2016年10月28日 (金)

平成28年度 文化勲章に6人 文化功労者に15人

今年度の文化勲章の受章者に、ことしのノーベル医学・生理学賞を受けることになった大隅良典さんや、前衛芸術家の草間彌生さんなど、6人が選ばれました。文化功労者には俳優の杉良太郎さんなど、15人が選ばれました。

文化勲章を受章するのは次の6人の方々です。

ことしのノーベル医学・生理学賞を受けることになった東京工業大学栄誉教授の大隅良典さん(71)。細胞の内部で不要なたんぱく質などを分解する「オートファジー」という仕組みを解明するなど画期的な業績を通して生命科学の新たな分野を確立しました。

前衛芸術家の草間彌生さん(87)。水玉や網目の模様をモチーフにした鮮やかな色彩で幻想的な絵画や彫刻を手がけるほか、裸に絵を描くボディペインティングなど現代美術の先端をいく創作で、国内外から高い評価を得ています。

九州大学名誉教授の中野三敏さん(80)。本格的な研究がされていなかった江戸時代中期の文化について膨大な書物の研究をもとにこの時期が江戸文化の開花期だと証明するなど、日本の近世文学の研究や教育に優れた功績をあげました。

国立遺伝学研究所名誉教授の太田朋子さん(83)。遺伝子レベルでの生物の進化の解明に努め、わずかに有害な突然変異が進化の過程で重要な役割を果たすという「ほぼ中立説」を確立し、集団遺伝学の発展に貢献しました。

小説家の平岩弓枝さん(84)。時代小説「御宿かわせみ」など数々のベストセラー小説を生み出したほか、戯曲や放送脚本、随筆など幅広い分野で活躍し、文学や演劇、放送界に画期的な成果をもたらしました。

作曲家の船村徹さん(84)。本名、福田博郎さん。「別れの一本杉」や「王将」、それに「矢切の渡し」などふるさとへの思いや人情味あふれる多くの名曲を生み出す一方、日本作曲家協会の最高顧問などをつとめて、若手の歌手や作曲家の育成にも力を尽くしています。

また、文化功労者に選ばれたのは次の15人の方々です。

東京大学名誉教授で経済学が専門の岩井克人さん(69)。

歌人の岡井隆さん(88)。※「隆」は「生」のうえに「一」

書道家の尾崎邑鵬さん(92)本名、尾崎敏一さん。※「崎」は「立つサキ」

52年前の東京オリンピックで選手宣誓を行った体操の金メダリスト、小野喬さん(85)。

国際日本文化研究センター所長で民俗学が専門の小松和彦さん(69)。

書道家の小山やす子さん(92)。

環境資源科学研究センター長で植物分子生物学が専門の篠崎一雄さん(67)。

政策研究大学院大学長で地域研究が専門の白石隆さん(66)。※「隆」は「生」の上に「一」

指揮者の田中信昭さん(88)。

東京大学名誉教授で日本美術史が専門の辻惟雄さん(84)。

大阪大学学長で情報科学が専門の西尾章治郎さん(65)。

東京大学名誉教授で物性物理学が専門の福山秀敏さん(74)。

東京工業大学名誉教授で音声工学が専門の古井貞煕さん(71)。※「煕」は異字体

俳優の杉良太郎さん(72)、本名、山田勝啓さん。

小説家の津村節子さん(88)。本名、吉村節子さん。※「吉」の「士」は「土」

文化功労者に選ばれたのは以上の15人の方々です。

文化勲章の親授式は来月3日に皇居で、文化功労者の顕彰式は来月4日に都内のホテルでそれぞれ行われます。

文化勲章 大隅良典さん

文化勲章を受章する大隅良典さんは、福岡市出身の71歳。

東京大学を卒業後、東京大学教養学部の助教授や、愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所の教授などを経て、現在は東京工業大学の栄誉教授を務めています。

大隅さんは、細胞が不要なたんぱく質などを分解し新しいたんぱく質の材料として再利用する「オートファジー」と呼ばれる仕組みを解明し、ことしのノーベル医学・生理学賞の受賞者に選ばれています。

大隅さんは文化勲章の受章について記者会見で、「過去にどんな方が受章されたのか改めてコンピューターで調べてみましたが、すごい方ばかりだったので、とても重く受け止めています。私には少し重すぎるかもしれません」と受章についての感想を語りました。

そのうえで「生物学は近年、医療の分野と接近していて、“医学に結びつくものが生物学”というイメージも広がっていますが、本来は天文学などと同じように『好きだから理解したい』という人々の思いが築いてきた身近で文化的な学問です。生物学の研究を日本の文化として、世界に誇れるよう微力ながら努力していきたいと思います」と話していました。

