2016年10月29日 (土)

水俣病 公式確認から60年 水俣で犠牲者の慰霊式

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水俣病が公式に確認されてから、ことしで60年になります。29日、熊本県水俣市で犠牲者の慰霊式が開かれ、遺族を代表して、みずからも患者である女性が「私のような苦しみは、もう誰にもしてほしくありません」などと述べました。

60年前の昭和31年5月に公式に確認された水俣病の慰霊式は、熊本県水俣市で毎年5月に行われていますが、ことしは一連の熊本地震の影響で延期され、29日に開かれました。

患者や遺族、それに山本環境大臣や原因企業チッソの関係者など、およそ750人が出席し、はじめに新たに8人の犠牲者の名簿が慰霊碑に納められ、全員で黙とうがささげられました。
そして、遺族を代表して、夫と義理の父や母を水俣病で亡くし、みずからも患者と認定された大矢ミツコさん(90)が、「私のような苦しみは、もう誰にもしてほしくありません。チッソは、水俣病で亡くなった主人たちの命がむだにならないような会社になってほしい。水俣病のことをちゃんと伝えてほしいです」と述べました。

また、山本環境大臣は、被害の拡大を防げなかったことを陳謝し、「責任をもって、水俣病で被害に遭った人たちへの支援を続けていく」と述べました。

水俣病をめぐっては、先月末までに熊本県と鹿児島県で認定された患者合わせて2282人のうち、1890人が亡くなっています。
また、今も患者として認めてほしいという申請が相次いでいて、先月末の時点で、熊本県と鹿児島県で審査結果を待つ人は合わせて2137人に上っています。

患者たちは今

熊本県水俣市の田中実子さん(63)は、昭和31年、2歳のときに、当時5歳だった姉とともに水俣病を発症しました。病院が2人のことを保健所に通知し、水俣病の公式な確認になったとされています。原因企業のチッソが排出した有機水銀に汚染された魚を食べ続けたことが原因でした。
姉は7歳で亡くなり、実子さんは言葉を発することもできなくなりました。当初、原因不明の奇病とされたこともあり、偏見や差別にもさらされたということです。
それから60年、のちに水俣病と認定された両親も亡くなり、実子さんは24時間、ヘルパーの介助を受けながら、水俣病の症状のある長女の下田綾子さん夫婦と一緒に暮らしています。
下田さん夫婦と実子さんは、60年たっても今なお、水俣病をめぐる問題が解決されていないとして、水俣市が主催する公式確認から60年の慰霊式には出席しませんでした。
下田綾子さんは「60年たった今も、実子が苦しい思いをしながら生きていることを、多くの人は知らないと思います。水俣病は終わっていないということを知ってほしいです」と話していました。

水俣市の隣、鹿児島県出水市の63歳の女性は、手足にしびれがあり、感覚が鈍っているほか、足が頻繁につると言います。幼いころ、水俣湾でとれた魚を食べていたといいます。
3年前、水俣病の認定申請をしましたが、認められませんでした。理由は開示されていません。再度申請するため医師の診察を受けた女性に、水俣市の医師、高岡滋さんは水俣病と改めて診断しました。
女性は「医師も水俣病で間違いないと診断しているのに、行政が認めてくれないのは本当に悔しいです」と話しています。
高岡医師によりますと、摂取した有機水銀の量が少ない場合、すぐには症状が出ず、時間がたつにつれて徐々に症状が悪化するケースがあるということです。高岡医師は「今後も水俣病患者と認めてほしいと申請する人は増える可能性がある」と話しています。

「水俣病」との認定に今も多くの課題

環境省によりますと、国の基準をもとに、これまでに水俣病と認定された患者は、先月末の時点で、熊本県で1789人、鹿児島県で493人、新潟県で705人で、3つの県で合わせて2987人となっています。

認定された患者には、昭和48年に原因企業と患者団体の間で結ばれた補償協定をもとに、慰謝料や医療費などが支払われます。
一方、認定されなかった「未認定患者」については、国などを相手どった訴訟が増加したことなどから、政府は2度にわたって救済策を打ち出し、平成7年と22年に原因企業から合わせておよそ4万3400人に一時金が支払われました。
しかし、その後も救済の対象とならなかった人などの訴えが相次ぎ、今も1500人以上が国などを相手どって裁判を続けています。

さらに、水俣病の認定を求める行政への申請も相次いでいます。
昭和52年に国が設けた基準では、手足のしびれや思いどおりに体を動かせないなど複数の症状がある場合に水俣病と認定するなどとしていて、症状が1つの場合はほとんど認められてきませんでした。
しかし、平成25年、最高裁判所は、症状が1つしかなく認定されなかった熊本県の女性について、認定の幅を事実上広げ、水俣病と認める判決を言い渡しました。
これをきっかけに、認定を求める行政への申請が増え、平成26年度は850人、27年度は826人が新たに申請し、審査結果を待つ人は先月末の時点で、熊本県と鹿児島県、それに新潟県で合わせて2300人余りに上っています。

このように水俣病の認定をめぐっては、公式確認から60年となる今も多くの課題が残されています。

投稿者:かぶん |  投稿時間:19:39  | カテゴリ:科学のニュース
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