クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
2018年7月11日(水)
“奇跡”はこうして起きた ~タイ洞窟 救出作戦の舞台裏~

“奇跡”はこうして起きた ~タイ洞窟 救出作戦の舞台裏~

世界がかたずを飲んで見守ったタイ洞窟の救出作戦。水が溜まった洞窟の奥から少年ら13人を救い出す、前代未聞の挑戦は全員が無事に助けられるという「奇跡の生還」となった。番組では、息子の無事を信じて待ち続けた、一人の少年の家族に密着。また、鎌倉キャスターが現地を取材し、タイならではの互助の精神で救出活動を支える人たちの姿を、中継を交えて報告する。タイ洞窟の救出作戦、その知られざる舞台裏に迫る。

出演者

  • 三保仁さん (ダイバー/医師)
  • 武田真一・鎌倉千秋・田中泉 (キャスター)

タイ洞窟 最後に残された少年 独自取材 “奇跡の救出”

タイの洞窟に最後まで残されていた11歳の少年。

父親
「息子の部屋です。」

私たちは、無事の帰りを願う少年の両親を密着取材してきました。

父親
「落ち着かないといけない。でも、心が動揺しています。」

母親
「あの子は心が強い子。きっと元気で帰ってくると信じています。」

救出作戦は困難をきわめていました。その現場を鎌倉キャスターが取材しました。
今回の作戦、実は、国内外から駆けつけた多くのボランティアに支えられていました。

鎌倉:土のうを積んで、水をせき止めている。こういうのもボランティアの人たちがやっている。

奇跡の救出劇の裏で何が起きていたのか。舞台裏を密着取材しました。

タイ洞窟 最後に残された少年 独自取材 見守る家族の日々

世界が固唾をのんで見守っていた、今回の救出作戦。

イギリス BBC
「潜水用具で脱出するか、水が引くまで数ヶ月待つかです。」

少年たちが発見されて6日目の先週土曜日。洞窟では、ダイバーたちが準備を急いでいました。

“息子が無事に助かってほしい”。洞窟の前では、家族たちが見守っていました。その1人、タナーウット・ウィブーンルンルアンさんです。

行方が分からなくなって以来、毎日、この場所を訪れていました。

タナーウット・ウィブーンルンルアンさん
「息子だけでなく、13人全員が救出されると信じています。危険な目に遭わず、皆、無事、家に帰ってきてほしいです。」

タナーウットさんの息子、チャニンくんです。

洞窟に閉じ込められたサッカーチームで最年少の11歳です。
先月23日、12人のチームメイトとコーチ、合わせて13人で洞窟に入った、チャニンくん。

チャニンくん
「僕は元気です。」

チャニンくんは救助隊に、両親に宛てた手紙を託していました。

チャニンくんが両親に宛てた手紙
“お父さん、お母さん、心配はいらないです。僕は元気。おばちゃん、フライドチキンを食べに連れていってね。みんな大好きです。”

チャニンくんの父 タナーウットさん
「手紙を読んで本当にうれしかった。息子はいつも私たちのことを一番に考えてくれます。親思いの子どもなんです。」

日曜日の朝、この時もまだ救出作戦が始まるか連絡は入っていませんでした。
サッカーが大好きなチャニンくん。自分で貯金して買ったユニホームやスパイクがいくつもありました。

チャニンくんの父 タナーウットさん
「FCバルセロナのファンです。ネイマールやメッシが大好きなんです。」

部屋には、両親とチャニンくん、3人で写った写真が飾られています。

チャニンくんの父 タナーウットさん
「これが息子の部屋です。」

ベッドには、チャニンくんがいつも着ていたユニホームが置かれていました。

チャニンくんの父 タナーウットさん
「ここに息子のユニフォームを置いて、願かけをしているんです。早く救出活動を実行してほしいです。雨も降るので、いまのままでは、あの子がいる場所の状況が悪化してしまうのが、心配なんです。」

タイは今、雨季。大量の雨が降れば、洞窟の中の水位が上がり、救出が困難になってしまいます。

そして、いよいよ家族が待ち望んだ救出作戦が始まりました。チャニンくんたちが閉じ込められているのは、洞窟の入り口からおよそ5キロ入った地点です。洞窟の大部分は水でつかっています。チャニンくんたちは、潜水の経験がないにもかかわらず、狭くて暗い洞窟を通って外に出なければなりません。これまで誰も経験したことのない、難しい作戦となりました。
現場では2日前、救出活動を行っていたダイバーが亡くなっていました。

