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“戦後最悪”の障害者殺傷事件が投げかける「内なる偏見」

“戦後最悪”の障害者殺傷事件が投げかける「内なる偏見」

2017年8月2日

昨年(2016年)7月、相模原市の障害者施設で19人が殺害され、27人が重軽傷を負った。戦後最悪とされる殺人事件を起こした施設の元職員、植松聖被告は“意思疎通ができない障害者は生きていてもしかたがない”と供述した。警察は遺族への配慮から19人を匿名とし、遺族も差別への恐怖などから多くを語ってこなかった。事件から1年。大切な家族を失った人たちが重い口を開き始めている。広がる負の連鎖を断ち切るには何が必要なのか、そして、私たちは内なる偏見とどう向き合えばいいのか。

語り始めた遺族たち「どんな命も、大切な命」

「とにかくついてきて、トイレの中にもついてくる。なんか二重あごになっているけど、かわいい。親ばか、かもしれないですけど」
事件で26歳の娘を亡くした母親は、娘が懸命に生きてきた証を伝えたいと、幼い頃の写真を見せてくれた。

自閉症と診断された娘を施設に入れたのは高校2年生のとき。夫の病気と親の介護が重なって体調を崩し、娘の世話ができなくなったためだ。我が子に頻繁に会いには行けなかったが、施設の職員から聞いた様子をノートに書き綴っていた。ぶどうやアイスを美味しく食べている様子、中庭にあるブランコでよく遊んでいた様子。ノートを読み返していた母親は、涙ながらにつぶやいた。

「どんな命も、大切な命です。納得いかない、許せない。今は少し落ち着いているけど、その前は本当に、なんか私もそっちにいきたいです、って。でも、あまり泣いてばかりいても『お母さん頑張って』って言うような気がして。一生懸命、生きています。」

今も現実を受け入れきれないまま。娘が好きだった曲を繰り返し聴いている。

“意思疎通ができない障害者はいらない”。植松被告のこの言葉だけは、どうしても打ち消したいと言う遺族がいる。35歳の娘を亡くした父親だ。

「片言でも単語は話せるし、何かしてほしいというときには、自分から身を乗り出してくるし、目と目が合えば、だっこしてほしいんだなと分かる。植松被告の言葉、それだけは否定します。大きなお世話だと思います」

娘には重い知的障害があった。妻が病気で入院し、自身も仕事に出なければならない中で、やむなく施設に入れた。娘は、父親にだっこしてもらうことが何より好きだったという。

「だっこすると、必ずかみさんの方を見て得意そうにしている。『父は私の方がすきなんだよ』っていうふうに。あの世があって会えるんだったら、また、だっこしてやるよという毎日です」

植松被告の手紙からかいま見える“心の闇”

植松容疑者のゆがんだ思想はどのように生まれ、なぜ殺害行為にまで至ったのか。取材班は拘置所にいる植松被告と手紙のやりとりを続けるとともに、100人を超す関係者を取材した。

植松被告が通っていた中学校の元教員、高村雅博さんは「障害のある人は、本当に身近な存在だった」と話す。この中学校では障害のある生徒を積極的に支え、近所のやまゆり園の行事にも参加してきた。植松被告は、大学時代に子どもの発達障害などについて学び、障害のある子どもを支えたいと教員を目指すようになる。しかし、次第に授業についていけなくなり、教員の夢を断念。その後、やまゆり園に就職する。そのやまゆり園で変化が起きた、と植松被告の手紙には書かれている。

“支援をする中で嫌な思いをしたことはありますが、それが仕事でしたので、殺意を持ったことはございません。しかし、3年間勤務することで、彼らが不幸のもとである確信を持つことができました”

植松被告と施設で一緒に働いていた職員によると、「なんで家族はもっと会いに来ないのかと、お金を払って施設に預ける意味があるのかとか、そういう人たちが生かされていて楽しいのか、それを喜んでくれる人もいないのに、やる必要はないだろう」と周囲に話していたという。

次第に仕事へのやる気を失っていった植松被告。障害者に対するゆがんだ考えは、やがて暴力を伴ったものになっていく。

“障害者と意思を通わせることへの限界を感じるようになり、入所者をたたいて言い聞かせることもあった”(植松被告の供述)

そして、手紙には殺害に至るきっかけが記されていた。それは事件のおよそ半年前のこと。

“殺そうと考えたきっかけは、やまゆり園で勤務しているときに見たニュースが始まりです。世界には不幸な人たちがたくさんいる。トランプ大統領は真実を話していると思いました”

捜査当局は、トランプ氏が繰り返していた過激な発言を見ていた植松被告が、自分のゆがんだ考えを正当化したとみている。また、捜査当局が行った精神鑑定では、周囲に賞賛を求める「自己愛性パーソナリティー障害」などの複合的な人格障害があったとして、以下のように指摘している。

『社会的に成功することに強く憧れていた一方で、それを実現できず劣等感を頂いていた。理想の自分と現実の自分との溝に直面し、その溝を埋めるために、社会的に注目される事件を起こそうと考えた』

