2016年06月04日 (土)

元世界ヘビー級チャンピオン モハメド・アリ氏 死去

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プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリ氏が、アメリカ西部の病院で亡くなりました。74歳でした。

モハメド・アリ氏は12歳でボクシングを始め、1960年、ローマオリンピックのボクシング、ライトヘビー級で金メダルを獲得しました。プロに転向したアリ氏は、1964年、22歳でヘビー級の世界チャンピオンになりましたが、3年後、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことでタイトルを剥奪されました。
その後、アリ氏はプロボクシングに復帰し、1974年に世界王座を奪還して通算19回の防衛を果たし、ヘビー級ながら華麗なフットワークを見せるボクシングスタイルは、「チョウのように舞い、ハチのように刺す」と評されました。通算成績は56勝5敗で、このうち37勝がノックアウト勝ちでした。
一方、アリ氏は、アメリカのレストランで受けた人種差別に抗議して、ローマオリンピックの金メダルを川に投げ捨てたほか、黒人の人権擁護を呼びかける集会に参加するなど、人種差別の撤廃を国際社会に訴えました。
引退後は、難病のパーキンソン病を患って闘病を続け、1996年のアトランタオリンピックの開会式では、聖火台に火をともしました。また、アリ氏は病をおして、アメリカ軍兵士の慰問などの社会活動を続け、2005年には、アメリカ政府から、最高の栄誉とされる「自由勲章」を贈られました。
アリ氏は3日、アメリカ西部・アリゾナ州の病院で74歳で亡くなりました。

世界のメディア 大きく伝える

世界各国のメディアが、モハメド・アリ氏の死去を速報で伝えました。
このうち、アメリカの有力紙、ニューヨーク・タイムズは、アリ氏を「ボクシングと20世紀の巨人」と評したうえで、「オーソドックスではないボクシングスタイルをリングに持ち込み、最もわくわくさせてくれた。愛されもし、嫌われもしたが、50年間にわたって地球上で最も著名な人物の1人であり続けた」と伝えています。
アメリカのABCテレビは、アリ氏の生前の活躍を振り返る特別番組を放送するとともに、ツイッターに、「伝説であり、時代の象徴であり、ヒーローだった。安らかに眠ってください」と投稿しました。また、ロイター通信は、「最も偉大なボクサーだった。ハンサムかつ大胆で、言いたいことを言い、徴兵を拒否して黒人の運動のシンボルになった」として、アリ氏がアメリカの公民権運動に大きな影響を与えたと伝えています。
さらに、フランスのAFP通信は、「人々に愛された74歳のヒーローが、数十年間、パーキンソン病と闘った末にこの世を去った」としたうえで、リングの外でのアリ氏について、「イスラム教への改宗や、ベトナム戦争や公民権運動を巡る言動を中傷されたこともあったが、みずからの信念を曲げず、最後には称賛を勝ち取った」とたたえました。

オバマ大統領「同じ時代過ごせたことに感謝」

モハメド・アリ氏が亡くなったことについて、オバマ大統領は、4日、ミシェル夫人と共に声明を発表しました。
この中で、「世界中の人たちと同じように、私もミシェル夫人も彼の死を嘆き悲しんでいるが、同じ時代を過ごせたことを幸せに思い、神に感謝したい」と追悼しました。そして、オバマ大統領は「リングの上で戦うだけでなく、人々の権利のためにも戦ってきた。キング牧師や南アフリカのマンデラ元大統領などと共に立ちあがった。彼の戦いは困難で、周囲からは敵視され刑務所に送られそうにもなったが、彼が勝ちとったものこそが、まさにいまのアメリカを示すものとなっている」として、宗教や人種の差別の撤廃を訴えてきたアリ氏の功績をたたえました。

モハメド・アリ氏 40年前に猪木氏と「世紀の一戦」

亡くなったモハメド・アリ氏と日本との関わりとして知られるのは、昭和51年、「世紀の一戦」とも呼ばれた、プロレスラーのアントニオ猪木氏との日本武道館での対戦です。その後もアリ氏と猪木氏の交流は続きました。

昭和51年、世界ヘビー級チャンピオンだったアリ氏と、猪木氏との対戦は大きな注目を集め、テレビでも放映されました。試合は、異種格闘技の対戦に伴うルールもあって、猪木氏がほぼ寝そべったままキックだけで攻撃したのに対し、アリ氏は立ったまま対じし続け、時間切れ引き分けで終わりましたが、ボクシングとプロレスの頂上決戦に、格闘技ファンの間では「世紀の一戦」として語り継がれてきました。
その後もアリ氏と猪木氏の交流は続き、平成10年に猪木氏のプロレスの引退試合が東京ドームで行われた際には、難病のパーキンソン病を患いながらもアリ氏が駆けつけ、リングで花束を贈っていました。

猪木氏「友としてご冥福を祈る」

日本を元気にする会の代表で、昭和51年にプロレスラーとしてモハメド・アリ氏と戦ったアントニオ猪木氏は、東京都内で記者会見し、「試合後は、大変な酷評であり、茶番劇だと、いろんなことを言われたが、時間がたっていくなかで評価が変わっていった。信念は、時間がたつことで、人に認めてもらうこともあるのだと、アリ氏との戦いを思い起こすと感じる。あの試合は本当によかったと素直に思うし、アリの存在というものも認めることができた」と述べました。そして猪木氏は、「元気があれば、旅立ちもできる。人生を戦い抜いたアリ氏に、友として、ご冥福をお祈りしたい」と述べました。

輪島功一さん「重量級なのにスピードがあった」

モハメド・アリ氏が亡くなったことについて、スーパーウェルター級の元世界チャンピオン、輪島功一さんは「信じられないという感じ。ボクシングというスポーツを全世界に知らしめてくれた、最高のスターだった」と話し、年齢が1つ上の偉大なチャンピオンの死を惜しみました。輪島さんはアリ氏のボクシングについて、「華麗だった。リーチがあって、背が大きくて重量級なのにスピードがあった」と振り返ったうえで、「自分にとっての目標だったし、追い越してやる、追いついてやると、糧になった」と現役当時、アリ氏の活躍が刺激になっていたことを明かしました。そして、「またボクシング界を引っ張っていくスターが出てきてほしい」と願っていました。

 

投稿者:かぶん |  投稿時間:19:17  | カテゴリ:文化のニュース
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