2017年01月05日 (木)

市川海老蔵さんに聞く 歌舞伎のこと 麻央さんのこと

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歌舞伎俳優の市川海老蔵さんに、歌舞伎の名門の後継者として、いま新たに取り組もうとしていること。そして乳がんで闘病中の妻・小林麻央さんとの日々について話しを聞きました。

Q 2017年の海老蔵さんの歌舞伎の目標は?
A ないですよ。歌舞伎の目標なんかないですね。ずっとやっているもんですから。目標なんてものは、たぶん全くないですね。通過するものじゃないですか。例えば何をするかといっても、全部、ほとんどやっている部類に属しますし。

海老蔵さんがおととしからはじめた「六本木歌舞伎」。来月、その第2弾として、「座頭市」に挑みます。脚本はリリー・フランキーさん、演出は三池崇史さん。海老蔵さんは盲目の主人公を演じます。

Q 座頭市は盲目の役。そこはどうチャレンジ?
A まだ、何も決まっていないですけれども。盲目ということは、電気全部消しちゃえばいちばん有利じゃないですか。そうじゃないですか、ぜーんぶ消したら、この人だけわかっていて、ほかは何にもわかんないんじゃないですか。そんな場面は舞台にならないわけじゃないですか。お客様は何も見えないっていう。でも、歌舞伎っていうのは演出方法の中に、これは三池さんがなさるんですけれども、演出方法の中に暗闘(だんまり)というものがある。見えないようでいて、みんながやる。やりたいのは、みんな見えないのに、僕だけ、めちゃめちゃ見えてるような動きをするとか。ちょっと面白いと思うんです。絶対そこは、三池さんはなさらなくても、そこだけは助言させていただきたいなと思っていて。あ、ぶつかっちゃったなんだろうな。あ、こいつは違うな女じゃないなとか。なんだろう、こっちは刀だ。とられちゃった、どつかれた。みたいのがあるんですけれど、そのへんは三池さんに三池さんにご助言したい。

Q 世界に向けてもアピールをしていますね?
A そうですね。これまでにニューヨークのカーネギーや中東のほうや、なにかいろいろいったりしていましたけれども。これには、もっと超えなくてはいけない壁があると僕は思っているんで。

Q 壁ですか?
A 例えばフランスだとオペラ座とか。ロンドンでもやっている。歌舞伎役者としては結構、定期的に。シンガポールも毎年行っているんですけれども。その時に見えちゃうものがあるので。例えば、フランスのオペラ座での公演は大盛況だったが、それは大盛況ではない。僕の中ではパーティーがあったり、受賞させてもらったり、とてもよかったらしいですが。日本に来てもらうということを足してかないといけない。その当時は僕は25歳くらいですかね。行って成功して満足している自分がいたんですよ。でも帰ってきた時に違うんだなって思ったんですね。彼らが日本に来てもらって、歌舞伎座で見てもらわないと全く意味がないことではないか。全くではないですけれども。ちょっと価値が薄れるものだと。だから自己満足をしたと。大変高価な自己満足をしたというちょっと反省点もあって。

Q 壁はまだたくさんある?
A ここまで何百年も400年、500年、600年閉じこもっていた芸能じゃないですか。能は600年、歌舞伎も400年弱。そこまで、ずーとやってきたものが、出て行くっていう時に、何もないんですよ。だからそれを作り上げることが、1つ乗り越える壁。

Q世界にも出る、チャレンジをする一方で、歌舞伎を受け継いでいくというところも。
A新しいことというのは、二の次、三の次でいいんですよね。新しいことを見ていただいて、伝統的な歌舞伎を見てもらうことに、一番の価値があるわけです。でも、伝統的な歌舞伎だけ、ターゲットをおくと、わからないですよね。難しいですよね。もっと見てみたい。もしくは、この人好きだから、この人、古典の何やっているんだろうって興味がわいたら、それでいいと思う。

Q聞いていると、古典への思いが強いからこそ、本当にこういろんなことを。
A古典やらなくていいんだったら、僕、歌舞伎役者やらなくてタレントやってますよ。そのほうがいいもの。もっと、外へいける。けどやっぱり歌舞伎の古典というものが、何よりも尊いものだと思うんです。それを掘り下げるとそれをまねさせていただいた、お能やお狂言や、そういった文楽、落語や、そういうものに愛を感じる。歌舞伎はそういうものを吸収して、現在に至るわけです。
歌舞伎という古典に流れているものを、今の方々にわかっていただくと。すごくいいと思うんですけれど。