文化勲章 草間彌生さん

文化勲章を受章する前衛芸術家の草間彌生さんは、長野県松本市の出身で87歳。

大量の水玉や編み目模様でキャンバスや彫刻を埋め尽くす独特の作風は、幼い頃から患っていた精神的な病と闘うために、描き続けてきたものだといいます。

芸術家としての地位が確立したのは、20代で渡ったアメリカでの活動を経て日本に帰国し、前衛的な感性が注目されたのがきっかけでした。

その後、海外も含めて高い評価を集め、平成5年には日本人として初めて、イタリアの国際美術展「ベネチア・ビエンナーレ」に参加しています。

また、小説の執筆や映画への出演のほか、ファッションブランドと共同でコレクションを発表するなど商業の分野にも活動の場を広げていて、作品は芸術の枠を超えて多くの人に親しまれています。

草間さんは「文化勲章を欲しいかどうか考えましたが、やっぱり私は絵を描いているほうが幸運だとつくづく思いました。私の人生はもう残りわずかかもしれませんが、今も芸術を通して死にものぐるいで闘っています。これからも誠心誠意、芸術に心をこめている姿を多くの人たちに見ていただければこれに勝る喜びはありません。今後も『草間彌生』の生きざまを見ていてほしいです」と話していました。

文化勲章 中野三敏さん

文化勲章を受章する、日本近世文学の研究者で九州大学名誉教授の中野三敏さんは、佐賀県出身の80歳。

早稲田大学を卒業後、愛知淑徳短期大学の助教授や九州大学の教授などを歴任しました。

中野さんは主に江戸時代の文学を研究し、収集した膨大な資料に基づく幅広い視点から、当時の文学や文化について多くの研究書を著しました。

中でも、江戸時代の娯楽小説、「戯作」について、成り立ちから時代ごとの特色を読み解いた「戯作研究」は高い評価を受け、さまざまな賞を受賞しました。

また、随筆集「甲子夜話」や「洒落本大成」といった江戸時代の文化や風俗を研究するうえで基礎となる資料や、古文書に使われる「くずし字」の読み方を一般に解説する本も出版し、研究の支援や普及に努めました。

中野さんは受章にあたってNHKにコメントを寄せ、この中で「生まれついての天邪鬼(あまのじゃく)で江戸時代に向かって『後ろ向きに前へ』進んで参った結果をこのような形で評価していただけて、大変うれしく思っております。多くの皆さまに感謝いたしますとともに、これからも、少しでも多くの方々が実際に和本を手に取って、くずし字の文化が消滅してしまわぬよう未来につないでいただきたいと願うばかりです」としています。

文化勲章 太田朋子さん

文化勲章を受章する国立遺伝学研究所名誉教授の太田朋子さんは愛知県出身の83歳。

東京大学農学部を卒業し、静岡県三島市にある国立遺伝学研究所で昭和59年から教授を務めるなど、集団遺伝学の第一人者として研究を続けてきました。

太田さんは、生物の進化を解明するためどのような突然変異が進化に関係するか研究を進め、中立の効果を持つ突然変異だけでなく、ごくわずかに有害な効果を持つ突然変異が進化に寄与するという「ほぼ中立説」の考え方を提唱し、集団遺伝学の発展に貢献しました。

去年5月には、スウェーデン王立科学アカデミーがノーベル賞が扱わない分野などで大きな功績があった研究者を表彰する「クラフォード賞」を受賞しています。

太田さんは、「好きなことを好きなように研究することができて、章を頂くことになったのは本当に幸運だったと思っています」と感想を述べました。

そのうえで、後輩の研究者たちに対して「自分の直感とか感覚的なものを大事にして、周りに流されないようにしてほしい。科学者は自分の専門に入り込んでしまう人が多いがとくに進化や変異の生物の多様性を考える人には幅広い分野に目を光らせてほしい」と話していました。

文化勲章 平岩弓枝さん

文化勲章を受章する小説家の平岩弓枝さんは、東京都出身の84歳。

昭和34年に「鏨師」という作品で直木賞を受賞し、注目を集めました。

学生時代から親しんできた日本舞踊や能、狂言など伝統文化についての知識をもとにさまざまな作品を発表し、中でも、時代小説の「御宿かわせみ」シリーズは、これまでの部数の累計が単行本と文庫本を合わせて1800万部のベストセラーになっています。

また、テレビドラマの脚本や戯曲、随筆なども手がけ、NHKで昭和42年から43年にかけて放送された連続テレビ小説「旅路」の脚本を担当するなど、幅広く活躍してきました。

文化勲章を受章することについて、平岩さんは「とてもありがたいことだと思っていますが、ちょっと身にすぎます。私が小説を書くうえで大切にしていることは、恩師の長谷川伸先生が教えてくれた、『小説は物語を書くのではない、人間を書くのだ』ということで、これひとつを守り続けてやってきました。たぶんあの世から恩師や大勢の先輩たちが頑張れよとエールを送ってくれていると思いますので、長谷川伸の最後の弟子としては頑張らざるをえないのかなと、そういう気持ちで頑張っています」と話しています。

