栗原望

2018年08月09日 (木)

西日本豪雨から1か月   栗原望

リポーター栗原です。
8月6日、西日本豪雨から1か月。

僕は、当初から広島の取材をしてきました。

中でも、通い続けているのが、呉市安浦町の市原集落です。
自治会長の「村はなくなりました」という衝撃の言葉が、取材の始まりでした。

現場に行ってみると、山あいの小さな集落に、大量の土砂が流れ込んでいました。
1か月たちましたが、残ったままです。

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その土砂の中に、住民が花を手向ける場所があります。

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そこには、原型を留めないほど大きく壊れた軽トラックが。

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住民の避難誘導を担い、その最中に、土砂に巻き込まれた、
消防団員・加川和見さんの遺体が見つかった場所です。
「なぜ、もっと早く逃げられなかったのか」。
住民みなさんの心の中に、後悔の念が今も残っています。

今、集落では、どう生活を再建するか、住民の話し合いが始まっています。
その一環で、ちょうど1か月のその日、集会所を掃除しました。

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また新たにこの場所でみんなが集う時を目指して、復旧に取り組む時間がはじまりました。

現地にはボランティアも入ってきていますが、まだまだ人手が必要です。
僕たちも取材を続けて行こうと思います。

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投稿者:栗原望 | 投稿時間:15:24 | 固定リンク


2018年07月10日 (火)

広島県呉市 安浦町   栗原望

リポーターの栗原です。

7月10日(火)、今日は、広島県呉市 安浦町の山あいの集落、中畑地区を取材しました。

インタビューに応じて下さったのは、高取久美子さん。

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僕の友人の友人です。

中畑地区は、すさまじい豪雨で、集落一帯に土砂が流れ込み、家々が破壊されました。

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そうした中、高取さんのお父さんが土砂に巻き込まれてしまい、行方不明になりました。

辛い状況の中、インタビューに答えてくださったのは、

「地区のことを知ってほしい」という強い思いからでした。

涙ながらに語って下さった言葉から、僕たちは「考える」ことを始めたいと思いました。

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こちらは、7月7日(土)、救助までの間に高取さんが撮影したものです。

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こちらは、7月8日(日)昼、ヘリで救助されたときに、上空から撮影した集落の様子です。

 

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四季折々の美しい自然のある集落でした。

投稿者:栗原望 | 投稿時間:22:00 | 固定リンク


2018年07月05日 (木)

九州北部豪雨から1年   栗原望

きょう7月5日は、九州北部豪雨から1年という節目。

1年前、僕も現場で取材し、豪雨の恐ろしさ、暴力的ともいえる破壊を目の当たりにしました。

継続して取材してきたのが、3人が犠牲になった山田地区 。

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井福善嗣さんは、自主防災組織のリーダーとして、行方不明者の捜索を先導。

地区の復興も引っ張ってきた1人です。

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きょうは献花台を作り、祈りに包まれました。

 

そして、もう1箇所。

山間にある小さな集落、平榎地区。ここは、土砂と流木で、多くの家屋が全壊に。

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日野博さんもその1人。

自宅は壊されましたが、特産の志波柿 を作り続けています。

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いつくるかわからない豪雨からどう命を守るか。そして、絶望の中からどう未来を見据えていくのか。

朝倉市 からのメッセージに耳を傾けてほしいと思います。

 

投稿者:栗原望 | 投稿時間:18:17 | 固定リンク


2018年03月01日 (木)

"復興"支えたレストラン、最後の一日   栗原望

福島県広野町にある一軒のレストラン「アルパインローズ」。

2011年の秋に営業を始め、原発作業員や復興に携わる人たちを食で支えてきました。

2月28日に、ひとつの役目を終えて、店を閉じることに。

その最後の一日に取材をしてきました。

 

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レストランの経営者、西芳照さん。

震災前までは、サッカーのナショナルトレーニング施設「Jヴィレッジ」で料理長を務め、

また、サッカー日本代表専属シェフとして3回のW杯やアジア予選に帯同する、凄腕シェフです。

しかし、西さんが働いていたJヴィレッジは、震災後に、原発の廃炉作業の収束拠点になり、営業停止に。

西さんの戦いはそこから始まったのです。

 

少し私のことを話すと、高校時代、サッカー部に所属していて、合宿を毎年Jヴィレッジで行っていました。

天然芝のすばらしいピッチとともに、おいしいご飯が思い出に残っていました。

 