亡くなったダイバー
「全力を尽くそう。我々のチームはいつも全力で決して諦めない。」

チャニンくんの自宅では、洞窟のそばで待つ両親に代わって、祖母と親戚が救出を見守っていました。

チャニンくんの祖母
「仏様にお祈りします。本当に心配です。」

救出開始から11時間後。最初の4人が無事救出され、病院に搬送されました。

救出活動の責任者
「きょうの作戦は成功しました。」

しかし、助け出された4人の中に、チャニンくんの名前はありませんでした。
翌日、タナーウットさんは複雑な表情を浮かべていました。メンバーで最年少のチャニンくんは、いち早く救出してもらえると期待していたからです。

チャニンくんの父 タナーウットさん
「落ち着かないと。でも、動揺してしまいますね。」

この日も救出活動が行われました。新たに4人、合わせて8人が助け出されたのです。

しかし、チャニンくんは今回も含まれていませんでした。
そして、昨日(10日)の朝私たちが自宅を訪れると、タナーウットさんと妻のアイカーンさんは焦りを感じながらも、気丈に振る舞っているように見えました。

チャニンくんの母 アイカーンさん
「息子はまだ11歳だけど、『最初に出して』とはお願いしなかったのでしょう。あの子は心が強い子だから、きっと元気で帰ると信じています。」

チャニンくんの父 タナーウットさん
「息子は必ず救出されます。」

100人体制で続けられた救出作業。チャニンくんたち最後の5人が無事助け出されました。

救出活動の責任者
「世界の人ができないと思っていたことを、我々はやり遂げた。ミッション ポッシブルだ!」

チャニンくんの家に、待ちわびた連絡が入りました。

「うれしいですね。」

チャニンくんの祖母
「孫に会ったら抱きしめてキスしたい。」

チャニンくんが行方不明になって18日目。全員が願っていた結果が訪れたのです。

タイ洞窟“奇跡の救出” 一夜明けた家族は?少年は?

武田:そして、つい先ほど、子どもたちの映像が入ってきました。母親たちがうれしそうに見つめる先にいるのが、病室で手当てを受けている子どもたち。洞窟に長い間いて感染症の疑いがあるため、隔離されています。Vサインをしたり、手を振ったりして元気な様子ですね。
その病院の前には鎌倉キャスターがいます。鎌倉さん、チャニンくんや少年たちの様子はどうなんでしょうか?

鎌倉:今、見えている14階建ての建物、それが病院です。この14階建ての8階部分に救出された13人の治療のための専用フロアが設けられています。

そこにチャニンくんもいるわけなんですけれども、そのチャニンくんとご両親も、今日(11日)、19日ぶりに再会を果たしました。その時の様子を、つい先ほど、お父さんが私たちに知らせてくれました。ご紹介します。
「ハグしたくてしかたなかったけれども、病室に入れなかったからできませんでした。でも、顔を見られてうれしかったです。チャニンと母親が、ガラス越しに顔を合わせて涙を流していました。その母親が、「毎日、ここで待っているよ」と伝えていました」ということです。
ようやく今日、ガラス越しの対面がかないました。そのチャニンくんをはじめ、救出された13人の健康状態について、今日昼前に、病院が会見を行いました。
その内容なんですけれども、「体重は平均で2キロ痩せていたが、メンタルは良好。恐らくサッカーチームでやってきたので、お互いを気遣うことができていた。コーチがみんなの状態をそのように維持したことに敬意を表する」と、医師は会見でコメントしていました。
救出された日が最も早かったグループ4人は、すでに通常の食事を取り、1人で歩いてトイレにも行っています。3日目のグループ、チャニンくんたち5人も、体温は正常の範囲内、バイタルサイン、血圧も良好、うち1人が軽度の肺の感染症があったということです。退院は早くて7日後、さらにその後7日間、自宅での静養をするのが一般的な対応だと、病院は会見で発表していました。
今回、救出の舞台裏を現地で取材していまして、直接、救出活動に当たった人だけでなく、さまざまな立場の多くの人が、この活動を支えたからこそ、全員生還という奇跡が成し遂げられたことが分かりました。

さまざまな支援が大きな力に タイ洞窟 救出の舞台裏

鎌倉:救出活動の拠点となっている場所です。ご覧のように、大勢の人が並んでいるその先には、多くのテントが出ていて、まかないが行われているんですね。みんなのために、この2週間、ずっと続けられているんです。

