2018年3月

2018年03月30日 (金)

ありがとうございました!   保里小百合


保里小百合です。
私にとっても、きょうが「ニュースウオッチ9」リポーターとしての最終日となりました。
なかなか実感がわかず、きょうまでご挨拶することができませんでしたが…
本当にありがとうございました。

全国各地、さまざまな場所で取材させていただきました。
自然と笑顔になれるような明るいニュースの現場もあれば、
本当に大変な、辛い現場でお時間を割いていただきお話を伺うことも多くありました。
その度に、マイクを向けて取材させていただく覚悟と責任を問われていると感じる毎日でした。

中継で現場からリポートする機会が増えて、とてもやりがいを感じていました。

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(「皆既月食」についてお伝えした、六本木から)

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(「三江線」廃線についてお伝えした、島根県の江津駅から)

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(桜の「休眠打破」についてお伝えした、東京の千鳥ヶ淵から)
スタジオの両キャスターとのかけあいで視聴者の方々に伝わったかな…?と思えたとき、現場のみんなと大きな高揚感に包まれていました。

キャスター・リポーターの先輩方も、大好きでした。
国内外を忙しく飛び回りながらも、みんなを優しいまなざしで鼓舞してくれるキャプテン、有馬キャスター。
魅力あふれるのにどんなときも飾らず、常にみんなを思いやってくれる桑子キャスター。
明るくさわやかで、スポーツをいつも気さくに教えてくれる一橋キャスター。
穏やかで、お茶目で、気象情報を独自の視点で教えてくれる斉田キャスター。
いつも元気でかっこよく、情熱を持ってリポーターの醍醐味を教えてくれた伊藤リポーター。
取材して自分の言葉で伝えることの意味を、一から教えてくれた栗原リポーター。
取材した内容を、抜群の安定感で、よりビビッドに伝えてくれた中山ニュースリーダー。
いつもあたたかく取材者を気遣い、ぬくもりのある声で伝えてくれた奥村ニュースリーダー。

長くなってごめんなさい、思いがあふれてしまいました。
「ニュースウオッチ9」で過ごした一年間は、尊敬する先輩方に少しでも近づきたくて、番組に少しでも貢献したくて、必死で、あっという間でした。

来週の月曜日からは、「おはよう日本」で、平日朝5時からのニュースや、日曜日の「旬体感」などを担当させていただく予定です。
もっと良い伝え手になれるよう、がんばります。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

投稿者:保里小百合 | 投稿時間:21:14 | カテゴリ:過去の出演者 | 固定リンク


2018年03月30日 (金)

ありがとうございました   伊藤海彦

 

リポーターの伊藤海彦です。


きょうで、ニュースウオッチ9のリポーターとしての仕事は最後になります。

この仕事が大好きだったので、正直寂しい思いでいっぱいです。

この2年間で、実に44もの都道府県に取材に行かせていただきました。

多くの方の命が失われた熊本地震の現場では、目の前の光景に言葉を失い、
大雪で立ち往生が続いた福井の大雪の現場では、地域の人たちの助け合い、そして自衛隊の底力を感じ、
高校野球で一時代を築いたPL学園最後の試合の現場では、「逆転のPL」伝統の力をまざまざと見せつけられ、胸が熱くなりました。

先日、大阪で取材をしていると、
「あんたは本当に大変な現場ばかり行っているねぇ」

「それが僕の仕事なんですよ」

現場にこだわり、そのニュースの中心人物にマイクを向ける。多くの人たちの声を伝える。その仕事にやりがいと誇りを持って、続けることができたかなと感じています。

ニュースウオッチ9での経験は私にとって本当に最高の宝物になりました。

いつも番組を見てくださっている方々、
取材に応じてくださった方々、
そして、ニュースウオッチ9のスタッフのみんな!本当にありがとうございました!