そのため、福島放送局にいたときに、どうしてもJヴィレッジの取材がしたいと、

調べてみると、西さんの存在を知ることになったのです。

当時、西さんを主人公にしたテレビ番組を制作しましたが、

その続きが今回の取材だと考えて、福島に向かいました。

 

当時、大勢の作業員が、Jヴィレッジから福島第一原発へと向かっていきました。

当時は暖かいものを食べる場所がなく、すぐ近くにある西さんのレストランが唯一の場所でした。

西さんの、「命がけで原発に向かっていく人たちを料理で支えたい」という思いは、

食事をする人たちに届いていました。 

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その後、廃炉作業の拠点は、Jヴィレッジからさらに原発に近い町へと移りました。

西さんは「ひとつの役目をおえた。ちょっとだけでも地域の復興に役立てたと思う」と話します。

西さんがレストランを始めた当初は、夜灯りがともる唯一の場所でしたが、

今、町には、人口の8割が帰還し、高校も新設され、制服姿の子どもたちが街に戻ってきました。

西さんは、これから、Jヴィレッジで再びサッカー選手を食で支える仕事を始めます。

2014年に取材していたときに、「再びJヴィレッジで、サッカー選手のために食事をつくりたい」と夢を語ってくれましたが、まさに、そのとおりになりました。

 

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西さんは「震災から7年という時間は、これまでの人生で一番学んだ時間だった。その集大成の料理をこれから作りたい」と話しています。

 

 

レストランの閉店は、「復興」から「日常」へと踏み出した大きな一歩なのだと感じました。

 

人を支えるためにがんばれるってどれだけすごいことなのか。

また教えてもらいました。

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投稿者:栗原望 | 投稿時間:19:56 | 固定リンク


2017年09月28日 (木)

大きく動いた民進党本部   栗原望

リポーター栗原です。

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希望の党への事実上の合流を、党内で了承した民進党。

今日は、大きく動いた民進党本部に密着しています。

ものすごい数の報道陣が集まり、会見場はぎっしり。

両院議員総会では、前原代表の提案を、全議員が真剣な眼差しでみつめていました。

今回の決断、政治の大転換になるんでしょうか。

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投稿者:栗原望 | 投稿時間:18:24 | 固定リンク


2017年09月05日 (火)

震災6年半 宮城県南三陸町   栗原望

 

リポーター栗原です。

 

先週金曜日、宮城県南三陸町を取材しました。

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もうすぐ震災から6年半。

町はいま、かさ上げ工事が急ピッチで進みます。

重機が動く音、土砂を積み上げる音、

復興の最前線の活気が町のそこかしこから感じられます。

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そして、かさ上げした土地では、商店街も復活。

特産品を目当てに観光客も多く訪れるようになっています。

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その工事の脇では、今年から水田も復活。

人の営みを感じる風景にホッとしました。

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今回は、震災の翌年に建てられた仮設の役場が、役目を終え、

新しい庁舎への引越し。役場職員に密着しました。

 

町の復興のため一生懸命取り組んできた役場の職員。

職員自らも、東日本大震災の津波で被災し、

家族や同僚を亡くす経験を抱えてすごしてきました。

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三浦勝美さん。

津波で流されましたが、九死に一生を得ました。

「震災のことやなくなった同僚のことは毎日忘れることはない。

だからこそ、つらい思いをしてきた住民を笑顔にしたい」と

この6年半、仕事に打ち込んできました。

真正面で聞いた三浦さんの言葉は、ズシリと重かったです。

 

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渡邊佳菜さん。

震災当時、中学3年生。

「当時、大人たちが自分たちを守ってくれた。

これからは自分が町のこどもを守ってあげたい」

と役場に就職。今、子供たちのスポーツイベントを手がけています。

彼女の言葉で印象に残ったのは、「未来」という言葉。

当事、怖くて言葉にできなかった彼女は、

この街で町の未来を語る立派な役場職員になりました。

 

東日本大震災を考えるとき、

「想定外」、という言葉とともに、

2011年3月11日、その日を思い浮かべる人が多いと思います。

 

しかし、話を聞くと、その日だけ、想定外だったわけではなく、

その後、降りかかる課題を解消するために四苦八苦する日々もまた

「想定外」だったのだと感じます。

 

「想定外」の毎日、6年半を積み重ねてきた彼らは、

悲しみを胸のうちに宿しながら、課題を一つ一つ解消しながら、

「未来」を見つめています。

 