文化勲章 船村徹さん

文化勲章を受章する作曲家の船村徹さんは、栃木県出身の84歳。

独学で作曲法を学んだのちに作曲家としての活動を始め、「別れの一本杉」などのヒットで評価を高めます。

その後も、「兄弟船」や「風雪ながれ旅」、「矢切の渡し」など、ふるさとへの思いや人情味にあふれた歌謡曲を数多く生み出し、これまでに5500曲以上を作曲しています。

また、日本作曲家協会や日本音楽著作権協会などで長年要職を務め、後進の育成にも貢献してきました。

受章について船村さんは、「歌は『始めに言葉ありき』で、私たち作曲家は、日本語のすばらしさを伝える脇役であると思っています。私個人が頂戴するのは、とても恐れ多いことです。『大衆のものを作れ、働く者のためのものを作れ』と夢の中でも言われながら、この年になりました。これからも今までどおりに大衆芸能のお手伝いをしたい、それに尽きます」と話していました。

文化功労者 小松和彦さん

文化功労者に選ばれた小松和彦さんは、東京都出身の69歳。

妖怪文化の研究で知られ、大阪大学の教授などを経て、現在、京都市にある国際日本文化研究センターの所長を務めています。

小松さんは文化人類学と民俗学が専門で、民間信仰や伝説、昔話などの調査を国内外で進めてきました。

中でも日本各地で語り継がれてきた「妖怪」を単なる迷信として捉えるのではなく、日本人の世界観を表した文化的な存在として位置づけて研究を重ね、日本の妖怪文化が世界でも稀に見る豊かな内容をもつことなどを明らかにしました。

文化功労者に選ばれたことについて、小松さんは「僕自身というより、妖怪文化が評価されたことがうれしいです。妖怪は、日本文化の魅力を支えるような文化的な対象だと思っています。これから日本の妖怪文化を世界に発信していきたいし、それがポピュラーカルチャーやサブカルチャーなど、多くの世代の人たちが関心を持っている日本文化の魅力の発信にもつながるのではないかと考えています」と話しています。

文化功労者 杉良太郎さん

文化功労者に選ばれた歌手で俳優の杉良太郎さんは、神戸市出身の72歳。

昭和39年に全国歌謡コンクールで優勝したのをきっかけに、翌年、「野郎笠」で歌手デビューし、昭和51年に発表した「すきま風」が大ヒットとなりました。

俳優としては、昭和42年にNHKの時代劇、「文五捕物絵図」に主演して一躍、注目を集め、その後、「水戸黄門」や「遠山の金さん」などのテレビの時代劇や、舞台でも活躍しました。

一方で、50年以上にわたって刑務所などの矯正施設を訪問してコンサートを行うなど社会活動にも熱心なことでも知られ、平成20年から法務省の特別矯正監を務めています。

また、アジア各国をはじめとした海外でもコンサートを開き、中でもベトナムとの文化交流について、両国のアーティストによる公演を支援するなど力を注いできました。

文部科学省によりますと、歌手としての功績が評価されて文化功労者に選ばれるのは、杉さんが初めてです。

杉さんは「平和を願ってこれまで活動してきましたが、力まずやってきたので、長く続けられたのだと思います。平和というと何か突拍子のないことに聞こえますが、歌や芝居を通じて政治や経済と同じくらい日本の文化をほかの国に理解してもらって草の根の交流を深め、国民どうしの結びつきを作りたいという思いがありました」と話しています。

文化功労者 津村節子さん

文化功労者に選ばれた小説家の津村節子さんは、福井市出身の88歳。

短期大学の学生時代に同人雑誌に小説を発表して本格的に作家を志すようになり、昭和40年に「玩具」で芥川賞を受賞します。

悲しみや苦しさに耐えながらたくましく生きる女性の姿を描いた小説や、エッセー、伝記小説など、幅広いジャンルの作品を数多く発表してきました。

平成18年にすい臓がんで亡くなった夫で小説家の吉村昭さんとは、学生時代からともに作品を書き続けてきた「作家夫婦」で、平成23年には吉村さんの闘病の日々と死をテーマにした小説「紅梅」で、菊池寛賞を受賞しています。

津村さんは「小説を書くことがとても好きで、ただひたすら書き続けて、何かに貢献したという実感はないので、もったいないようなことです」と文化功労者に選ばれた感想を述べました。

そして、「きっと夫のほうが、『お前、大変なことだよ』って、すごく喜んでくれるだろうと思います。書く以外にできることがないので、これからも壮大なロマンのような長いものは書けなくても、小説は書き続けていきたい」と話していました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:12:18  | カテゴリ:文化のニュース
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