2016年06月15日 (水)

作曲家 冨田勲さん お別れの会

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シンセサイザーを使った電子音楽の第一人者として世界的に活躍し、先月亡くなった作曲家の冨田勲さんのお別れの会が東京で営まれ、参列したおよそ800人が別れを惜しみました。

冨田さんは、シンセサイザーを使った楽曲制作にいち早く乗り出し、クラシックの名曲を大胆に解釈した曲や宇宙を題材にした壮大な作品などを発表して世界的に活躍したほか、映画やテレビ番組の音楽を数多く手がけてきましたが、先月5日に84歳で亡くなりました。
15日、東京・港区でお別れの会が開かれ、映画監督の山田洋次さんや歌手の由紀さおりさんなど、親交のあったおよそ800人が参列し、祭壇に向かって全員で黙とうしました。
このあと、多くの映画作品で冨田さんと仕事をしてきた山田洋次監督が「冨田さんなくして今の僕はなかったのだと、今しみじみと思います。さようなら冨田さん。美しい音楽を作ってくれてありがとう。あなたとあなたの芸術を僕はいつまでも忘れません」と別れのことばを述べました。
また、冨田さんに影響を受けた世界的ミュージシャンのスティービー・ワンダーさんがビデオメッセージを寄せ、「彼は並外れた発想とほかに出会ったことのない精神を持っていました。今は彼が残してくれたすばらしい作品を祝福しましょう」と功績をたたえました。
そして、長男の勝さんが「父が今、皆さんにいちばん聞いてほしい曲です」と紹介して、晩年の楽曲「銀河鉄道の夜」が会場に流れると、参列者は静かに聴き入りながら別れを惜しんでいました。

常に新しい音楽の世界を担っていた

歌手の由紀さおりさんは姉の安田祥子さんと共に参列し、「姉と私が幼いころ、合唱団の稽古場に冨田さんがハーレーに乗ってやって来て、ピアノの伴奏を付けてくれたことを思い出します。シンセサイザーという楽器に命を吹き込み、常に新しい音楽の世界を担っている方でした」と話していました。
また、冨田さんの30年来のファンだという、バンド「LUNA SEA」のSUGIZOさんは「晩年にお会いしたとき、『いつか一緒に音楽やろうよ』と言ってくださり、ただただ恐縮していました。たとえ肉体はなくなっても、冨田さんの精神と音楽は100年後も新しいままだと確信しています。常に誰も聞いたことのない音楽を作り、音楽で世界を一つにしたいという、とても大切な意志を受け継いでいきたいと思います」と話していました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:23:08  | カテゴリ:文化のニュース
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