三條雅幸

2017年03月31日 (金)

ありがとうございました    三條雅幸

空港のチェックインカウンター付近には、カバンの大きさや重さを量れるコーナーがあります。
先日、普段持ち歩いているカバンを何気なくそのコーナーに置いてみると「5kg」との表示。
おぉ、意外とあるもんだ。

カバンの中身は、衛星電話やデジカメ、ラジオ、スケッチブック、一泊分の下着や洗面用具など。
この2年間、毎日毎日持ち歩いてきました。いつ、どこで、どんなニュースが起きても対応できるように。

事件・事故や災害、政治、経済、スポーツなど、
ニュースの最前線を追って全国各地、様々な現場に足を運びました。

どんな現場にも人がいて、その人たちの感情があります。
もちろん喜びだけではありません。
悲しみや怒りの感情もあります。

なぜ、何のために話を聞くのか。どんな言葉で質問するのか。
さらに、話を聞かせていただいた上で自分はどんなメッセージを発するのか。
「これが正解」というものがない中で、
一瞬、一瞬、自分自身の覚悟と責任感を問われ続けていた2年間だったように感じます。

「きょうはどんなニュースが飛び込んでくるだろうか」
そんなことを考えながら通勤中に感じるカバンの重みは、
いつも僕に緊張感をもたらすものでした。

一方で、NW9のリポーターとして数々の現場を直視してきた経験は非常に得がたく、
番組のメンバーにも恵まれ、とても貴重な財産になっていることを今、実感しています。

厳しい状況の中でも、お話を聞かせて下さった皆さん。
急な取材のお願いにも関わらず、時間を割いて下さった皆さん。
そして、いつも番組をご覧下さっている皆さん。どうもありがとうございました。

春からは朝の番組「おはよう日本」と、午前10時のニュースを担当します。
皆さんにお世話になり積み重ねた取材経験をもとにさらに精進して参ります。
リニューアルするニュースウオッチ9と共に、引き続きどうぞよろしくお願い致します!

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:12:14 | 固定リンク


2016年12月16日 (金)

日ロ首脳会談の舞台、山口県長門へ     三條雅幸

今月13日から長門市に入り、会談の舞台となる現地を取材しました。

14日の「ニュースウオッチ9」の中でも中継でお伝えしましたが、

現地の雰囲気は緊張感と期待感が入り混じった独特のものでした。

 

会場のある温泉街に通じる国道は警察の車列がひっきりなしに通り、

ナンバーを見ると九州は鹿児島、四国の徳島、大宮など、遠方からも集結してきていて

厳戒態勢が敷かれているのを実感しました。

張り詰めた空気がある一方で、高まる期待感も。

高校生による、ロシアをイメージしたパンの生産・販売。

地域の有志による、両首脳の似顔絵をあしらった大きな旗の作成など、歓迎の動きは至る所で見られました。

 

地元の方の中には「会談で良い結果が出れば、その舞台となった長門市が世界中に知られることにもなる」と

期待に声を弾ませる方もいました。

 

この原稿を書いている段階では、これから東京で会談が行われるところです。

日ロの関係強化はうまくいくのでしょうか。

 image002222222.jpg

(温泉街の入口に掲げられた看板。

  右の方に小さ~く写っている私と比べると、その大きさがよく分かります??)。

 

 image004444444.jpg

(報道関係者の取材拠点となったメディアセンター。

   海外メディアの姿も見られました)。

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:14:11 | 固定リンク


2016年12月09日 (金)

伊達直人の「頑張ってね」 リポーター 三條雅幸

それは、聞いた瞬間に全身が優しさで包まれるような「頑張ってね」でした。

声の主は、群馬県に住む会社員、河村正剛(かわむら・まさたけ)さん。
全国の児童養護施設などに贈り物が相次ぐ「タイガーマスク運動」のきっかけを作った人です。

「伊達直人」と名乗ってランドセルを贈ってから6年。
今月7日、東京・後楽園ホールのリングで素顔を明かしました。
河村さんが行動を始めた背景には、複雑な家庭環境に育ちランドセルを持つことができなかった
自らの経験があったそうです。

私は河村さんのことをよく知る人に話を聞きに行きました。
すると、我々の想像など及ばないくらいに子どもたちに温かい眼差しを注ぐ
その人となりが浮かびあがってきました。

話によりますと、河村さんは、日ごろから地域の児童養護施設を訪問しては、
子どもたちにお菓子を配ったり、施設の稲刈りや祭りの手伝いをしたりしているそうです。

そして、境遇に悩み、職員に反抗しがちな子どもたちに積極的に声をかけては相談相手にもなっています。
ランドセルを贈るという行動だけでもなかなか真似のできることではありませんが、
子どもたちを支える活動を一度のみならず継続的に行っていることを知り、
その秘めた思いの深さに驚くと共に頭の下がる思いでした。

東京・後楽園ホールのリングにあいさつに立った河村さん。

締めくくった言葉は「すべての子どもたちへ。生まれてきてくれてありがとう。
健やかに成長してくれることを願っています。これからも頑張ってね」。

その最後の「頑張ってね」の口調は決して強いものではなく、
むしろ、一連のあいさつの中で最も小さな声に聞こえました。

それなのに、こうも心に届くものなのか。
言葉には、発する人が持つ信念の強さが表れる。

そんなことを改めて感じた瞬間でした。

 image002111111.jpg

           「伊達直人」から贈られた実際のランドセル。

             6年がたった今も子どもたちが愛着を持って使っています。

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:12:41 | 固定リンク


2016年10月06日 (木)

ノーベル賞!  三條雅幸

 今月3日、ノーベル医学・生理学賞の受賞者に東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんが選ばれました。

 

発表の直後、僕たちNW9のクルーは大学にある大隅さんの研究室に向かいました。

ねらいは大隅さんの人となりを取材すること。

 

移動の車の中で、大隅さんに関する資料を読み込みます。

そのお顔は、立派なヒゲをたくわえ、写真によっては少し強面に見えなくもありません。

「厳しい方なのかな?学生たちが震え上がったエピソードが出てくるかも」。

そんな想像を膨らませていました。

 

研究室に着くと、そこには大隅さんと共同で研究を行ってきた学生や研究員の方々が。

さぁ、話を聞こう。どんな恐怖エピソードが飛び出すのか!?

