのようなスカートのシルエットが特徴なんですね。このスタートのタックを出すのが難しいんです。ボディに着せながらうまくタックをつくり、表地と裏地の間にオーガンジーを入れてふくらみを出しています。ウエストベルトもチューリップのような形に裁断してみたんですよ。
また、袖もチューリップをイメージしてみました。袖口にゴムを入れているので、袖を絞って上にあげるとかわいらしくなるでしょう?実は、ポケットもチューリップ型。とことんチューリップ・ラインにアレンジしてみたんです。ちなみに、胸のボタンを、小さなドット柄の生地を使ってくるみボタンにしてみたら、結果的にてんとう虫みたいな感じになりました(笑)』

『これもオハラ洋装店のファッションショーの服で、1954年、ディオールがチューリップ・ラインの次に発表した「Hライン」をイメージした服です。チューリップ・ラインの服と同じような、濃いめのトーンで生地の色を選んでいます。
Hラインはウエストマークをしないのが特徴ですね。ウエストを絞らない代わりに、ポケットでアクセントをつけました。ジャケットをダブルボタンにすることで、よりHのラインを強調しています。でも、これだけでは面白くないので、ジャケットの前を斜めにデザインして、遊び心を加えてみました。そして、こういう胴の長いチュニック丈の下には、ちょっとすぼませた形の方が格好いいので、タイトスカートを組み合わせています』

『ディオール亡き後、21歳のイヴ・サンローランが1958年に発表した「トラぺーズ・ライン」。トラぺーズとは台形のことで、ウエストマークをしない、裾に向けて広がるシルエットのことです。これが世界的に流行したのですが、東京では少し形を変えて「サックドレス」が流行りました。サックとは袋のことですから、すとんとした長方形のシルエットです。どちらも、それまでのくびれを強調するラインからかけ離れた、革命的なファッションだった訳ですね。フリーラインと呼ばれていました。
これは、時代の流れに乗って糸子が作ったサックドレスですが、実は糸子としてはあまり好きじゃないんですね。私としても、せめて襟がないと面白くないなぁと思ったので、船艇のような形の広いボートネックにしました。そして、少しはシルエットのメリハリもつけたかったので、ウエスト部分にダーツを入れています。
この生地は先染めした糸を使った、うねのあるピケという生地。しっかりした風合いの生地だから、より袋っぽさが出ますよね。ノースリーブはこの頃の雑誌にもよく載っていますから、戦後からはじけるようにファッションが躍動していることが分かりますね』

