2016年05月11日 (水)

神聖な場所囲ったか 遺構や土器見つかる 群馬・渋川

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群馬県渋川市の「金井下新田遺跡」で、6世紀ごろの神聖な場所を囲っていたとみられる遺構や土器が見つかりました。調査に当たった財団法人などは遺構の構造や規模の大きさなどから当時の政治の拠点とみて、貴重な発見だとしています。

遺構などが見つかったのは群馬県渋川市の「金井下新田遺跡」で、6世紀初めに起きた榛名山の噴火による火山灰の下から発見されました。
このうち、遺構の一つは1辺がおよそ55メートル四方で、角材の柱を等間隔に立て、植物の茎を編んだ「網代垣(あじろがき)」で囲っていたとみられます。この網代垣は高さが3メートル前後、厚さが30センチ前後あり、三層構造になっていたことが分かりました。また、祭しに使われていたとみられる土器も1000点以上見つかりました。
調査を行った群馬県埋蔵文化財調査事業団によりますと、遺構は構造や規模の大きさから、当時の祭しをつかさどっていた政治の拠点だと考えられるということです。また、こうした遺構が火山灰に覆われ良好な保存状態で見つかるのは、全国で初めてだということです。
県埋蔵文化財調査事業団の岩崎泰一調査部長は「地域の歴史を知るうえで非常に重要なもので、今後も調査を進めていきたい」と話しています。
調査事業団は今月14日に一般向けに現地を公開することにしています。

「よろい人骨」の遺跡と関わりも

今回の発見について、古墳時代に詳しい明治大学の大塚初重名誉教授は、「これほど詳細に古墳時代の網代垣の様子が分かったのは聞いたことがなく、正直、驚いている。火山灰のおかげでよい状態で保存されていたのだろう。これまで関西を中心に古墳から塀で囲まれた建物をかたどった埴輪が見つかっているが、今回、見つかった建物はその元となるような姿をしていたのではないか」と話していました。そのうえで、「同じ群馬県渋川市ではよろいを着たままの状態の人骨が見つかっているが、関わりがあった可能性もある。古墳時代の東日本にいた豪族の暮らしや祭しを研究するうえで重要な発見だ」と話していました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:16:03  | カテゴリ:文化のニュース
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