救出に当たる関係者などにふるまわれている食事。毎日、地元の人たち300人がボランティアで用意していました。食材の大半は、タイ各地からの寄付です。

ボランティア
「一人一人は小さな力しかありませんが、少年たちのために、みんなで力を合わせて貢献したいんです。」

ちょうど洞窟で作業する人たちへの食事が運び込まれているところでした。

救出のための道路整備に当たっている作業員が、仕事の合間に自発的に協力していました。

ボランティア
「洞窟に閉じ込められた少年たちの救出が進んできて、手応えを感じています。ボランティアの仲間たちも、みんな喜んでいます。」

ボランティアをまとめる活動拠点の代表がある写真を見せてくれました。写っているのは、洞窟の周りで石などを積み上げる作業をする人たちです。

鎌倉:これ、土のうを積んで、水をせき止めている。こういうのもボランティアの人がやっている。

実は、1日最大で450人が当たったこの作業にも、地元の住民たちがボランティアで参加していました。
一刻も早く子どもたちが救出されてほしい。タイ各地で救出を願う集会も開かれてきました。人々の思いと、現場で働くボランティアたちの助けが、迅速な救出の成功につながったと感じました。
取材中、タイの人たちに助け合いの精神が深く根づいていることを実感する場面がありました。

鎌倉:少年のうち6人が通う学校です。

出会った生徒は、毎朝炊き出しのボランティアに参加してから登校していました。

鎌倉:いつからボランティアに参加していんですか?

生徒
「2週間前からです。炊き出しが始まった初日から。」

鎌倉:どうして参加しようと?

生徒
「ボランティアをするのは自然なことです。」

鎌倉:ここが日本語センター、日本語の教室なんですって。

外国語の教育に力を入れている、この学校。日本語のクラスもあり、救出された中にも、日本語を学んでいる生徒がいました。七夕飾りの短冊には、無事の救出を祈る言葉が書かれていました。学校では、毎朝全校生徒が祈りをささげ、無事の帰りを願ってきました。

日本語講師 内田麻美さん
「(時間が経つにつれ)だんだん深刻になってきて、学校が、全校生徒でまずお祈りを始めた。レスキューに(生徒が)手伝いに行ったりしていますね。自分が手助けするのが当たり前っていうか、すごい感覚だなと思いました。」

ギリギリの判断だった… タイ洞窟 救出の舞台裏

ゲスト 三保仁さん(ダイバー/医師)

武田:困難極まるとされた今回の救出作戦ですが、地元の人に加えて、国中、そして世界中の人が支えてきたんですね。

田中:巨大洞窟「タム・ルアン」は、チャニンくんの家から自転車で20分。入り口の近くに置かれた救出チームの本部には、軍の関係者などが1,000人以上、中でもダイバーは、タイ海軍のダイバー84人に加えまして、欧米や中国など、海外からも50人が集まり、重要な役割を果たしたといいます。そのほかにも救出チームを支える地元の人たちなどのボランティアは、地元メディアによりますと、毎日1,000人。洞窟の中に水が新たに入り込まないように土のうを積んだり、沢の流れを変えたり、また、水を外に出す作業もボランティアたちが行っていました。さらに、炊き出し、物資や人の輸送、ごみの収集、そして洗濯やマッサージなど、あらゆるサポートをしてきました。全員の救出から1日がたちまして、この作戦がギリギリの判断の下で決行されていたことが分かってきました。

武田:こちらは、その洞窟の模式図です。

田中:洞窟の入り口から、少年たちがいる5キロの間のうち、水位が下がってきたとはいえ、およそ6割、つまり延べ3キロの潜水が必要だったということなんです。

武田:これ、子どもたちにとっては本当に大きな負担ですよね。

田中:本当に大変なことだったと思います。でも、なぜこのタイミングで決断したのかといいますと、洞窟内の酸素濃度が、通常およそ20%なんですが、これが15%まで下がり、危険な状態になっていたため、これ以上遅れますと、チャンスはなくなるという判断があったからなんです。
この救出作戦の鍵はどこにあったんでしょうか。洞窟ダイビングの第一人者、鷹野与志弥さんによりますと、綿密な計画と周到な準備を挙げています。例えば、リールと呼ばれる道しるべを救出ポイントまで適切に張ったことや、こちらにあるような、空気ボンベ。

武田:これ、相当重いんですけれども。

田中:これを25メートル間隔といった短い間隔で、いざという時にいつでも交換できるようにしたことです。

武田:30年以上の潜水経験があり、耳鼻科医として7,000人以上のダイバーの治療に当たってこられた三保仁さん。
ギリギリの判断で行われた救出作戦ですけれども、子どもたちにはどんな身体的、精神的な負担があったとお考えですか?