宗家を率いる決意

海老蔵さんの父、團十郎さんが亡くなってから4年。300年以上の歴史を誇る歌舞伎の名門・市川宗家の後継者として、39歳で市川宗家を率いる決意を聞きました。

A 父が存命の時は父に全部任せていましたが、やはり逝ってしまったんで。もう責任は父以上に感じて、父よりも過敏になっていますよね。やはり地盤を固めることは、まだまだ若輩者なので、歌舞伎の中で30代、40代前半というのは、若輩、ひよっこですから。そういう意味で、今のうちに固めなければならないことをできる限りやるっていうのは、まあ、業務ですね。

麻央さんとのこと

麻央さんとのこと

海老蔵さんは6年前、フリーアナウンサーの小林麻央さんと結婚。2人の子どもに恵まれました。しかし、麻央さんは2年前に乳がんと診断され、その後、最も重い「ステージ4」であることを公表しました。


Q 麻央さんが病気になってから、ここまでの年月はどのようなものでしたか?
A 大変だよね。検査にお互いに一緒に行って、僕にも肺に影があったり。妻にも胸にちょっと、影があったりしたけれど、なんともないようなことだったけれど。再検査をしているうちに、僕はなんともなく。もう1回、再検査、えーみたいなことをいっていたら、がんだと。まあ、ちょっとびっくりしましたよね、その時は。それを受け止めるという作業が、やっぱりなかなか、時間かかりますよね。ですけど、最大限に妻の意思を尊重しようという中で、いろんなことをしていくと。ただ、がんというのは若いと早いというか、やっぱり結構、状況としては思わしくないですよね。そういう中で、治療をしつつなんですけれども。私としては、なんとなく、それを全部飲み込んで、まあ、普通にすごすと、いうことを決めて、すごしていたと。もちろん舞台とかやっている最中とかに連絡が来て、ちょっと体調がとか。容体どうだとか、手術があるとか、抗がん剤の副作用がひどいとか、そういうことは舞台をやりながらも目にするわけですよね。ですから、決して精神衛生上、私自体が完全にいい状態で舞台に立っているということは、ここ数年は基本的にはないですよ。ですけど、それはそれ、舞台は舞台。だから、それを見て、だめだと感じる人はたぶんいなくて。そういう風に察していただいて、そういう風に見てしまう方はいるかもしれませんけれども。基本的には、私にとってはつらい体験ですけれども。勉強になりますね。

Q 仕事上、離れ離れになることがすごく多いようですが、コミュニケーションは?
A 元気だと電話。だいたい毎日、地方にいる場合、朝散歩するんですよ。彼女が元気な場合はLINE。僕が絶対に先起きるので。おはようって送ると寝ているわけです。起きるとおはようって返ってくるので。調子はどうなのって感じ。良さそうだと、すぐ電話して。電話をずっとしますね。僕イヤホンなので。歩きながらずっとしゃべるんですよ。

Q じゃあ、離れていても家で一緒にいるような?
A そういう風に、なってますね。体調いいときはそうですね。

Q 麻央さんのブログに大きな反響があると思うんですが、麻央さんは公表をご自身で決められた。反響の大きさについて、何を感じている?
A たぶん、そういう次元で生きていなくて。彼女はこうやって、病を頂戴したことによって、同じように苦しんでいる病の人や違う病で苦しんでいる人がいるっていうことを知るわけですよ。それによって、彼女は自分が治ったら、必ずそういう人たちを救えるような人間になりたいなっていう強い信念があるわけですね。それは彼女の、そういう部分での根幹なんですよ。ただ、闘病というものは、なかなか長くて、いつ治るかっていうことは、本当に誰もわからないですよね。そうしたときに、自分の中で、まあ、万万万万が一、ということも、感じる時があるんでしょうね。そうした時に、今できることはなんだろうと。もし、なにかあったら、伝えられずに終わるわけじゃないですか。ということは、今、自分が感じていること、結果、同じように苦しんでいる人、さまざま、十人十色。100人全部違うはずなんです。だから、自分の今できるということを、元気がある時はしているという。ただ、それだけじゃないですかね。

Q 明確に誰かに何か伝えたいというよりも?
A 人のためになりたいんじゃないですか。優しいんです。だから、彼女が病気なのに、いつも僕の心配をしたりとかしちゃうんですよ。ちょっと、体調悪いと大丈夫?かわいそう?とか言われるんですけれども。いや、そうじゃないでしょうっていう。私のことなんか、どうでもいいんで。3日寝れば治るじゃないですか、オーバーなことを言えば。うん。だから、そういう人なんだと。

