2016年05月15日 (日)

演出家 蜷川幸雄さんの通夜営まれる

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世界的な演出家で今月12日に亡くなった蜷川幸雄さんの通夜が、15日夜に東京都内で営まれ、生前親しかった舞台関係者など数多くの人が訪れ、蜷川さんの死を悼みました。

演出家の蜷川幸雄さんは、古典から現代劇まで幅広い舞台を手がけ、独自の解釈と斬新な演出で世界的に活躍しましたが、今月12日、肺炎による多臓器不全のため80歳で亡くなりました。蜷川さんの通夜は15日午後6時から東京・港区の青山葬儀所で営まれ、俳優の北大路欣也さんや藤原竜也さん、それに宮沢りえさんなど、生前親しかった俳優や舞台関係者など1500人余りが訪れました。
祭壇には、長女で写真家の蜷川実花さんが舞台稽古の合間に撮影した、赤い月のセットを背景に片手を顔に添えた蜷川さんの遺影が飾られました。訪れた人たちは焼香をしたあと、遺影に向かって静かに手を合わせ、蜷川さんとの別れを惜しんでいました。
通夜に先だって取材に応えた蜷川実花さんは「生涯現役にこだわってきた父なので、遺影にはかっこいい姿の写真を選びました。亡くなる3日ほど前、父に、『家のことはあとは全部任せてね』と言ったら、うなずいてくれたのが最後のやり取りでした。父は、亡くなるしばらく前からしきりに『ありがとう』と言っていました。どこから切り取ってもいい人生だったのだろうと感じています」と話していました。

蜷川さんが手がけた舞台に出演してきた俳優の溝端淳平さんは、通夜のあと、報道陣の取材に答え、「蜷川さんには本当に厳しいことばをいただきましたが、根底にはいつも役者を育てる愛がありました。蜷川さんはうなぎが好きで、一度うなぎの差し入れをしたら、それ以来会うたびに『溝端、うなぎはないのか』と言っていたことを思い出します。もっと一緒に仕事をして、叱ってもらって、成長した姿を見せたかったです」と話していました。

蜷川さんが演出した「ムサシ」などの舞台に出演した俳優の鈴木杏さんは「まだ実感がわきません。これまで言われたことの意味が、これから分かっていくのではないかと思います。舞台で何もできなかった私に、本当にたくさんの世界を教えてくれました。いろいろな表情やずっと見ていた背中、うれしそうにしてくださったことなど、蜷川さんの一つ一つが思い出されます。照れくさくて面と向かっては言えなかったけど、今でも大好きです」と涙ながらに話していました。

蜷川さんと長年親交があり、多くの舞台に出演した俳優の西岡徳馬さんは「40年以上一緒にいて、蜷川さんから『徳馬とは戦友だからな』と言われていたので、親友が壮絶な戦死をしたと思っています。病状が芳しくないと聞いていましたが、よく現役で走り続けた。立派でしたと言いたいです。去年、楽屋で会ってもう一度、芝居をしようよと話したのが最後となりました。それが果たせなかったのが本当に残念です」と話していました。

蜷川さんの演出する舞台「ムサシ」などに出演した俳優の勝地涼さんは「亡くなったと聞いたときは実感がわかず涙も出ませんでしたが、会場にきて実感しました。でも、泣いていたら蜷川さんが現れていつまでもうじうじするなとしかられそうな気がします。10代のころ、いろんな知識を得たくて焦っていたとき、『勝地はばかだからそのままでいいよ、頭でっかちになるな』と言われたのが印象に残っています。とても大きな存在で、これからも心の中にいつも蜷川さんがいると思います」と話していました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:18:33  | カテゴリ:文化のニュース
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