2016年09月24日 (土)

キトラ古墳の壁画を保存公開する施設 オープン

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奈良県明日香村のキトラ古墳で見つかった極彩色の壁画を保存、公開するための施設が24日、オープンし、大勢の考古学ファンらが世界最古とされる本格的な天文図の壁画などを見学しました。

「キトラ古墳壁画体験館四神の館」は、奈良県明日香村のキトラ古墳の石室から剥ぎ取って修復した壁画を保存、公開するため、古墳の近くに新たに整備されました。

24日は午後1時すぎから一般公開が始まり、大勢の考古学ファンらが見学に訪れました。
施設には修復を終えた壁画のうち、方角の守り神「四神」の「白虎」と「朱雀」の壁画のほか、今回が初めての公開となった世界最古とされる本格的な天文図の壁画が展示されています。

訪れた人たちは、1300年の時を経て鮮やかな朱色が残る「朱雀」や、金ぱくを使って描かれた緻密な天文図などの壁画を、ガラス越しにじっくりと観察していました。

和歌山市から訪れた30代の女性は「当時の色が鮮やかに残っているのに驚きました。古代のロマンに浸ることができました」と話していました。
千葉県から訪れた50代の男性は「壁画を見て、鳥肌が立ちました。古代の人があれほど緻密な天文図を描いたことに驚きました」と話していました。

壁画は年に4回、期間限定で公開される予定で、今回は来月23日までです。壁画の見学には事前の申し込みが必要です。

キトラ古墳の壁画とは

キトラ古墳は、7世紀末から8世紀初めの飛鳥時代に造られたとされる丸い形をした古墳です。

壁画は被葬者のひつぎを納めた石室の内側に描かれていました。四方の壁には、中国の思想で方角をつかさどると考えられている「四神」と呼ばれる神獣が描かれていました。
東の壁の「青龍」は、大部分が泥に覆われています。
南の壁に描かれた「朱雀」は、想像上の赤い鳥の姿が躍動感あふれる筆遣いで表現されています。
西の壁には「白虎」が描かれています。
北の壁には蛇と亀が絡み合った「玄武」が描かれています。

「四神」の下の部分には、顔が動物で体が人の姿をした像が複数残され、「子」「丑」「寅」といった、えとの動物を人に似せて描いた「十二支像」が各壁に3体ずつ描かれていたとみられます。

さらに、天井には天文図が描かれていました。本格的な天文図としては世界最古とされています。金ぱくで表現した星々を朱色の線でつなぎ、古代中国の星座が74個、確認されました。

これらの壁画が描かれた理由について、方角の守り神「四神」や、武器を持った十二支像を描くことで、葬られた人物を邪悪なものから守ろうとしたのではないか、あるいは、モチーフはいずれも時間や空間に関わりがあり、全体として、被葬者を取り巻く「理想の時空」を表現したのではないか、などの見方があります。

誰が葬られたのかは不明

キトラ古墳に葬られた人物については、これまで、皇族や高級官僚、それに渡来人の有力者といった説が出されています。また、石室内の発掘調査で見つかった歯や骨の鑑定では、40代から60代くらいの「熟年の男性」の可能性が高いという結果が出ています。しかし、人物の絞り込みはこれ以上は難しく、特定には至っていません。

壁画の修復は困難極める

キトラ古墳では、昭和58年から石室内の様子を探る調査が少しずつ行われ、高松塚古墳に次いで、国内で2例目となる極彩色の壁画として、全国的に注目されました。

しかし、壁画の激しい傷みも明らかになり、平成13年にはデジタルカメラを使った詳しい調査によって、下地のしっくいが浮き上がり壁画が剥がれ落ちるおそれがあることがわかりました。

このため、文化庁の委員会は現状のまま保存することは難しいと判断し、平成16年から、修復の専門家が石室内に入り、壁画を壁から剥がし取って外に出す前例のない作業が始まりました。
狭い石室内でへらを使って壁画をはがし取る作業は困難を極め、特に「朱雀」は下地のしっくいの厚さがわずか1.5ミリしかない部分があり、特殊なワイヤーを使って剥がし取るなど、試行錯誤を繰り返しながら作業が続けられました。

壁画は余白の部分も含めて、1143片に分けて剥がし取られ、6年をかけてすべて石室の外に出されました。そして、温度と湿度が一定に保たれた修復施設で、汚れを落としたうえで下地のしっくいを強化する処置が行われ、パズルをつなぎ合わせるような地道な作業が続けられました。

朱雀と白虎、それに天文図は今回完成した保存、公開施設に移され、残る青龍や玄武も年内には修復を終える予定です。

高松塚古墳の壁画も外で修復

昭和47年に「飛鳥美人」が発見され、古代史ブームを巻き起こした奈良県明日香村の高松塚古墳でも、キトラ古墳と同様、壁画を外に出して修復作業が進められています。

高松塚古墳とキトラ古墳は1キロほどしか離れておらず、立地や築造時期、壁画のモチーフなど、似ている点の多い古墳ですが、壁画をそのまま現地で保存、修復することができなかった点でも共通しています。

高松塚の壁画は国宝に指定され、文化庁が定期的に点検を続けていましたが、石室内でカビが大量に発生し、壁画の劣化が進んでいることが明らかになりました。
このため、平成17年、文化庁の委員会が、壁画を石室の石ごと古墳の外に取り出す方針を決め、平成19年に石室を解体する作業が行われました。

古墳や寺などの壁画は現地でそのままの状態で保存するのが通例ですが、高松塚とキトラの壁画は、再び古墳に戻した場合、いずれも現状では再び、カビが生えたり、劣化したりするおそれがあり、当分の間、古墳の外で保存、管理することが決まっています。

投稿者:かぶん |  投稿時間:18:00  | カテゴリ:文化のニュース
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