2016年07月19日 (火)

永六輔さんの未公開の歌詞が見つかる

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作詞家として「上を向いて歩こう」などの数々のヒット曲を手がけ、今月亡くなった永六輔さん。昭和40年代を最後に歌謡曲の作詞から退いたと思われていましたが、3年前、さびしさや悲しさを歌った未公開の歌詞を歌手の加藤登紀子さんに贈っていたことが分かりました。

この歌詞は、永六輔さんが加藤登紀子さんのために書き、平成25年の春ごろに贈ったもので、愛用していた原稿用紙に直筆でしたためられています。タイトルのない僅か8行の短い詞で、さびしさや悲しみ、苦しみには耐えられるけれども、むなしさには耐えられないと心情をつづったうえで、「むなしさが耐えられるのはともだち、あなた、戦う心」と結んでいます。
事務所によりますと、永さんは昭和40年代を最後に歌謡曲の作詞から退きますが、長年の親交がある加藤さんとのやり取りの中でこの詞を書くことを決めたということです。ところが、永さんはすでに難病に冒され、詞は未完成のままとなっていて、加藤さんは贈られた詞に曲を付けたあと、残りの詞が出来るのを待っていて、これまで公開されることはありませんでした。
加藤さんは、NHKの取材に対して初めてこの歌を演奏したうえで、「とても重みのある歌詞で、当時は責任をもって歌を付けることができなかった。すごくつらい感情をぶつけている歌ですが、永さんの強い思想というか、ラブレターのような熱いことばだと思っている。永さんが真っすぐ気持ちを届けてくださったことばと思って受け止めていきたい」と話しています。

歌詞 全文

亡くなった永六輔さんが晩年に歌手の加藤登紀子さんに贈った未公開の歌詞の全文です。「淋しさには耐えられる悲しみにも耐えてみよう苦しさにも耐えてみて耐えて耐えて耐えられないのは虚しさ虚しさ空しさ虚しさが耐えられるのはともだちあなた戦う心」。

詞の完成かなわず

永六輔さんは昭和36年に放送が始まったNHKの人気バラエティー「夢であいましょう」の台本を担当し、放送作家として高い人気を得ました。この番組の中で永さんは、「上を向いて歩こう」や、「こんにちは赤ちゃん」などの作詞を手がけ、その時代の人々の思いに寄り添った歌詞で次々とヒット曲を出しました。
その後も永さんは放送作家や作詞家、タレントなどとして幅広く活躍していましたが、シンガーソングライターの登場などを理由に昭和40年代を最後に歌謡曲の作詞から退きます。
平成22年にはパーキンソン病と前立腺がんを患っていることを公表。翌年に発生した東日本大震災では、病をおして被災地に足を運び、被災者の声に耳を傾ける活動に取り組んでいました。
今回の歌詞は、5年前「長年のつきあいなのに一緒に作った歌がない」と加藤さんと永さんが話したのがきっかけとなり、3年前に永さんが加藤さんに贈ったということですが、まだ1番しかできていないところで永さんは今月7日に83歳の生涯を閉じ、詞の完成はかなわぬものとなりました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:21:05  | カテゴリ:文化のニュース
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