クローズアップ現代

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坂本龍一と「調和しない」音楽

坂本龍一と「調和しない」音楽

2017年4月21日

これは果たして音楽なのだろうか?2017年3月29日、音楽家の坂本龍一さんが発表した8年ぶりのソロアルバム『async』が話題を呼んでいる。自然の音や雑踏の音などの固有の響きとテンポをひとつの音楽の中に共存させた異色の作品だ。クロ現+は約1か月にわたり、坂本さんに密着。65歳にして尚も音楽の新境地を探る坂本さんの深層に迫った。

新たな境地「同期しない音楽」への挑戦

3年前に中咽頭がんを患った坂本さんは、治療に専念するため音楽活動を休止。現在は完全復帰を果たしているも、体調面については「唾液の分泌が悪くなって、すごくのどが渇くようになった。夜寝ていても2、3回は起きてしまう。だから1人のときはガムをかんでいることが多い」と話す。

闘病生活を振り返り、「これまでの人生で最も間近に死を感じた」と語る坂本さん。そのときの経験は彼に大きな影響を与え、再び音楽活動を始める際には「今の自分にしかできない音楽を追及したい」と考えるようになったという。そうして完成した本作品には「async(同期しない)」というタイトルが付けられている。ニューヨークや東京、ときには田舎の林の中を歩き回り、街や自然の環境音をスマートフォンで録音。それらの音を重ね合わせながら“同期しない音楽”を目指した意欲作だ。

「普通、99%の音楽というのは“同期している音楽”なんですよね。人間の中のネイチャーとして、そういう感覚があるらしいので、ほっとくと勝手に同期しちゃうんです。同期することに快感を覚える動物らしいんですよ、人間というのは。だから僕はあえて、“同期しない音楽”というのを作ってみようと思って。同期してない音楽、いわば誰もしゃべっていない言葉をしゃべるみたいなことなんです」

非同期でありながら、ひとつの音楽でもある。それはいったいどのような状況から生まれるのか。そのヒントともいえる場面が、坂本さんが代表監督をつとめる「東北ユースオーケストラ」の合宿で垣間見ることができた。坂本さんはここである試みを行った。合宿に参加した境遇も年齢も異なる子供たちが持っている携帯電話を一斉に鳴らし、ばらばらに流れる着信音を坂本さんがピアノを弾きながら「ひとつの音楽」にまとめていったのだ。そのときの様子を坂本さんは、「このときは、ちょっとうまくいかなかった。でも、おもしろかったんです。今までやったことがなかったから、子供たちも本当にびっくりしていたし、戸惑って何をやったらいいのか分からないという感じだった」と微笑みながら振り返る。

身近な音に耳を傾けていく中で、この世に無意味な音はひとつもなく、どんな音にも存在理由があると知った坂本さん。「良い音」と「悪い音」といった評価を下すことを一旦止め、すべての音を公平に聴くことを心がけたという。

「僕たちは24時間、ほとんど音に囲まれて生きていますけども、生存にあまり必要のない音は無視しているわけですよ。本当は、こっちも音が鳴っているのにそれは聴こえてこないことはよくあることですよ、人間ってね。視覚でもよくありますけど。脳が見たいと思っているものだけ見ちゃう。それは突き詰めれば、人間は脳というフィルターがかかって世界を認識している。知覚や聴覚、視覚、それから考えるということまで含めて、フィルターという、おりに閉じ込められているのが見えてくる」

 

(スマートフォンで、街中の音を集める坂本さん)

最新アルバムと「分断された世界」の関係性

新しいアルバムを制作中、アメリカではトランプ政権が誕生した。ニューヨークを拠点に活動する坂本さんは、さまざまな異なる意見や価値観を認めない風潮に懸念を示す。「アメリカに住んでいるので、これからどうなっていくのか当然考えますけども、見方を変えると、いくらトランプ政権が誕生しても、有名人や一般人まで、きちんと反対意見を述べる人が半分近くいるというのは、アメリカのまだ少し健康なところ。だから、そうした目で日本を見ると、いかがなものかという気はして、じくじたる思いもしますけどね」と、アメリカ以上に現在の日本社会に対しても強い危機感を抱いていた。

福島第一原発の事故などの際、さまざまなメディアを通してメッセージを発してきた坂本さん。原発事故から6年以上が経過し、再び社会に対して声を上げにくい雰囲気が広がっていると話す。「やっぱり言いたいことが言えない社会というのは、よくないと僕は思う。2,000人いれば2,000人の受け取り方があっていいと思っている。それは、それぞれの固有のテンポを持っているということ。人間社会というのはそういうものでいいと思っていて、みんなが同じである必要はないですから」

今回の取材を通じて感じたのは、坂本さんは本作品の制作において、音を私たち人間の姿と重ねているように思えたことだった。ひとつのテンポに皆が合わせるのではなく、それぞれの音やパートが固有のテンポを持つ音楽。ばらばらな音がひとつの音楽になるように、一人一人の個性や思いを尊重し合うこと。そして、分断ではなく、共に生きることの大切さ。彼の最新作『async』には、そんなメッセージが込められているように思う。

 

 
アルバム『async』で坂本さんが最も愛着をもっている曲が「fullmoon」だ。
かつて音楽を担当した、映画「シェルタリング・スカイ」のせりふを引用している。
人生には思うほど時間は残されていないと語りかける。

“How many more times will you watch the full moon rise?
Perhaps 20.
And yet it all seems limitless.
(あと何回、満月を眺めるか?せいぜい20回。だが人は無限の機会があると思う。)”

この記事は2017年4月19日に放送した「坂本龍一 分断された世界で」を元に制作しています。

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