2016年10月26日 (水)

News Up 実は謎だった、カボチャの起源は?

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ハロウィーンのこの時期、街角でカボチャの飾りをよく見かけるようになりました。健康を願って冬至の日に食べるなど日本の食卓でも古くからなじみ深いカボチャですが、その「起源」を巡って今、研究者の間で論争が起きています。

カボチャの語源は「カンボジア」?

まず「カボチャ」には主に3つの種類があることから。
ホクホクとした食感と甘みが特徴で、近年、日本の食卓で最もよく並ぶのが「西洋カボチャ」。それに対して「日本カボチャ」は、甘みが少なく粘りがあり、煮くずれしにくいのが特徴で、日本料理店などでよく出されます。最後にハロウィーンの飾りなどに使われることが多いのが「ペポカボチャ」です。

日本カボチャも、実は日本原産というわけではありません。日本へのカボチャの渡来には諸説ありますが、16世紀半ばに今の大分県、豊後国にポルトガル船が漂着し、藩主の大友宗麟にカボチャを献じて、これがカンボジアで採れたものだったことから「カボチャ」と呼ばれたという説が広く知られています。しかし、ここに来て、ある発見が議論を呼んでいます。

縄文時代からカボチャがあった?

山形県遊佐町にある小山崎遺跡は、約6500年~約2700年前の縄文時代の暮らしぶりを今に伝える遺跡で、さまざまな植物の種も発見されています。
分析を担当した「古代の森研究舎」の吉川純子研究員は、発見された種を日本に現在分布している植物の種などと比較しました。
その結果、そのうちの1つが、カボチャに限りなく近いことが分かり、年代測定をしたところ、種は約5500年前の縄文時代前期のものと判明しました。
これがカボチャだとすれば日本で確認された中では最古となります。しかも、種の形は、前述した3種のカボチャのうち、今のハロウィーンで使われることの多い「ペポカボチャ」に近いというのです。

カボチャはいつから日本に?

植物の歴史に詳しい総合研究大学院大学の那須浩郎助教によると、先ほどの3種類を含めてカボチャの栽培の歴史は、おおむね1万年前から8000年前、今のメキシコやペルーなど中南米に始まることが、遺跡の分析などから分かっています。
今回の遺跡から発見された種がカボチャだとすれば、普通に考えると、その時代の人たちが陸伝いにベーリング海峡を越えたり、太平洋を渡ったりして、縄文時代の日本列島にカボチャを持ち込んだのだろうか、とも思います。
しかし、植物考古学が専門の国立歴史民俗博物館の工藤雄一郎准教授は、「縄文時代にアメリカ大陸と日本列島との間に交流やつながりがあったことを示す、土器や石器などの考古学的な証拠は今のところない。判断にはもっと資料が必要だ」としています。
では、もともと日本列島に別の種類のカボチャが分布していたということでしょうか。だとすればそのカボチャはなぜ現代の日本に存在しないのか。疑問は深まります。
先史時代の植物の歴史に詳しい東北大学の鈴木三男名誉教授は、「ヒョウタンが縄文時代の遺跡から初めて出土したとき、アフリカ原産のヒョウタンがこの時期に日本にあったはずがないと多くの研究者が考えました。しかしその後、出土事例が増えたため間違いないとなりました。今回の発見を、カボチャの起源や渡来ルートなどを世界的な視点で考えるためのきっかけとすべきでしょう」と話しています。
ハロウィーンの季節によく見かけるカボチャの研究が、大昔の人類の移動や、植物利用の歴史の解明にもつながる・・・そう思うと毎年恒例のイベントの光景も、ちょっと違って見えるかもしれませんね。

投稿者:かぶん |  投稿時間:19:31  | カテゴリ:文化のニュース
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