クローズアップ現代

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2018年7月10日(火)
ぼくはISの戦闘員だった ~知られざる“洗脳”の呪縛~

ぼくはISの戦闘員だった ~知られざる“洗脳”の呪縛~

世界を震撼させた過激派組織ISには戦闘員として戦うことを強いられた子どもたちがいた。組織が崩壊寸前のいま、その子どもたちが次々と解放され家族の元に戻っている。恐怖による支配や戦闘のトラウマに苦しむ一方、“ISに戻りたい”と語る子も。数年間を過ごしたISが、いまも拠り所だというのだ―。現地取材で見えてきた予想外のISの実像。子どもたちはどのようにして戦闘員とされたのか。社会は彼らをどのように受け入れればよいのか。過激思想の連鎖を断ち切ろうとする現場に初潜入した。

出演者

  • 瀬谷ルミ子さん (日本紛争予防センター理事長)
  • NHK記者
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

独自取材 IS“洗脳”の実態 壮絶体験を子どもが告白

元戦闘員の少年(17)
「僕が銃撃しているところです。」

過激派組織IS=イスラミックステートの動画を見せる17歳の少年。ISの戦闘員として、最前線で戦っていました。命が次々と奪われる戦場の光景が、今も脳裏から離れません。

元戦闘員の少年(17)
「ISのことは、とにかく忘れたいんです。」

残虐な行為で国際社会を震撼させたIS。数千人の子どもたちを戦闘員に仕立てました。ISが事実上崩壊した今も、子どもたちの洗脳は解けていません。

元戦闘員の少年(14)
「自爆ベルトの付け方を教わったよ。」

人を殺した意味も分からないままです。

元戦闘員の少年(14)
「“神は偉大なり”と言って、銃で頭を撃ちました。」

再び過激な行動へと走ることが懸念されています。

専門家
「今、何も手を打たなければ、新たなテロ組織が生まれてしまう。」

壮絶な体験を語り始めた子どもたち。今も解けない呪縛に苦しむ、その姿です。

子どもたちを戦闘員に

ISはどのようにして子どもたちに近づいたのか?
ISが首都としていたシリアの都市・ラッカ出身の少年です。父親を亡くし孤独だったころ、町で声をかけてきたISの戦闘員に親しみを感じたといいます。

ISの支配下で暮らしていた少年(15)
「彼は僕を弟のようにかわいがってくれて、ジョークを言い合ったり、食べ物を買ってくれたり、ドライブに連れて行ってくれたり。お父さんが死んで悲しくて、家にも居場所がなかった。彼らが僕を支えてくれたんだ。」

今から4年前、ラッカは突然ISによって制圧されます。戦闘員たちと日増しに親密になる少年。心配した兄に連れられ、3年前、トルコに渡りました。しかし今も、見知らぬ町では友達も自分の居場所も見つけることができません。毎日眺めるのは、ISの動画や親しかった戦闘員たちの写真。今も連絡を取り合っています。

ISの支配下で暮らしていた少年(15)
「彼らがまた集まったら、僕も戦闘員になりたいよ。ISは僕のすべて、僕の家族みたいなものだ。」

ISは独自の思想に基づいた「イスラム国家」の樹立を掲げ、一時はイラクとシリアにまたがる広大な地域を支配。その後、徐々に勢力を弱め、今は壊滅寸前となりました。しかしその過激な思想は拡散し、影響を受けたとみられるテロが今も欧米やアジアで繰り返されています。
ISの実態の解明を進めてきた、シリア人ジャーナリストです。ISの残した資料を分析する中で、ISが組織的に支配地域の子どもたちを洗脳していた事実が明らかになってきました。

シリア人ジャーナリスト
「ISは独自の行政機関を設けたが、教育省はその中でも最大級だ。子どもは将来のISを担う重要な人材で、何より洗脳しやすいと考えていた。」

ISはまず、それまで学校で使われていた教材を全て処分しました。代わりに導入したのが、独自に作成した教科書です。あちこちに武器やISの旗が描かれています。英語の例文は、「あれは私の銃です」。2年生の算数では「70人のジハード(聖戦)戦士のうち、作戦に成功したのは29人。失敗した戦士は何人か?」。

シリア人ジャーナリスト
「ISは算数、理科、アラビア語など、あらゆる教科にその思想を忍び込ませ、子どもたちの日常に浸透させたんだ。」

宗教の授業では、「自爆テロを起こせば天国で幸せになれる」と教え込みました。

IS製作の映像
“起床!”