4月からは週刊まるわかりニュースという土曜の新番組を担当します。
平日夜9時はニュースウオッチ9!
土曜朝9時は週刊まるわかりニュース!
どうぞよろしくお願いします。

さぁ、最後の現場は、徳島だ。
時間がない、急ごう。

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投稿者:伊藤海彦 | 投稿時間:12:23 | カテゴリ:過去の出演者 | 固定リンク


2018年03月23日 (金)

卒業   中山庸介

 

ニュースリーダーの中山庸介です。

きょうの放送をもって、ニュースウオッチ9を

卒業することになりました。

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正確に、安心できるナレーションはもちろんですが、

何がニュースなのか。なぜ心が動くのか。

現場の「温度感」「空気感」をなんとか声と息づかいで

届けられないだろうかという思いでやってきました。

 

春からは、福岡放送局に異動し、夕方のニュース番組

「ロクいち!福岡」のキャスターや、九州・沖縄の

ニュースを担当します。

人情の街・福岡で人間力を磨き、ふたたび全国の皆様に

お目にかかれるよう、精進いたします。

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そして、私がバトンならぬ、マイクを手渡すのは、

滑川和男アナウンサーです。

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豊富なナレーション経験があり、

とっても頼れる「兄貴」のような存在です。

引き続き、ニュースウオッチ9をよろしくお願いいたします!

 

投稿者:中山庸介 | 投稿時間:20:16 | カテゴリ:過去の出演者 | 固定リンク


2018年03月23日 (金)

足のサイズはなんと34センチ   一橋忠之

皆さんこんにちは!

鼻つまってますかぁ?

僕はつまりにつまっています。

 

春なのに、春だから。

桜が満開なのに、桜が満開だから。

 

センバツも開幕し、まもなく、プロ野球も開幕。

花粉の春はスポーツの春。

黄色い、目に見えない粉なんかに負けず、ピョンチャンから続くスポーツの熱を2020まで冷ますことなく日々お伝えします!

 

ということで、先日早速、東京オリンピックにも期待がかかる柔道重量級の斉藤立選手のインタビューをお伝えしました。

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(高校1年生、まだ16歳の斉藤立選手とだいぶ昔に高校生だった41歳の一橋)

 

190センチ。155キロ。巨大な手のひら、足のサイズはなんと34センチ!!

 

一橋)34?そんな靴売ってますか?

斉藤)お母さんが海外から輸入してます。

一橋)規格外とはこのことですねぇ~。

斉藤)いやいや、まだまだです。

 

と、斉藤選手。20歳になったらどれだけ大きくなってしまうのか・・・。

とにかく楽しみな16歳です。

 

ロサンゼルス、ソウルとオリンピック2大会連続金メダルの故・斉藤仁さんを父に持つ斉藤選手。

幼いころから父の得意技「体落とし」を文字通り叩き込まれ、その技で先日の全国高校選手権、団体戦優勝を果たしました。

 

一橋)斉藤選手はいまどんな未来像を描いてますか?

斉藤)今年の目標は出る試合はしっかり勝つ。

   来年中にこの階級で一番強くなって東京オリンピックに出て金メダルです。

           自分のためというよりお父さんとかお母さんとか、色んな応援してくれた人のために獲りたいです。

 

大きな夢を、みんなのために叶えたいと、少しはにかみながら答えてくれた斉藤立選手。

また是非取材にお邪魔したいと思います!

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投稿者:一橋忠之 | 投稿時間:17:48 | カテゴリ:一橋忠之 | 固定リンク


2018年03月19日 (月)

キーワードは「後回し」?   桑子真帆

こんにちは!

