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「延命中止」という新たな選択 生と死のはざまで

「延命中止」という新たな選択 生と死のはざまで

2017年6月9日

医療技術の発展で命を延ばすことが可能になった今、救急医療の現場では、かつてタブー視されていた延命治療の中止を実践され始めている。回復の見込みがなくなったとき、家族や患者、医師は生と死のはざまでどのような選択をすべきなのか。長寿社会のあるべき医療について考える。

「延命中止」 救急医療の現場で広がる新たな選択

医療の力で命を延ばすことで、本人も家族の望まない状況が生じているのではないか。帝京大学病院高度救命救急センターは、延命治療を中止するという難しい選択と向き合っている。受け入れている重症患者は年間2,500人。その半数以上を占めているのが高齢者だ。
「ご高齢で、いろんな手を尽くしても結果的にはゴールが見えない。あるとしても本当に寝たきりであるとか。ふだん抱えている私たちのジレンマです」と話すのは同病院の安心院康彦医師。この病院では救命措置のあと別の病院に移され、回復の見込みがないまま長期入院を余儀なくされる人が増え続けている。

延命中止は医師と患者本人やその家族との話し合いで決まっていく。
心肺停止の状態で病院に運ばれ、人工呼吸器によって延命措置が取られた小澤敏夫さん(68歳)。主治医である神田潤医師は、CT検査の結果、小澤さんの脳に重い障害が残り、意識が戻る可能性が極めて少ないことがわかると、延命中止という選択肢を家族に提示した。人工呼吸器を外し、つながれていた管を抜き、自然な最期に委ねるというものだ。

日頃から「延命につながる医療は望まない」と妻に伝えていた小澤さん。家族は、小澤さんが搬送されてから2日後、命を支えていた人工呼吸器を外し、管を抜くという選択をした。その1時間後、小澤さんは静かに息を引き取った。

「最終的には人工呼吸器を外して抜管して、最後はご家族含めて皆でおみとりするという格好になったんですが、これが本当にベストなのか実際に分かりません。医療者が患者さんなり家族と向き合って、最期をどう迎えるかを考えなくてはいけない」(神田潤医師)

「延命治療の中止」 戸惑う医療現場

呼吸を補助し、命を支える人工呼吸器を外す。これはかつて医師が殺人罪に問われかねない行為として医療界でタブーとされてきた。

2004年、北海道の病院で、心肺停止の状態で運ばれた90代の患者の人工呼吸器を医師が外し、殺人罪に問われたほか、2006年には、富山県で複数の末期患者の人工呼吸器が外され、医師が殺人容疑で書類送検されたこともある。いずれも不起訴となったが、10年ほど前には大きな社会問題となった。

一方で、治療を続けることの負担を訴える患者や家族の声や、最期は自然な形で迎えたいという価値観の変容が医療現場に大きな変化をもたらしている。2007年、国のガイドラインに人生の最終段階の医療行為の中止が示され、「延命治療の中止」が初めて公的に認められた。その後、胃ろうなどの人工栄養の中止、人工透析や人工呼吸器のなどの生命維持措置の中止、そして肺炎治療の中止などが選択肢としてガイドラインで相次いで示され、徐々に医療現場に広がっている。そして、2017年、高齢者医療においては、本人の意思、かかりつけ医の確認などができれば、救急隊員が蘇生行為を中止できるという新たなガイドラインがまとめられた。こうした動きがある中で、国の医療費が増え続けていくことへの懸念も指摘されている。

しかし、東京大学大学院 特任教授の会田薫子さんは、延命中止は医師たちにも戸惑いも大きく、今回、番組で取り上げた、「挿管チューブを抜く形での延命中止」を実践している病院は少ないのではないかという。
「医療者は、特に医師は救命する・延命することを仕事として教えられてきた。治療の中止は、あたかも自分が患者さんの命を終わらせているのではないかと思ってしまうんです」

延命継続か、中止か。命をめぐる選択

延命中止の先進的な取り組みを行っている、病院のひとつ長崎腎病院。重い腎臓病の入院患者70人が人工透析を受けており、平均年齢はおよそ80歳。人工透析は血液の老廃物などを取り除き、再び体内に戻す治療だが、この病院では全国に先駆けて「透析中止」という選択を家族に示す取り組みを行っている。

高齢の透析患者は、心不全やがん、認知症など深刻な病気になることも多いため、みずからが判断できるうちに治療継続の意思を“事前指示書”で確認。気持ちの変化で何度でも書き直すことができる。

この病院で透析中止を選択し、家族をみとった宮田純子さん。祖父の鐘成さんは81歳から7年間透析を続け、次第に治療の負担を訴えるようになったという。家族は本人と話し合い、終わりのない治療続けるよりも自然な形で最期を迎えたいと、透析の中止を決断。治療をやめて2週間後、鐘成さんは家族に囲まれながら静かに息を引き取った。
宮田純子さんは「本当にゆっくり時間はすぎて、その2週間がすごくおじいちゃんのことを考えたのかもしれない。よかったと思います。やはり死はすごく悲しいことですが、本人が望んでいない延命をしてあげるという行為をしなくて私たちはよかった」と話す。

一方で、多くの家族が重い決断のはざまで揺れる現実もある。 透析治療を続ける成富義孝さん(76歳)は認知症の症状が出始めて、意思疎通が難しくなっている。初め、義孝さんは判断能力がなくなったら透析の継続を希望しないと答えていた。しかし、衰弱が進んで食事が口からとれなくなり、胃ろうをすすめられたときに、義孝さんの気持ちに変化が起きた。妻の五枝さんは、そのときの様子をこう話す。
「いま胃ろうしなかったら死んでしまうよというようなことを言って、2日くらい考えましたかね。本人が自分から言ったんですよ、『してみようかな』って。だからその時、もっと生きようと自分でも思ったんじゃないですかね。私はすごくうれしかったです」

このとき五枝さんが改めて、いつまで透析を続けるか聞いたところ、義孝さんは「判断力がなくなっても透析を続ける」と答え、五枝さんは事前指示書を書き換えた。1日でも長く生きてほしい。それが2人の選択だった。
「だんだんね、言葉が少なくなるのは寂しいけど、もう少しこのままでいいから生きていてほしい。」と五枝さんは話す。

変わる医療の役割 どう生き終わるか

延命中止の選択にいたるまで、揺れ動く本人や家族の気持ち。その心を支える医療はどうあるべきなのか。

注目を集めているのが、共に考え、共に悩む医療の在り方として欧米を中心に実践が始まっている『ACP=アドバンス・ケア・プランニング』だ。これは看護師などの専門のスタッフが、患者と医療者側の知識の溝を埋めながら、治療の方針について共に考えて計画していく取り組み。治療を行った場合には、どんな負担があるのか、また治療を中止した場合には、どんなケアが残されているのかなど、細かく相談に乗っていき、また、気持ちの変化に合わせて変更をしていく。日本でも一部の病院で取り組みが始まっている。

かつて、医療の役割は命を救うことが使命だった。しかし、今、医療は患者一人一人の生き方を最期までどう支えるか、共に悩みながら考える時代に大きく変わろうとしている。そして、私たちも、自分がどのような最期を迎えたいのか、しっかり考えることが求められている。

この記事は2017年6月5日に放送した「人工呼吸器を外すとき ~医療現場 新たな選択~」を元に制作しています。

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