戦闘員を養成する施設も各地に設けました。こうして仕立てた戦闘員は3,000人とも言われていますが、正確な数は分かっていません。

IS製作の映像
“漫画やサッカーなんてくだらない。自爆攻撃が君を大人にする。君たちは勇ましいライオンだ。”

“僕たちはお前たちを徹底的に殺してやる。”

戦闘員として人々の命を奪うよう命じられた子どもたち。避難民キャンプに暮らす、14歳の少年です。ISによって家族とともに拉致され、3年間、訓練を受けました。

元戦闘員の少年(14)
「自爆ベルトの付け方を教わったよ。」

意味も分からないまま、自爆テロの指導を受けたといいます。

今、カウンセリングを受けながら、少しずつ当時のことを話せるようになってきました。しかし、残虐な行為をさせられた時の気持ちは説明できないままです。

心理療法士
「ナイフで人を殺した時、どんなふうに感じたの?」

元戦闘員の少年(14)
「特に何も。ISのメンバーと同じ感覚。」

心理療法士
「悪いと思った?」

元戦闘員の少年(14)
「いいえ。だけど、なぜあの人を殺さなければならなかったんだろう。」

子どもたちを戦闘員に ISの“洗脳”の実態

武田:こんなに幼い子どもが、言葉にもできないような重い体験を背負わされていることに胸が詰まります。

鎌倉:ISが事実上崩壊して半年余り。およそ3,000人とみられていた子どもの戦闘員が少しずつ解放され、彼らの証言からその実態が分かってきました。ISは支配地域の子どもたちに、彼らが目指すイスラム国家の思想を徹底的に植え付け、組織を担う要員として育てようとしていました。また、戦況が不利になる中で、洗脳しやすく指示に従いやすい子どもたちを戦闘員として最前線に送ったり、警戒されにくいため、自爆テロまでさせていました。

武田:心に大きなダメージを受けた子どもたちをどう救うのか。そして彼らが再びテロや過激思想の担い手になることをどう防ぐのか。今まさに差し迫った課題です。しかし現地を取材すると、子どもたちの洗脳がなかなか解けない厳しい現実も浮かび上がってきました。

IS戦闘員の子どもたち “洗脳”が解けない現実

ISの支配から逃れた人々が暮らす、イラク北部の町。今年(2018年)3月、ISから解放された17歳のサイード君(仮名)です。ISが弱体化し、監視の目が弱まる中、家族がさまざまなつてを頼って連れ戻しました。きょうだいは皆、ISに拉致されました。2人は殺害され、6人は行方不明のままです。拉致された時は13歳。その直後から戦闘員の訓練を受けてきたといいます。

サイード
「朝の4時から夕方まで、一日中走らされました。指導役がバイクで後ろからついてきて、遅れると足元に発砲するんです。断れないし、できないなんて言えませんでした。」

訓練を続けるうち、次第に感覚は麻痺していきました。ISが製作した映像には、半年前に戦場で戦う姿が映っています。

サイード
「これは、僕が銃撃しているところです。これは、兄です。僕たちの部隊はすごく強かった。」

戦闘の最前線にも、何度も立ちました。

サイード
「最初の5分は怖いけど、戦闘が始まれば怖くない。」

しかし、戦場での凄惨な光景は今も脳裏から離れません。

サイード
「死んだ友達のことをいつも思い出しています。」

ISの下で過ごした激しい戦闘の日々と、今の穏やかな日常。その落差に心が追いついていません。学校に行く気にもなれず、家にこもりがちです。感情の浮き沈みが激しい息子を、両親は心配しています。