日常的な偏見が犯罪へと姿を変える「ヘイトクライム」

植松被告が起こした事件に注目している研究者がアメリカにいる。各国の重大犯罪を分析しているブライアン・レビン教授。この事件は、アメリカで相次ぐ差別に基づく犯罪、「ヘイトクライム」だと指摘する。ヘイトクライムとは、人種や宗教など特定のグループに対し、差別意識を持って排除しようと行われる犯罪のことだ。

「相模原事件はアメリカのケースと似通っている。ある特定の人々に社会に有害だとレッテルをはり、攻撃を正当化する」

次の図は、レビン教授が分析するヘイトクライムが起きる過程だ。


人の心の中にある偏見が、何らかのきっかけで言葉や態度として表面化し、差別に変わる。それがエスカレートすると、相手を排除することが社会に有益だと正当化していく。そして最後は暴力や殺害行為につながる。植松被告も同じような過程をたどって、障害者への差別意識を高め、事件を起こしたとレビン教授は見ている。

「社会の中にある固定観念や憎しみに触れ、それを自分の中に取り込み、自らの使命に変えていく。この犯罪の始まりは、普通の人が日常的に感じる偏見です。外からは見えにくいが、危険な犯罪へと姿を変える可能性があるのです」

実際、事件を起こす前の植松被告の言葉は、大量殺害を肯定するかのようだったという。

「やまゆり園のことをずっと“鍵のかかった世界”と言っていた。その中に閉じ込めていて、何もできない人を解放してあげたいような使命感、本当、自分の中の正義みたいなところからじゃないですかね」(植松被告の幼なじみの男性)

ネットで拡散する差別思想

ヘイトクライムには、もう1つの危険性が指摘されている。それは、犯罪者の差別思想が社会に広がってしまうことだ。

ネット分析が専門の鳥海不二夫准教授は、事件後のおよそ2か月間で「相模原」や「障害者」など、事件に関連性が高いキーワードを含む書き込み、440万件を分析した。すると、植松被告に強く賛同する書き込みは100件程度。この状態ではほとんど目につかない。ところが、こうした書き込みだけを集めたサイトが開設される。サイトは次々と作られ、多いものでは閲覧数が18万回に上っている。

「ヘイト発言が、まとめサイトにまとめられたことによって、それがとても多くあるように見える。その結果として、自分自身が思っていたヘイトや社会で正しくないと言われている発言でも、仲間がたくさんいるということから、そういった発言をしてもいいんだという空気感が出てしまう。それが、今度は社会全体に広まってしまう。」(鳥海不二夫准教授)

事件は、多くの障害者やその家族に不安を広げた。障害者が憎悪の対象になっているという恐怖で、社会に居場所がないと感じるようになった人は少なくない。

脳性麻痺で車椅子生活を送る熊谷信一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)も、今回の事件が起こした影響をこう語る。

「私自身も含めて、物理的な無力さを自覚している重度の障害者にとっては、暴力というのは、いつも潜在的に、いつ襲われるか分からないという形で、心の中にあると思う。それを粘り強い周囲の人々や社会と粘り強い形で育んできた。その信頼感によって、なんとか平和に不安にならずに過ごしてきているが、今回の事件は、そういった信頼感というものを根こそぎ壊すような、そういう影響を及ぼしたんだなと感じています。」

「内なる偏見」とどう向き合うか

クロ現+にはこんな声が寄せられた。「障害者を透明人間のように見てきたのではないか。邪魔に思ってきたのではないか」。熊谷さんも今回の事件について「本当に責任を問われるべきなのは、彼らを丸ごと排除してきた社会であること、これを私たちは忘れてはいけない」と語る。ヘイトクライムの引き金にもなる、心の内にある偏見。私たちはどう向き合っていけばいいのか。

障害者のありのままの姿を知ってほしいと訴えるのは垂水京子さん。重い知的障害がある息子の亮太さんを、事件が起きたやまゆり園に通わせていた。京子さんは事件後、植松被告が犯行前に書いた一文にはっとさせられたという。

“保護者の疲れきった表情、居ても立っても居られずに、本日行動した”

京子さんは今でもこう思っている。植松被告が言う『疲れきった保護者の顔』は、ショートステイに行ったときの自分の顔かもしれないと。
障害者を支える大変さを否定はできない。しかし京子さんは、事件を乗り越えるためには、そこから目を背けない事が何より大事だと考えるようになった。

「五体満足でよかったねとか言っちゃうでしょ。それは当然でしょう、いいんですよ。だけど障害があったら、それは、それもよし、としないと」

事件が起きて、改めて大切にしているのが、亮太さんと積極的に出歩く事だ。障害のある人が、地域でどのように生きているのか、多くの人に知ってもらいたいと願っている。


「心の底から、かわいいなと。何にもできないけれど、笑っている顔。どこのイケメンや俳優よりも、私はかわいい。役に立たなくてもいいし、ちゃんと存在しているだけで幸せだと思う」

そして、ひとこと、こう付け加えた。
「役にたたなくて、悪い?」

障害があっても、一人一人の人格、個性、命は尊重されなければならない。そんな当たり前の事を、私たちの社会は共有できているだろうか。

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