2012年01月18日 (水)

全文掲載:直木賞選考委員 浅田次郎さん

芥川賞、直木賞は、毎回受賞者の会見が注目されますが、実は発表後の選考委員による歯に衣着せぬ会見(講評)も時代を映す非常に興味深いもので、取材する側にとって楽しみでもあります。(会見される方にもよりますが。)

葉室麟さんの「蜩ノ記」について「小説家かくあるべしというお手本のようなものである」と激賞された選考委員の浅田次郎さん。受賞発表後の会見を全文掲載します。

 

 

(冒頭説明)
日頃の直木賞の選考会に比べてすんなりと、時間も比較的短く進行しました。一番最初の投票で受賞者となった葉室麟さんの『蜩ノ記』が、ひとあたま抜きん出ていました。9名の選考委員で色々と議論を交わして、その結果、最終的に、葉室麟さんの『蜩ノ記』と、桜木紫乃さんの『ラブレス』の2作の決選投票ということで、第2回目の投票を行いました。その結果、葉室麟さんの『蜩ノ記』が満票を獲得して受賞作に至ったわけです。

葉室さんのこの作品については非常に評価高くて、葉室さんはすでにこれまでご存じの通り何度も直木賞候補になっているんですけれども、常に善戦はしております。しかしひとつ足らないという感じで今まで受賞逃されてきたわけなんですけれども、今回に関して申し上げますと今までの作品の中でここが至らないであろうと言われていたものを、ご本人が堅実にそのあたりをあらためられ、非常に努力されたと思うんですけれども、これまでにない完成度に仕上がっていたと思います。

大変高評価が多かったんでありますけど、非常にデッサン力ありまして、また冒頭の部分からきちんと設定明らかにして進行するという目配り・気配りがよく行き届いた、安心して読める時代小説であるという結論であります。

実は今までも、私がここに出てきておりますのは私が一番褒めたということなんですけれども、実は今までは一番けなしてきたんです。ここが悪い、あそこが悪いと言ってきた急先鋒だったんですけれども、やはりこのように誠実に勉強なされて、書き改めてこういうものを提示されてくるということは、小説家として非常に頭が下がる作品でありましたし、小説家かくあるべしというお手本のようなものであるというふうに思いました。以上、そのような選考結果であります。

葉室さんは非常に健筆でありまして、たくさんの本を書かれる実力をお持ちですので恐らくこれから先も大活躍をなさるだろうと思います。大変将来を期待しております。


(以下、質疑応答)
Q.堅実に改めてこられたというのは例えばどんなところか?

これは私の主観になるかもしれませんけど、ちょっと説明くさいところがあったり、ちょっとてらいがあるような感じの部分もあったんですが、そういう所も非常に丸くなりました。これはご年齢からいってももう円熟といってもいいんじゃないかと思います。何かをあらためたということよりも。そういう形でご成長なさったと思います。


Q.最初の投票で葉室さんと桜木さんが残ったということだが。

得票的には桜木さんと伊東潤さんが競り合っておりました。葉室さんがそこからいっとう抜きんでていたと。色々議論を交わした末、葉室さんと桜木さんの決選投票になったということです。


Q.桜木さんが最後まで残ったということだが、どういう点で直木賞に至らなかった?

桜木さん、非常に評価の高い選考委員ももちろんいました。桜木さんは皆さんご存じの通りストーリーテラーでありまして話が非常に面白い。面白く面白く進んでいくんですけれども、面白すぎるがゆえに進行の途中で色々と矛盾もある。そういう細かい点を指摘されていくと、ちょっと不利に働いたかなというところです。


Q.ほかの4作の評価を。
伊東さんは最初は桜木さんと同得点でした。評価をされる選考委員の方もおいででした。一報では反対される得点も多かった。ことにある選考委員からは、こうした関東武士というものをテーマとして選んだ小説は非常にユニークだし、本来時代小説で取り上げなければならなかったところに挑戦しているというところで、力強い応援のメッセージもありました。

歌野晶午さんに関しましては、私が思うのには非常に読みやすい小説で良質のミステリだと思ったんですけれども、やはり全体的に非常にネガティブなイメージのある感じのする作品ですし、もう少し一工夫すればもっと良い作品になったのではと思います。ストーリーが直線に過ぎるのではないかというふうに感じました。

恩田陸に関しましては、これはもう皆さんよくご存じの通り、熱狂的なファンの方をたくさんもつ作家ですが、今回の作品はこれまでの恩田さんの作品に比べますと、かならずしもこれがよいという訳ではないと。これで直木賞を受賞するのはどうかなという意見が多かったように思います。恩田さんがお持ちの天性の発想力、面白いアイディアというのは余人をもって代え難い素晴らしい才能でして、私も一ファンであります。本屋で買って読んでいます。

真山仁さんに関しましては、これは書き直されたという。3.11の後で書き直した。その前に書き上がっていて、災害のあとで小説を改稿したと。これは大変なご努力であったと頭の下がる思いですけれども、やはりこれは文学賞というタイプの小説ではないでしょうね。ただし読み物としては非常に上質で、必ずある時代にひとつなければならないタイプの作家だと思います。


Q.『蜩ノ記』は藤沢周平の『蝉しぐれ』をしのばせるようなところもあるが選考で話題に?

