2017年01月23日 (月)

俳優 松方弘樹さんが死去

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映画「仁義なき戦い」シリーズや数々の時代劇の映画やテレビドラマで活躍した俳優の松方弘樹さんが、21日、脳リンパ腫のため東京都内の病院で亡くなりました。74歳でした。

 

松方弘樹さんは東京都出身で、父、母ともに俳優の一家に生まれ、昭和35年、高校3年生のとき、父が所属する東映に入社しました。そして、映画「十七才の逆襲・暴力をぶっ潰せ」で主演デビューし、甘いマスクの二枚目スターとして時代劇映画などに出演し、注目を集めました。

深作欣二監督の映画「仁義なき戦い」シリーズで、鬼気迫る演技で演技派俳優としての地位を確立すると、その後も「実録路線」と呼ばれるやくざ映画に主演を重ね、人気を得ました。

また、テレビドラマにも数多く出演し、このうちNHKの大河ドラマでは、昭和49年の「勝海舟」で主演俳優の病気を受けて急きょ、主演を務めたほか、平成21年の「天地人」では徳川家康役で重厚な演技を見せました。

また、時代劇テレビドラマ「遠山の金さん」シリーズでは、昭和63年から10年にわたって主役の遠山金四郎を演じました。

平成15年には「やくざの詩OKITE掟」で初めて映画監督を務めるなど、マルチな才能を見せる一方、バラエティー番組や自身の趣味を生かした釣りの番組にも出演し、おちゃめで愛らしい人柄で幅広い世代から人気を集めました。

松方さんは、去年3月に脳リンパ腫と診断されたことを公表し、コンサートや舞台を取りやめて療養を続けていました。

息子で俳優の仁科克基さんは

松方弘樹さんが亡くなったことについて、息子で俳優の仁科克基さんは「突然の事で、本当に残念でしかたありません。15年以上も、会えないままの別れになってしまいました。最後にもう一度会って、一緒にお酒でも、飲みたかったです。僕にとって、偉大で、大変尊敬する役者でした。心から御冥福をお祈り致します」というコメントを出しました。

弟で俳優の目黒祐樹さん「ぽっかりと穴」

松方さんの弟で俳優の目黒祐樹さんはNHKの電話インタビューに応じ、「もう70年近く一緒に過ごしてきて、喪失感が大きかった。ぽっかりと穴が空いた感じです。兄の時折見せるあの底抜けな明るい笑顔は、残像みたいに僕の頭から一生消せない思い出になるんだと思います」と話しました。

そのうえで、「兄はいつも元気な人だったので、こういうのも変ですが、『向こうに行っても元気でね、お疲れさま、ありがとう』と声をかけたいです」と話していました。

同世代の俳優 北大路欣也さん「また会おう」

同世代の東映の看板俳優としてともに活躍し、映画「仁義なき戦い」などで共演した俳優の北大路欣也さんは「仕事への情熱、夢と冒険、エネルギッシュに前進し続けた姿に、私は心から敬愛する仲間の一人です。さよならは言いたくない、また会おう、弘樹」というコメントを出しました。

俳優の大和田伸也さんコメント

松方さんが主役を演じた映画の監督を務めた俳優の大和田伸也さんは、「撮影中は、本当に穏やかで、やさしく、スタッフ、キャストのみならず、見物人にも、みずから声をかけて、楽しませてくれました。役者の先輩としても、いっぱい学ばせてもらいました。またあの人懐っこい、ステキな笑顔を見たかった。悔しいです。ありがとうございました」とコメントしています。

映画監督 中島貞夫さん「最後のスター」

松方さんの出演作を数多く手がけた映画監督の中島貞夫さんは、「昔ながらの生き方をした最後のスターであり、ショックが大きいです」とその死を悼みました。

映画監督の中島貞夫さんは、松方さんの出演作を数多く手がけ、50年以上にわたって松方さんと親交がありました。中島さんは23日夜、京都市の自宅でNHKなどの取材に応じ、「おととし、『一緒にチャンバラ映画を作ろう』と話していたので、ショックが大きいです」と話しました。
また、松方さんの俳優としての魅力について「時代劇も現代劇も幅広く演じられる俳優でした。殺陣(たて)の演技の間(ま)の取り方がうまく、天性の才能だったと思います」と振り返りました。
そして、中島さんは「芝居を若手に見せたりスタッフを連れて宴会を開いたりと、昔ながらのスターのような生き方をしていました。最後のスターであり、非常に貴重な存在だったと思います」と松方さんの死を悼んでいました。

投稿者:かぶん |  投稿時間:17:58  | カテゴリ:文化のニュース
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