2016年12月22日 (木)

矢野顕子さん デビュー40年 変わらぬ思い

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デビュー40年を迎えたミュージシャンの矢野顕子さん。拠点があるニューヨークから一時帰国し、今、コンサートツアーの真っ最中です。いくつになってもパワフルで魅力的、そして誰にもまねできない独自の世界を貫いている矢野さん。コンサートの合間に40年を振り返っての思いと、今後の抱負について伺いました。

人々の励みになるような歌を

40周年というのは振り返るとどんなふうに感じられるものですか?

(矢野さん)
「始めた当初は、もうとにかく音楽やることだけが、演奏すること、歌うことっていうのが、それ自体が楽しいってだけでしたけど、だんだん聞いてくださる方がいるんだっていう。そして、その人たちに何を差し上げられるかなってことがいちばん大きな問題になってきましたね。やはり、人々に励みを与えるような歌を作らればいいなと思っています」

伝説のメンバーでコンサート

矢野さんは、21歳のとき、アルバム『ジャパニーズガール』でデビュー。ロックと民謡を融合した斬新な音楽が注目を集め、天才少女と呼ばれました。1981年には、代表曲『春咲小紅』が大ヒット。そして、デビュー40年目のことし。デビューアルバムで共演した、伝説のメンバーが集まりました。天才ギタリスト、鈴木茂さん。日本を代表するドラマー、林立夫さん。そして世界を舞台に活躍してきた、ベースの細野晴臣さんです。

(矢野さん)
「もう楽器持って4人でそこに座ったら。ポンって音を出せば、パッてひとつになるんですね。懐かしいおうち、実家に帰って来たみたいな感じ」

実力派メンバーが揃った、今回のコンサートツアー。矢野さんは自分の曲だけでなく、ほかのアーティストの曲を大胆にアレンジして歌っています。昭和6年に、藤山一郎さんが歌った『丘を越えて』。ジャンルや時代を超えて、歌の新しい魅力を引き出すのが、矢野さんのスタイルです。

(矢野さん)
「基本的にはもういいなって思ったら、歌いますね。“歌が呼ぶ”って感じなんだよね。あえて、できるだけ変えてやろうかと、全く思ってないんですが。その歌と歌そのものと私が対じしたときに、なんかその歌との関係で、そういう形ができてくるんですね。だからできるまではほんとに私もどういう形になるかはわからないですね」

今後の抱負は

40年間ずっとやってこられてこのあとどんなふうになっていきたいなって思われていますか?

(矢野さん)
「いちばん大事なのは、意欲だと思いますね。これを絶やさないようにしていきたいと思っています。よいものを作るっていうことは、絶対にその、妥協できないところですね。みんなと何か分け合いたい、優しい気持ちだったり、あすも頑張っていこうねっていう気持ちが、伝わったらいいなあと思います」

ことしは、矢野さんにとって大きな発見もありました。矢野さんのファーストアルバムはレコードで発売されましたが、その音源となった貴重なテープが見つかりました。矢野さんは40年ぶりにテープを聴き、改めてみずからの原点を確認したといいます。
矢野顕子さんの音楽は、時代が変わっても、「矢野顕子!」というしかない独自の輝きを放っています。

投稿者:かぶん |  投稿時間:13:37  | カテゴリ:文化のニュース
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