有馬さんの花粉対策のあまりの徹底っぷりに感服の(若干ひいてる?笑)桑子です。有馬さんの花粉対策ブログはこちら⇒

ちなみに私の花粉症対策は、マスク!と柑橘類の「じゃばら」果汁を飲んでいます。よほど花粉の飛散量が多い日でなければ、薬は飲んでいません。ご参考まで☆

 

さてさて本題に。

ある日、有馬さんがデスクで何やら作業をしていました。
何かと思ってのぞいたら・・・

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私たちの大切な思い出がつまったシールをはがしているではありませんか!!!(泣)

『ニュースチェック11』時代にフロアディレクターさんが描いてくれていて、パソコンに貼って楽しんでいたんです。詳しくは過去のブログで⇒

どうしてはがしていたのかというと、有馬さん、パソコンを新調したために、このパソコンを返さないといけなかったんだそうです。

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去年からたびたび総務の人が有馬さんのところに何かの催促に来ていたのは、これだったんですね(笑)
花粉対策は「先回り」でも、名残惜しいことは「後回し」しちゃう有馬さんでした(^^)

投稿者:桑子真帆 | 投稿時間:18:20 | カテゴリ:桑子真帆 | 固定リンク


2018年03月16日 (金)

キーワードは「先回り」   有馬嘉男

全国の花粉症のみなさん、この季節をどう乗り切っていますか?

辛いですよね~。

ぼくも、10年以上、アレルギーと戦い続けています。

そこで、ぼくがこれまでの経験で培ったアレルギー対策を紹介します。

 

キーワードは「先回り」

とにかく症状が出る前に、抑え込む!

あらゆるものを総動員して抑え込む!!

 

まずは、内服薬。

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これは花粉症持ちには、鉄板ですよね。

寝る前に飲んで、眠くなる症状をうまく睡眠に利用します。(笑)

仕事中に眠くなると辛いですからね。

 

つぎに、鼻用洗浄器。

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こちらは自宅用。

花粉が少しでも鼻に入ったと思ったら、すぐに鼻を洗います。

自宅でも仕事場でも、気にせず洗います。

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ミント入りを使うと、よりすっきり。

洗ったらその後は、点鼻薬。(写真右)

朝、そして夜寝る前にシュッシュしています。

 

そして、眼の洗浄液。

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眼に入った花粉は洗い流すと効果的!

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目薬も、もちろん常備しています。薬局で購入したものと、病院でもらったもの。

 

そして最後に、とっておきのおすすめがこちら。

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「はっか油」です。

使い方のコツは、鼻の下にちょっと塗る、もしくはマスクにワンプッシュ。

これで、鼻の通りがスースーして、とっても気持ちよくなります。

長い会議で眠くなったときに、こっそり使用して目を覚ましています。

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ついでにミントのタブレットも食べて、スースーです。

 

とここまで書いて、気付いたんですが、対策というよりもう趣味ですね。

花粉グッズを見ると可愛くて可愛くてたまりません。(笑)

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でも、これだけ「先回り」すると、気付いたときには花粉の季節が過ぎているんです。

回り込んで抑え込む!総動員して抑え込む!!

そうすると、花粉シーズンを「あれ?」っと、気付かずに終えてしまうことがあります。

10年越しのノウハウ、お試しあれ!

 

投稿者:有馬嘉男 | 投稿時間:19:50 | カテゴリ:有馬嘉男 | 固定リンク


2018年03月11日 (日)

備えています   奥村奈津美

 

あの日から7年。

 

東日本大震災で犠牲となられた方、その後、震災関連死で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、遺族の皆さまにお悔やみ申し上げます。

今も避難生活を余儀なくされている、およそ7万人の皆さま、心よりお見舞い申し上げます。 

 

2011年3月11日、私は宮城県の民放でアナウンサーをしていました。

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(震災直後、取材で訪れた被災地の様子です)

災害報道のため、局内で寝泊まりしていたので、避難所では生活していませんが、それでも、水や電気、ガスの使えない生活を経験し、以来、この7年間、災害に「備えること」を心がけています。

 

皆さんは、どんな備えをしていますか?