サイード
「頼む、ほっといてくれ。」

母親
「いつまでこもっているの?」

サイード
「別に迷惑かけてないだろ。」

母親
「『家に戻ってきて後悔している』なんて言うのです。食事も服も、生活の何もかもが嫌だと。自分が育てた息子とは思えません。昔は本当に優しい子だったのに。」

この日、家族の元に待ち続けていた知らせが届きました。ISに拘束されていた兄が解放され、迎えに行くことになったのです。4年ぶりの再会です。


「もういいだろう。」

周囲の歓迎をよそに、兄は顔を隠し、表情は固いままでした。


「もう行くぞ。」


「ISを離れる理由は特になかったんだ。ただ組織が弱くなり、生活が苦しくなったから抜けてきただけなんだ。」

「ISに教わった考えは変わらない?」


「そうだね。」

サイード
「兄が帰ってきてくれてうれしいよ。僕にとって兄は、ISの下で4年間ともに戦った仲間なんだ。」

兄との再会で、自分に確かな居場所があったISでの日々がよみがえりました。

父親
「息子たちは殺人やテロの中で育ったのです。ISの思想は抜けていません。ISはまだ終わっていないのです。」

かつての自分にはもう戻れないのか。この先どこに向かうのか、分からないままです。

サイード
「昔の生活や楽しかったことを思い出すと、胸が苦しい。何もかもが変わってしまった。」

戦闘員だった子どもたちの社会復帰を促す取り組みが始まっています。イラク北部にある更生施設の取材が、特別に許されました。14歳以上の少年360人余りが共同生活を送っています。イスラム教の指導者を招いて、過激な思想や自爆テロを否定する宗教の授業が行われています。

イスラム教 指導者
「あなたたちの体は神が与えた大切なものです。全てのイスラム教徒は、誰に対しても礼儀正しく接しなくてはなりません。イスラム教徒以外であっても。」

退所後、仕事に就けるよう、職業訓練も行っています。子どもたちが社会で孤立すれば再び危険な存在になりかねないと、専門家は警鐘を鳴らします。

キジルハン医師
「今、子どもたちの過激思想を取り除き、社会に復帰させなければ、彼らがIS以上に危険な次の世代のテロ組織になる可能性もあります。とにかく急がなくてはなりません。」

IS“洗脳”の根深さ

ゲスト瀬谷ルミ子さん(認定NPO法人 日本紛争予防センター 理事長)

武田:現在トルコでシリア難民の支援にあたり、子どもの心のケアにも取り組んでいる瀬谷ルミ子さん。ISが子どもたちに与えた影響の根深さを、どうご覧になりますか?

瀬谷さん:子ども時代に重要な人格形成に関わる経験、例えば価値観や道徳観、周囲の人間関係の構築など、そういった経験がすっぽり抜け落ちてしまうんですね。そこにISのルールとか教義というものがすり込まれる。さらにそれと並行して、徐々に暴力に慣れさせる、そして感覚を麻痺させるということも巧みに行われています。まずはISの動画を見せる。そしてISの演説に連れ出す。そして公開処刑を見せて、最後には暴力行為を実際に行わせるなど、そういったプロセスを経て感覚が麻痺してしまうということも非常に重要な問題です。

武田:そうすると、心の奥深くまでそれが刻まれてしまうということになるわけですね。実際に取材した、国際部の太田記者にも聞きたいと思います。少年たちの姿に胸が痛みましたけれども、実際に会って、その苦悩の深さをどう感じましたか?

太田雄造記者:想像を絶するような残虐な行為の記憶と向き合うことすらできない、子どもたちはそこに苦しんでいるようでした。ただその一方で、いまだに多くの子どもたちはISの戦闘員のことを信頼していて、ISとの関係を断ち切れないでいるんです。戦闘や殺人などの記憶と、いまだにISを心の支えにしているというこの2つの相反する気持ちの中で葛藤していて、非常に不安定な状態でした。現地で心のケアにあたっている医師に聞くと、子どもたちの多くは、例えば「しゃべることができなくなった」とか「ナイフを持たないと眠れない」、さらには「夜中に起きて枕を切り刻む」など、深刻な後遺症に苦しんでいることが分かってきました。

鎌倉:瀬谷さんは、残虐行為を強いられた子どもたちに今後どういった影響が出てくると懸念されますか?