Q 病でいながらも、常に周りの人のこととか、ご家族のことを考えて。
A 気つかいですよ。それが気をつかいすぎるから、やっぱりこう。誰も彼女のことを責める人はいないですけれど。気をつかいすぎて、ちょっと体調崩したかなっていうところはありますよね。

Q 海老蔵さんが、麻央さんと接しているときに、特に大事にしていることは?
A ああ、特にないって言うことを大事にしています。病気だからとかいうことでなく、赤裸々に普通に話すというか。気をつかわれることに対して、気を使うんです。だからすごく敏感なんです。僕も敏感なんですけれども。それに対して感じるわけです。ということは何も考えない。無の状態でいるという、そこにいる麻央と話すと。

Q それはやっぱり難しいことですか?
A 難しいですね。

Q 今まさに、乗り越えている、戦っている最中だと思いますが、どういう心持ちでいることが大切だと思いますか?
A これって経験だと思うんですけれど。歌舞伎の舞台っていうのは1人なんですよ。みんなで共演しますけれど、孤独なんです。だから孤独に勝てる時と、勝てない時と、黒い闇に飲まれちゃう時と。やっぱり若い時から、それをすごく経験してきたんですね。1人でいることにより、ただ、じっとたっているのに汗が止まらなくなるくらい。何かに負ける時とか、やっぱあるんですよ。そこから逃げ出せない。例えば、言い方悪いですけれど、休憩できる。これがないんですよ。絶対に逃がしてくれない。その場所でずっとやっていくと、気づくんですよね。そういったものと、戦う時の心。そういったものを、どうやって受け止めていながらも、無くす技術。そういうものがあるんですね。簡単にいうと、例えば平常心。例えば2000人の客がいて、突然舞台に立ちました。で、何をするかわからないで、平常心でいられるかっていうことですね。なかなか難しいじゃないですか。そういうことを子供のころから鍛えているわけで。ですから、どうゆう状況であろうと。やはり、舞台であろうと、環境であろうと、家庭であろうと、平常心というものをするためには、例えば、現状把握ということだと思うんですね。この状態のときに、どうなっているんだという俯瞰(ふかん)ができれば、たぶん、平常心というものでいられて。一番、正しい。まちがいではないが。正しいという判断と、正しいという結論に対する思考が働いてくるということで。

Q しかし、そう思えるまでにはすごく難しいだろうと思います。
A 難しいですよ。難しいけど、現実なんで。

Q 海老蔵さんにとって、家族の存在って、どういうものですか?
A 大きいですよねえ。特に子供たちとか麻央。まあ、團十郎や母や妹は家族ですよね。で、麻央がいて、娘とせがれと私で家族ですよね。麻央と、おねえちゃんと、お父様がいて、これも家族じゃないですか。家族って変わるんだなって思いましたね。生まれた家族というのは、本当の家族なんですけれども、結婚して家族を持つことによって、その家族よりも家族になっちゃうんだっていう。なんというんですかね、不思議な感覚。そうすると、逆に麻央のお父様、お母様や麻耶ちゃん、という人たちに対しても、父や母や妹と同じような家族の感覚になるんですよ。いっちゃえば、僕と麻央は他人じゃないですか。だから、他人が家族になんかなれないでしょって、思う方もいらっしゃると思うけれど。乗り越えるものが大きいと、もうね家族以上に家族になれますね。荒波多すぎて。

Q 麻央さんに、どういう風に毎日過ごしてもらいたいなと思いますか?
A いや、難しいですけれども前向きに、楽しく、笑ってご飯を食べられればいいんじゃないですか。それだけでいいと思うんですよ。やっぱり病気だと痛いとか、食欲なくなったりとか、笑えなくなったりするんですよ。でも、やっぱり、笑って、前向きにものをとらえて食事を食べてもらうと。

Q シンプルだけどすごく大事なことだと。
A それが一番大事ですね。自分の口からよいものを食べて。くだらない話をして、笑って。やっぱり積極的ということでしょうね。どうしてもやっぱり病気になると、積極性が失われ、食欲が失われ、笑うということが減ると。うそでも笑っていればいいんです。

Q 麻央さんが病気になったことで海老蔵さんの中での一番大きな変化や気付いたことは?
A 当たり前なこと、ささいなこと、何事もおこらないことに幸せを感じるんですよ。何事も起こらないことの尊さっていうのを感じますね。

Q 家族として2017年どのように過ごしたいなと思いますか?
A 家族としては、もう麻央が元気になって。4人で散歩できればいいんじゃないですか。それがいちばん、いいですよね。家の前の公園を家族4人で元気で散歩できればということが、いちばんいいんじゃないかと思います。

投稿者:かぶん |  投稿時間:19:06  | カテゴリ:文化のニュース
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