 

私は、特に「在宅避難」。

小学校や公共施設など指定された避難所へ行かず、自宅で生活を続けられるように備えています。

 

自宅が倒壊などの危険がなかった場合ですが、

自宅に備蓄しておけば、「在宅避難」することが可能になります。

 

実際に「在宅避難」を経験した方々、津波被害を受けた沿岸部だけでなく、仙台市内など、都市部で被災した方々にも取材させて頂き、その経験から見えてきた必要なものを備蓄するようにしています。

 

一部ですがご紹介します。

■1週間分の水の備蓄

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ベッドの下に収納しています。

ウオーターサーバーのようなタンクと、持ち運びできるようにペットボトルと、合わせて備蓄しています。

と言っても、これを普段も飲んでいるので、一箱開けたら、一箱買い足すようにしています。

そうすれば、備蓄用の水でなくても大丈夫です。

(お風呂の水も、はったままにしています)

 

■災害用トイレ

ビニール袋と、凝固剤がセットになったものを購入しています。

取材した方の中には、ペット用のトイレで代用しているという方もいらっしゃしました。

 

■1週間分の食料

私は、「ローリングストック」という方法を実践しています。

簡単にいうと、

①  1週間分の非常食を用意し、

②  月に一、二回程度、この非常食を食べ、

③  その食べた分を買い足し、

常に1週間分の食料を確保しておく方法です。

この方法の特徴は、毎月1食食べると、1年で12食、入れ替わることになります。

そのため、消費期限が短い、カップ麺やパスタ、レトルト食品なども非常食になるのです。

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詳しくは内閣府のホームページなど、様々なサイトで掲載されています。

内閣府防災情報のページ」※クリックするとリンク先のページが表示されます。

最近の非常食はとても美味しいものが多いのですが、

やはり、災害時、普段食べ慣れているものが、一番安心しました。

 

私も発災直後は乾パンと水で過ごしましたが、数日後に飲んだお味噌汁とおにぎりの美味しかったこと。

あの味は忘れられません。

 

「冷蔵庫、冷凍庫の中の食材」と「ローリングストックで備蓄した非常食」を合わせれば、1週間分の食料を簡単に確保し続けられます。

水道、ガス、電気が止まっても調理できるように、カセットコンロとボンベの用意もお忘れなく!

 

全てを一度にお伝えするのは難しいですが、普段の買い物で、「一個プラスで買う」というのも「備え」につながります。

トイレットペーパーやティッシュ、生理用品、洗剤などを購入する時も、必ず一個プラスでストック分を買っておけば、災害が起きて、お店で買えなくて困る、ということも防げます。

 

防災について考えることが特別ではなく、日常になるといいなと感じています。

 

皆さんの「防災」、ぜひ教えてください。

 

投稿者:奥村奈津美 | 投稿時間:12:00 | カテゴリ:奥村奈津美 | 固定リンク


2018年03月09日 (金)

気象キャスター 斉田季実治の天気豆知識

【来週は初夏の陽気】

 きのう(木)からきょう(金)にかけて、今月3回目の「春の嵐」となりました。冬の冷たい空気と春の暖かい空気がせめぎ合うことで低気圧が発達し、天気や気温の変化が大きい状態が続いています。

 しかし、あす以降は天気の傾向が大きく変わりそうです。日本付近は南から高気圧に覆われて晴れる日が続き、日に日に気温が上がる見込みです。来週火曜日以降の最高気温は関東から九州で20度以上の所が多く、東京は水曜日と木曜日に23度(5月中旬並み)で汗ばむくらいとなりそうです。

 来週はスギ花粉の大量飛散が予想されますが、この暖かさで桜のつぼみも膨らんできそうです。ことしのお花見は、例年より早めた方が良いかもしれません。

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投稿者:斉田季実治 | 投稿時間:21:45 | カテゴリ:斉田季実治 | 固定リンク


2018年03月06日 (火)