瀬谷さん:今、極限状態におかれているシリアの子どもたちに「毒性ストレス」と呼ばれる症状が出ているんです。極度のストレス状態におかれたことによって、生涯にわたって脳の成長や内臓の成育に影響が出ると。

鎌倉:身体にも影響が出ているんですね。

瀬谷さん:さらに子ども兵の場合は、過酷な訓練や虐待による恐怖と同時に、戦闘による高揚感、そのはざまで感覚が麻痺してしまう。平和になって家族の元に戻っても、その感覚が忘れられず日常の中になかなか溶け込めない。そうなってしまうと、大人になっても自分の居場所というものをなくしていってしまって、自らのアイデンティティーというものを喪失して、そこにつけ込まれてまた勧誘されたり、戦闘員として復帰してしまうということが今後極めて深刻な問題になると思います。

どう手を差し伸べる?

武田:そういった子どもたちを社会でどう受け入れていくのかということは非常に大切になると思うんですけれども、その難しさもあるんですよね?

瀬谷さん:まずは家族、地域、そして社会がどう受け入れていくか、そのプロセスを確立することが大事だと思います。同時に、子ども兵というのは加害者でもあるけれども、被害者でもあると。その子ども兵に家族を殺されてしまった被害者を含めて、社会がどうやってこの子ども兵というものを受け入れていくか、そしてどう扱っていくかということが重要です。ただ、後悔の念にさいなまれる元子ども兵たちの心のケアを行う専門家も現地では不足していますし、ISを心のよりどころにしてしまっている子どもたちにアイデンティティーをどうやって取り戻していくか、そういった分野も含めてあらゆる知見を動員して取り組んでいくということが大事になってきます。

武田:受け入れる側、そして子どもたちの双方を支援をしていくような専門的なケアが必要だということなんですね。

鎌倉:太田さんはイラクの更正施設を取材していましたよね。実際に現地では、他にどういった取り組みがあるんでしょうか?

太田記者:それぞれの家庭から地域の更正施設まで、さまざまなレベルで子どもたちをISの呪縛から断ち切ろうという動きが進んでいます。地元の大学では、子どもたちのケアにあたる心理療法士の育成を始めています。イラク北部には僅か30人しか心理療法士がおらず、治療を必要としている子どもたちに比べて圧倒的に不足しているからです。このまま子どもたちを放置すれば、再び過激な行動に走りかねないという強い危機感が社会全体で共有されているように感じました。長年戦争やテロに苦しんできたイラクの人々は、世代を超えて暴力が受け継がれるという連鎖を断ち切るために、子どもたちを社会全体で受け入れて、暴力ではなく、国の復興の担い手にしなければならないという切実な思いが伝わってきました。

武田:日本人は何ができるのかと考えてしまうんですけれども、瀬谷さんご自身は、アフリカで若者がテロリストになることを防ぐ活動も始めたということですよね。日本人として、これからどういうふうにこの問題に取り組んでいかれますか?

瀬谷さん:この6月から、シリア難民の被害者、特に女性と子どもへの心のケアというものも開始しました。これからは日本で児童虐待とか臨床心理の分野の専門家の人たちと取り組んで、この問題に対応できるようにしていきたいとも思っています。

武田:日本国内の専門家の知識を、海外に持っていこうという取り組みなんですか?

瀬谷さん:そうですね。このテロの問題1つとっても、要はグローバル化の裏返しでもあります。

武田:いいことだけではなくて、テロのようなものも容易に入ってくるような、そういう世界になっているということですよね。

瀬谷さん:そうですね。その問題にどう取り組んでいくのか、もしくは取り組まないか、その行く末も含めて、私たちの責任になってきます。日本の中でもそういった専門分野を持っている人だけではなくて、一般の人々が平和のためにどう行動していくか、そういうことも引き続き呼びかけていきたいと思っています。

武田:どうしても遠い場所で起きていることと考えてしまうんですが、日本国内でそういった問題に取り組んでいる方の知見が、もしかしたら役に立つかもしれないということになるんですね。
子どもたちが受けたこの深い傷を癒やし、社会に居場所を設けていくことは、時間がかかっても決して諦めてはならない課題です。そしてそれは、テロや過激思想をなくしていく大きな闘いの、欠かすことのできない一歩でもあるのだと感じました。