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国境を越えた「火花」 中国の若者たちはどう読んだ?

国境を越えた「火花」 中国の若者たちはどう読んだ?

2017年7月5日

人気芸人にして人気作家の又吉直樹さん、その小説が国境を越えようとしている。今月(6月)、芥川賞受賞作「火花」が中国で出版された。初版は通常の外国文学の4倍となる2万部、すでに増刷が検討される人気ぶりだ。熱狂的な支持層は「90后(ジョウリンホウ)」と呼ばれる1990年以降に生まれた若者たち。そんな又吉さんに、上海の大学生たちと対話してほしいという依頼が舞い込んだ。「火花」の世界観は、中国の若者たちにどのように響いたのか。又吉直樹が出会った、中国の若者たちの姿とは?

又吉さんと、悩める中国の若者たち

又吉さんが訪れたのは、上海杉達学院。学生数1万3,000人の私立大学だ。日本語学科で学ぶ学生40人が待ち受けていた。対話は、学生が質問をぶつける「反転」と呼ばれる方法で進んだ。中国でよく用いられるスタイルだという。

「“火花”というタイトルをつけた意味を聞きたい」と質問したのは、就職活動中の林迦得(りん・かとく)さん、21歳だ。

「火花」は、売れない芸人たちの葛藤を描いた小説。登場人物は皆、不器用で社会にうまくなじめない若者たちだ。ギリギリの生活の中で、ひたむきに笑いの芸を磨いていくが、成功をつかむことはできない。

又吉さんは、「火花」というタイトルをつけたのは、小説を書き終えた後だったと明かした。そして、そこに込めた意味をこう語った。
「お笑いの世界、芸能界のような世界も華やかで、遠くから見ていると、すごくきれいでパワーがあるものだが、その細部を見ていくと、花火の中の一つ一つは、小さな火花で構成されている。その一番端っこの点みたいなところに“火花”の登場人物の彼らもいるかもしれなくて。」

林さんは、経済成長が続いてきた沿海部の浙江省出身。小さな工場で働く両親のもとで育った。一流企業に入って、豊かな生活を手にしてほしいという両親の希望で、上海の大学に進学。日本語を生かし、大企業に就職したいと考えている。しかし現実は厳しく、10社以上の採用試験に落ちているという。自分と「火花」の主人公を重ね合わせる林さん。「どうして主人公はお笑い芸人を続けるのか、全然売れないのに」とさらに質問をぶつけた。

「そうですよね。そうなんですよね。」又吉さんは、林さんの質問を受け止める。
そしてこう続けた。
「努力することは禁止されていないのが救いだと、僕は思うんです。才能ある人が寝ている間に、こっちは努力できるから、何年かたったら相手を追い抜くことができるんじゃないか。そう考えて努力を続ける人は、たぶんいっぱいいると思う。」

さらに別の学生からの質問が、又吉さんを驚かせた。
「死について、考えを聞かせてもらえませんか」。
問いを発したのは22歳の施家馨(し・かけい)さん。「火花」のメッセージは、直接、自分に向けられていると感じていた。高校生の時に中国経済が減速。将来を描けなくなり、生きることに不安を覚え始めたという。当時、失恋も経験、救いを求めてさまざまな小説を読みあさった。そして、「火花」に出会い「深い絶望のふちから、はい出せる」前向きなメッセージを受け取ったと話す。

又吉さんは、自分も文学から生きる力を得たという経験を施さんに語った。
「自分も何かすごく不安になるときとか、あれ、楽しいことって何だっけとか、いま何を楽しみに生きているんだっけとか、10代から20代前半にすごく考えて、そういう夜をどう乗り越えていけるか。文学とか、いろんな芸術にヒントがあるんじゃないか。いまのところの僕の考えです。」

増えはじめた「日本を知りたい」中国の若者たち

中国では、今、日本文学ブームが起きている。出版される作品は、年間2,000タイトルに上る。中でも、村上春樹、渡辺淳一、東野圭吾、京極夏彦などが「90后」の若者たちを中心に人気を集めている。

『火花』を中国語に翻訳した神戸国際大学教授の毛丹青さんは、SNSやネットの発達が背景にあると分析。リアルタイムで日本の情報を見たり知ったりする若者が増えているのだという。

中国側の日本に対する見方の変化も感じる、と語るのは、長年、中国で俳優として活躍する矢野浩二さんだ。以前は、抗日ドラマに登場するステレオタイプな日本軍人役が多かったが、2006年ごろから、人間味のある日本人を演じることが増えたという。さらにこんなエピソードを披露してくれた。歴史や政治の問題で国家間が冷え込んでも「日本のことを知りたい」と考える中国の若者たち、その姿を目の当たりにしたという。

「尖閣問題の時に、半年ほど仕事がなかった。しかし、ちょうど、そのさなかに重慶の大学から講演の依頼があった。あまり乗り気ではなかったが、大学に行ったら、400人ぐらいの生徒が歓迎してくれた。最初は、日中関係の話をしていたが、みんなが、つまんなさそうに見ているんですよ。『もういいよ、そういう話はいいよ、浩二』みたいな感じで。それから、話をちょっと砕けて、エンターテインメント、日本の映画の話とか、ドラマ、あとアニメの話をしだすと、みんなが喜んで、うわーと、大学が演芸会に変わった」

日本を知りたい若者たち。その背景にある思い

なぜ今、「火花」が中国の若者たちに受け入れられているのか。又吉さんは、今回の旅で少し分かったような気がするという。

「子どものころ普通だと思っていた大人になることが、むちゃくちゃ難しい時代ですよね。国が変われば違うのかなって、思いすぎているところはありますよね。文学みたいなものを通すと、距離は縮まると感じました。」

翻訳を手がけた毛さんも、「火花」の主人公が理想と現実との間で苦悩する姿は、人間関係や就職に悩む中国の若者たちの現実と重なるという。
「小説を通し、あたかも鏡を借り、そこに自分のことを投影する。中国語で「借鏡」という。文学作品を通して、自分の悩みを確認しながら読んでいる」

将来への不安や葛藤を抱え、文学に救いを求める中国の若者たち。その姿から、又吉さんはこんな言葉を紡いだ。

『文学を通じ、ともに考えることによって発見できたのは、“違い”ではなく、たくさんの“共通点”だった。国を越えて共有できる感覚がたしかにある。僕はそれを光と感じた』



この記事は2017年6月27日に放送した「“火花”中国を行く ~又吉直樹が見た“90后”~」を元に制作しています。

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