多少話題になりました。小説は自分の尊敬する先人の作品を手本として書くというのは私は自然のことと思いますね。もちろんその反面、文章芸術ですからオリジナリティが命でありまして、自分固有のオリジナルなものを持っていなければならないというのもまた確かなんですけれども、私はここまできっちり書いてくれるのでしたら、似ていようがいまいが、決して受賞作の尊厳を脅かすものではないと判断しました。毎回言われていることなんですけれども、私はここまで書いてくれたら十分だろうと思います。


Q.会話の中で物語の背景を説明しがちとか、主人公が色んな場面に当事者として立ち会うところが多すぎて、物語そのものの動きと言うより、登場人物の動きで説明しちゃっていると指摘されていると思うが、今回の作品はその辺についてはどうか?

今回の作品に関しては非常にスマートに提示されました。不自然ではない。ご質問の、主人公が都合良く現れるという、これもよくわかります。でも今回は、ストーリーを追っている中で視点の変換を巧みに使って、主人公が見られないものは主人公が出て行くんじゃなくて、視点を転換してそれを描写するという方法に変えました。このあたりは、私たち書き手から見ると、うまくこういう風に変えてきたなと、手法を変えたことが分かるんです。今のはとてもよい、的確な質問だと思うんですが、私もその辺が以前と違ってよくなったなと思われた点です。

それから、きちんと風景描写、季節の描写をなされる得難い方なんですね。今、非常にそういう風景描写、季節の描写が小説全体から少なくなっているんですけれども、この葉室さんの作品に関しましては、今まではちょっとわざとらしいところがあった。でも、これは非常にこなれておりまして、主人公である秋谷、10年後は切腹と宣告された主人公の余命を季節を追って追い詰めていくという大変高等な技術をお使いになってらっしゃるんですよ。おそらくご自分の武器である風景描写・自然描写の豊かさを、そういう形でストーリーにいかされたことを考えますと、まことにうまく上手に書いたなと感じました。


Q.これまでの葉室作品は歴史的人物を書くことが多かったが、今回は架空の藩・人物だがその辺はどうか?

前に『秋月記』という実在の藩・事件を扱った作品があった。これはやっぱり調べれば調べられるし、書きやすいし、ストーリーも書きやすいという利点がある。その一方でまたボロもでやすいと。藤沢さんを意識されたわけではないでしょうが、今回は豊後の羽根藩という架空の藩に舞台をもってきた。同じ時代小説を書く者からしてみると、うまいところに架空の班をもってきたなと思います。豊後のあのあたりは昔から米どころでして、小さな藩がたくさんあるところなんです。小さな藩が詰まっているところは、だいたい豊後のあたりと千葉のあたりと新潟のあたり。お米が昔いっぱいとれた所。ここは2万石、3万石という小さい大名がぎっしり詰まっている。そういうことをよくご存じなんでしょう。だから、豊後に架空の藩を1つ放り込んでみたということで、そのあたり歴史的に大変造詣が深くていらっしゃいますね。


Q.その分、のびのび書けている?

私も自分の小説で1回か2回架空の藩を使ったことがあるんですけれども、ものすごく気楽です。実際の藩、歴史のことを書きますと、山のように投書がくるんです、郷土史家の方から。架空の藩でしたら誰に文句をつけられることもない、のびのびと自分の想像を膨らませることができる。ぜひ私もその手法を今後まねていきたいと思います。


Q.限られた人生というテーマについて意見は出たか?

別段否定的な意見は出ませんでしたね。葉室さんは私と同じ年なんですが、私も還暦むかえ、余命を数えるようになりました。あと10年で何ができるか、あと5年で何ができるか。そうすると、この小説、ひしひしと重く感じられるんですよ。葉室さんがそういうことを意識されたか分かりませんが、少なくともそういう人生の相当の経験をなされた方でなければ思いつかない小説でしょうね。皆さんももうじき分かると思います。還暦になったらもう一度読み返して下さい。


Q.努力というより円熟だろうということだが、定年の人々に待たれた小説とも言える。

大人向けの小説だと思います。定年向けというのは言い過ぎと思いますが。葉室さん、実は私一番最初から拝見しているんです。清張賞でデビューなされた時から、どういう因縁か、ずっと読み続け、ずっと落とし続けてきた。それも、今回この作品に私自身も巡り会えまして、我が事のように嬉しいと思います。

 

投稿者:かぶん |  投稿時間:18:31  | カテゴリ:会見&インタビュー
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