 

しかし・・・。

皆さんの口から出てくるのは、的外れな想像をしていた自分が恥ずかしくなるくらいに

意外な大隅さんの人となり。

 

「いつもニコニコしていて気さくに話しかけて下さる先生です」

「僕らが顕微鏡をのぞいていると、“どれどれ?”と一緒に見てくれるんです」

「お酒が大好きなんですよ」などなど。

 

放送では学生や研究員の方々の喜びの声を研究室から中継で伝えました。

「まだ実感がまだわかないけど…やっぱり嬉しい」

「“好きなことをとことんやりなさい”という教えを今後も大切にしたい」などと

目尻を下げて話す皆さんの表情が、大隅さんが学生さん等からどれだけ親しまれ、

尊敬されているのかということを物語っていると感じました。

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:12:53 | 固定リンク


2016年06月14日 (火)

6日ぶりの保護に安堵 三條 雅幸

「かわいい子には旅をさせよ」「獅子の子落とし」など、昔から伝わるこれらのことわざ。

しつけに関して「子どものためにあえて厳しく」という考え方が日本人の中に古くから存在していることが伺えます。

この「あえて厳しく」の程度が、今回、国内外に波紋を広げました。

 

7歳の男の子が北海道の山林で行方不明になり、6日ぶりに保護されたニュース。

「男児保護」の一報に胸をなで下ろし、男の子が発見された自衛隊の演習場に急行しました。

現場に着いてまず思ったのが「よくここにたどり着いたものだ」「たった一人で本当によく頑張ったね」ということです。

 

というのも、行方が分からなくなった場所から現場までは直線距離でおよそ6キロ。

この間は、道と言えるのかどうかというくらいの、けもの道のようなものが続いています。

視界には360度うっそうと生い茂った木々。方向感覚が無くなってきます。

取材クルーと一緒に歩いていても非常に心細くなりました。

たどり着いた自衛隊の演習場。広大な敷地内には、隊員が常駐している施設はありません。

夜の明かりはわずかな月明かりのみ。自分の手元も見えないくらいに真っ暗でした。

照明もつかない建物の中に実際に立ち、この場所で一人で夜を過ごすことを想像すると、それだけで不安に押しつぶされそうになりました。

この厳しい状況を耐え抜いた男の子の精神力と体力に頭が下がる思いです。

 

その一方で、「しつけ」のあり方について考えをめぐらすきっかけにもなりました。

今回の件について、男の子の父親は「愛情込めて育ててきたが、行き過ぎた行動だった」と話しています。

このニュースについては両親に同情的な意見もあれば批判的な意見もあります。

国や文化の違いによっても捉え方は様々なようです。

親子の関係を表すことわざ「親思う心に勝る親心」。

子どもを思う気持ちが強いだけに深く考えさせられたという人も少なくないのではないでしょうか。

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:11:54 | 固定リンク


2016年04月22日 (金)

「容赦ない揺れに...」 リポーター 三條雅幸

移動中、携帯電話に届いたニュース速報。
画面に表示されていたのは「震度7」。目を疑いました。
一瞬、何かの誤作動かとの祈りのような思いもよぎりましたが、
NHKに向かう道すがら次々に入ってくる情報が、それはまぎれもない現実だということを突き付けてきました。

熊本県などで起きた一連の地震を受けて15日に現地入りし、19日まで熊本県内で取材を担当しました。
そこで目の当たりにしたのは、自然が持つ無情な顔。日ごろ我々に安らぎをもたらしてくれる一方で、襲い掛かってくる時は一つの容赦もない。そんな極端とも言える二つの顔に戸惑いと恐怖を覚えました。

14日夜の揺れのあと、被害に追い打ちをかけるかのように発生した16日未明の本震。
宿泊先の部屋で休んでいた私も、大きな揺れに見舞われました。座っていても体が振り子のように振られ、机の下などに逃げようにも、思うように動けないほどの横揺れでした。その後も大きな余震が続く中で部屋に戻るのは怖く、屋外の駐車場で一夜を過ごしました。

夜が明けると、被害は一気に拡大していました。最初の揺れには持ちこたえていた建物も、本震の後に倒壊しているところが目立ちました。避難する人も急増。ライフラインは停止し、コンビニエンスストアには食料や水を買い求める人で長蛇の列。
広い駐車場にテントを張って過ごしているご家族に会いました。ご主人が発したのが「夜になるのが怖い」という言葉。相次ぐ余震の中で、いつまた大きな揺れが来るか。最初の揺れも、本震も、発生は夜でした。「夜になるとビクビクしています」と話すご主人は、寝不足からか目が赤く、表情には疲労がにじんでいるように見えました。昼間は一見元気に過ごしているように見える子どもたちも、夜、余震が来るたびに親の腕をギュッとつかむそうです。

最初の地震の後、住民の中には「余震が収まれば家の片づけを始めるよ」と気丈に振る舞っている方もいました。そこに再び襲った、被害を広げる大きな地震。こんな不条理な話があっていいのだろうか。被害を受けた方々に何ができるだろうか。

投稿者:三條雅幸 | 投稿時間:12:51 | 固定リンク


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