東日本大震災から7年   桑子真帆

今週1週間、ニュースウオッチ9では東日本大震災から7年を見つめます。

昨日は震災の記憶を後世に伝える「震災遺構」と、福島の今を知る「ホープツーリズム」についてお伝えしました。

実際に訪れて、見て、触れて、聞いて、感じる。
心が揺さぶられ、考えさせられます。
地元の皆さんは「忘れられたくない」という一心で、何とか来てもらおうと奮闘されています。

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仙台市荒浜地区の町内会長をしていた早坂勝良さんには、震災遺構になった荒浜小学校の当時の様子を教えていただきました。

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津波は校舎の塀をも簡単にへし折って、流れ込んできました。

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そして、福島での「ホープツーリズム」の道中、除染で出た廃棄物が至る所に盛られていました。柵を越える高さまで。

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中継でもご出演いただいた「語り部の会」発起人の近藤公人さん。
100年200年後に語り継いでいくために、若い世代と一緒になって活動をしていきたいと話していました。

投稿者:桑子真帆 | 投稿時間:14:52 | カテゴリ:桑子真帆 | 固定リンク


2018年03月01日 (木)

"復興"支えたレストラン、最後の一日   栗原望

福島県広野町にある一軒のレストラン「アルパインローズ」。

2011年の秋に営業を始め、原発作業員や復興に携わる人たちを食で支えてきました。

2月28日に、ひとつの役目を終えて、店を閉じることに。

その最後の一日に取材をしてきました。

 

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レストランの経営者、西芳照さん。

震災前までは、サッカーのナショナルトレーニング施設「Jヴィレッジ」で料理長を務め、

また、サッカー日本代表専属シェフとして3回のW杯やアジア予選に帯同する、凄腕シェフです。

しかし、西さんが働いていたJヴィレッジは、震災後に、原発の廃炉作業の収束拠点になり、営業停止に。

西さんの戦いはそこから始まったのです。

 

少し私のことを話すと、高校時代、サッカー部に所属していて、合宿を毎年Jヴィレッジで行っていました。

天然芝のすばらしいピッチとともに、おいしいご飯が思い出に残っていました。

 

そのため、福島放送局にいたときに、どうしてもJヴィレッジの取材がしたいと、

調べてみると、西さんの存在を知ることになったのです。

当時、西さんを主人公にしたテレビ番組を制作しましたが、

その続きが今回の取材だと考えて、福島に向かいました。

 

当時、大勢の作業員が、Jヴィレッジから福島第一原発へと向かっていきました。

当時は暖かいものを食べる場所がなく、すぐ近くにある西さんのレストランが唯一の場所でした。

西さんの、「命がけで原発に向かっていく人たちを料理で支えたい」という思いは、

食事をする人たちに届いていました。 

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その後、廃炉作業の拠点は、Jヴィレッジからさらに原発に近い町へと移りました。

西さんは「ひとつの役目をおえた。ちょっとだけでも地域の復興に役立てたと思う」と話します。

西さんがレストランを始めた当初は、夜灯りがともる唯一の場所でしたが、

今、町には、人口の8割が帰還し、高校も新設され、制服姿の子どもたちが街に戻ってきました。

西さんは、これから、Jヴィレッジで再びサッカー選手を食で支える仕事を始めます。

2014年に取材していたときに、「再びJヴィレッジで、サッカー選手のために食事をつくりたい」と夢を語ってくれましたが、まさに、そのとおりになりました。

 

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西さんは「震災から7年という時間は、これまでの人生で一番学んだ時間だった。その集大成の料理をこれから作りたい」と話しています。

 

 

レストランの閉店は、「復興」から「日常」へと踏み出した大きな一歩なのだと感じました。

 

人を支えるためにがんばれるってどれだけすごいことなのか。

また教えてもらいました。

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投稿者:栗原望 | 投稿時間:19:56 | カテゴリ:栗原望 | 固定リンク


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