引っ越し終え、新たな役場に入ると、杉の木の香りのするオシャレな空間でした。

ここで始まる、次の一日一日が、

また、想定外を克服し、未来を創る日々そのものになります。

 

僕にできることは何かと考える。

 

震災当事、アナウンサーになって10ヶ月。

半人前の私が、取材に行ったのが南三陸町でした。

現場ではかける言葉が見当たらず、そして、伝える言葉が見当たらず、

ただただ聞くしかできませんでした。

 

6年半たってどうかと自問する。

 

「また、取材に行く」

 

 結局、僕にできるのはこれしかない。

ということに愕然とするのですが

より成長した取材者として、

町の未来をまた見に行きたいと思いました。 

 

投稿者:栗原望 | 投稿時間:19:27 | 固定リンク


2017年07月18日 (火)

中学生が笑いを届ける    栗原望

 

リポーター栗原です。

昨日、今日と福島県の会津若松市に来ています。

ここには、原発事故の影響で大熊町から避難している人たちが多く住んでいます。

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今回は、会津若松市にある大熊中学校で、

「O-1グランプリ」なる漫才の発表会が開催されました。

教育の一環で、お笑い芸人の指導の元、

ネタ作りから生徒たちが行なっています。

 

今回取材したのは、2人の中学生。

植村篤史くんと三瓶風真くん。

笑顔にしたい人がいました。

それは、お父さん、お母さん。

 

原発事故から6年4カ月。

生活の場や仕事全て奪われてしまった大熊町の人たち。

懸命に過ごして来た親たちの姿を子どもたちは見ていました。

 

当時小学2年生だった2人も今は中学3年生に。

自分の気持ちを言葉にして伝えられるようになっています。

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漫才の授業を通して、

子どもたちまた少し成長した様子でした。

 

今も、

大熊町には、廃炉中の福島第一原発が立地し、

町の大半が線量が比較的高い帰還困難区域です。

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中学3年生の植村くんは医者。

三瓶くんはものづくりがしたいと、

それぞれ将来の夢があります。

 

原発事故から6年4カ月。

大熊町の子どもたちは、

今、大切な人を気遣いながら、

自分の夢を育み、

大人への道をまた一歩踏み出していました。

 

投稿者:栗原望 | 投稿時間:19:14 | 固定リンク


2017年07月07日 (金)

大雨の現場から2   栗原望

リポーター栗原です。

福岡県朝倉市に入って3日目。

少しずつ道路の復旧も進んでいますが、まだ行き来できない集落があります。

今日取材したのは、杷木志波地区。

北に行く道が写真のように、橋が分断していて、これより先の集落が孤立していました。

昨日夜に住民の方々が自力で脱出したのです。

避難した方々に話を聞くと、降り続く雨、激しさを増す川、怖い思いをしていました。

孤立の状況などについて詳しくお伝えして行きます。

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投稿者:栗原望 | 投稿時間:18:55 | 固定リンク


2017年07月06日 (木)

大雨の現場から      栗原望

リポーター栗原です。

昨日から、福岡県朝倉市に取材にきています。

取材したことをブログやTwitterでもお伝えします。

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朝向かったのは、朝倉市の杷木志波地区。

川の水を流木が堰き止めて、あたりに溢れ、国道を寸断しています。

こうした場所が至るところにあるのか。

スムーズに行き来が出来ない状況です。

 

一日中、朝倉市内を取材して回ります。

何か困ったことなどがあったら、声を掛け合って行きましょう!

投稿者:栗原望 | 投稿時間:11:16 | 固定リンク


2017年06月26日 (月)

29連勝なるか??   栗原望

 

リポーター栗原です。

 

将棋の藤井聡太四段。

今日勝てば、デビューから29連勝。

史上最多の連勝記録になります。

 

快挙なるのか。朝から取材をしています。

 

頭脳を酷使する棋士にとって、お昼ご飯は重要。

今日の藤井四段は、熱々の「豚キムチうどん」。

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お味は、ピリッと辛くて目が覚めるお味。

 

そして、先ほど、

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「ひふみん」こと、加藤九段、NHKに到着されました!

 

大詰めとなった、藤井四段vs増田四段の一局。

ひふみんは、どう見ているのか??

緊迫してきました!!

手元には、好物だという「チーズ」。

 

注目の一局、果たして結果は??

 

ニュースウオッチ9、是非ご覧ください!

 

 

投稿者:栗原望 | 投稿時間:19:02 | 固定リンク


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