三保さん:やはりパニックに陥らないことですね。今回の救出方法では、万一、水中でパニックを起こしてしまいますと、命に関わるような大事故になっていたと思われるんですね。例えば、慣れない水中環境、それから冷たい水、透明度がほぼゼロ、それから頭上が塞がれていて、すぐ水面に出られない、こういったストレスは、いつでもパニックを起こしておかしくなかったんですね。それを抑え込む精神力が重要でした。

武田:どうやってそれを実現したんでしょうか?

三保さん:やはりコーチが元僧侶の方だったりして、洞窟の中でめい想すると、そういうようなことで、いろいろと精神力を鍛えてきたんじゃないかなと思っております。

武田:いずれにしても、子どもたちのその精神力というのが、何よりも今回、この奇跡を生んだと?

三保さん:それがなければなしえなかった奇跡です。

武田:先ほどの映像では、子どもたちが病室で隔離されているような様子でしたけれども、具体的にはどんな感染症のリスクがあるんでしょうか?

三保さん:ヒストプラズマ症というんですが、コウモリのふんに真菌というカビの一種が含まれておりまして、ふんが乾燥して舞い上がりますと、それを吸い込んで、最初は咳とか、だるさのような、かぜのような症状なんですね。健康な方は、勝手に治ってしまうんですけれども、彼らは2キロほど体重が落ちていたと、免疫力はかなり下がっていて、こういったケースでは、ひょっとすると命にかかわる場合もあるんですね。ですから厳重な管理や治療が、検査も必要になると思います。

武田:回復の見込みはどうなんでしょうか?

三保さん:今、しっかりやっていただいているので治ると思います。

武田:平均で体重が2キロ減っていたという報道もされていますけれども、彼らの体力というのはどうなんでしょうか?

三保さん:著しく低下していると思いますね、免疫力もそうですね。

武田:そこの回復も、これからしていかなければいけないということでしょうけれども、今後、子どもたちのケアで一番大事なことはなんだとお考えですか?

三保さん:やはりトラウマですね。PTSD・心的外傷後ストレス障害。1か月してから発症してしまうケースもあるんですね。救出された直後は、喜びですとか、家族に会ったり、それから食事が与えられたりと、すごく満足しているわけですが、1か月もしてみたらば、暗かった恐怖を思い出してしまって、そして心的障害になってしまうようなことがよくあります。ですので、カウンセラーのアフターケアはかなり重要になってきますね。

武田:鎌倉さん、今回の救出劇を取材して、どんなことを感じましたか?

鎌倉:皆さん、どんな小さなことでも13人が助かるために協力したい、その思いが非常に強いということが印象的でした。1人、ダイバーが活動中に亡くなるという悲しい出来事がありましたけれども、子どもたちや唯一の大人であったコーチを責める声は、現地では聞かれません。その理由を尋ねますと、「誰の責任でもない。弱っている人、困っている人を助けるのは当たり前。それがタイの文化だ」と、これ、皆さん、口をそろえて話していたんですね。亡くなったダイバーの方のご家族は、「全員が救出されたことを喜んで、みんなが元気になったら会いに行きたい」というコメントを出しているんです。その家族に対しての寄付も、すでに集まり始めているということなんです。こういった背景には、もちろんタイが仏教国であるということもあるとは思いますけれども、弱っている人を助けるのは当たり前、いつ自分が弱い立場になるか分からないからこそ、他者への配慮を常に忘れない社会があるんだというふうに感じました。

武田:今後、少年たちの予定はどうなっているんでしょうか?

鎌倉:サッカーのワールドカップの決勝戦に招待されているということを皆さん、ご存じかもしれませんが、しかし残念ながら、医師の判断で、これはテレビ観戦となりそうです。一方で、退院後に少年たちが短期間の出家を行うのではないかと、地元メディアでは伝えられているんです。タイでは、短期間、出家する習慣がありまして、今回、亡くなったダイバーの方のために、弔いも込めて出家するのではないかというふうに伝えられています。現地からでした。

武田:本当によかったと思います。
2週間以上、暗闇の恐怖と戦い、困難な脱出作戦も乗り越えた少年たちの精神力、そして献身的にそれを支えた多くの人たちの団結力に、心から敬意を表したいと思います。