キャスター・アナウンサー BLOG

大越健介の現代をみる

正しい原因に生きる

2014年11月19日 (水)

安倍総理大臣が衆議院の解散に踏み切った。
景気回復が足踏みをしているので、来年10月に予定されていた消費税の10%への増税を延期する。その決断について、国民の信を問うというのが総理の説明である。

これにはいろいろな批判が出ている。
解散の大義がないというのが一番多い。消費増税の先延ばしは、法改正を伴うとはいえ総理の判断でできること。師走の忙しいときに大金をかけて選挙を行うより、腰を据えて経済対策をやるべきだと。
また、そもそも消費税引き上げは社会保障費の確保であり、将来世代の負担を減らすためにも、多少の景気動向に左右されずに断行すべきだという声も根強い。

いわゆる「党利党略」に過ぎないという批判もある。
前回の選挙から2年。任期満了まであともう2年を残しての解散は、野党側の体制が整わない間隙を縫ったもの。つまり政権の延命目的ではないか、と玄人筋は読む。消費税増税はもはや争点にはなりえず、野党は攻め手を欠く。与党が圧勝した前回選挙には及ばなくても、それほど大幅に議席を減らすとは考えにくい。いま選挙をクリアしておけば、政治とカネといった厄介な問題をリセットでき、政権の寿命は延びるという見方である。

どれも一理あるが、どれも十分なものではなさそうだ。
総理が解散を決意するにあたって政略があるのは当たり前だし、税制の変更は国民の信を問うに足る重大事態だという総理の説明も、道理は道理だ。

けさ民放のワイドショーを見ていたら、出演者たちが「何のための解散なんだ」と批判を繰り広げる中で、ひとりのタレントが「でも、有権者に問われているのだから、ぼくたちはきちんと一票を行使すればいいだけではないか」と発言した。
ぼくは、その意見に同感だ。

好きな詩がある。
彫刻家であり、詩人だった高村光太郎の「火星が出てゐる」の一節。
「予約された結果を思ふのは卑しい。
 正しい原因に生きる事、それのみが浄(きよ)い」

この場合、「予約された結果」とは何か。政権与党は負けても小幅、安倍総理にとって選挙を経てリセットできるメリットが大きいという読み筋が、それにあたるのかもしれない。だとすれば、取らぬ狸の皮算用と言った方が正しいかもしれない。そのあたりの読みはプロにお任せしておけばよい。

ぼくたち有権者にとって大事なのは、「正しい原因に生きる事」だと思う。
「選挙結果なんてどうせ知れている」などと、評論家の受け売りをし、思考をストップさせてはならない。「たかが一票。投票してもしなくても同じ」と無関心になることはもっと良くない。せっかく総理がわれわれに政治参加の機会を提供してきたのだ。大いにそれに応えようではないか。

アベノミクスってちゃんと進んでいるのか。そうでないとしたらどんな手段があるのか。野党はどんな対案を示しているのか。
集団的自衛権の行使ってなんだろう。それで日本は安全になるのか危険になるのか。
東日本大震災と原発事故の教訓はどうなったのか。
中国や韓国といった近隣諸国との付き合い方は。
テーマは山ほどある。
自分のこと、自分の家族のこと、自分の地域のこと、そして自分の国のこと、世界のこと、さらには自分の次やその次の世代のことを考えながら、そのひとつひとつに自分なりの見解を持ちたい。それが無理でも、選挙をきっかけにまずは考える作業を始めることこそ、「正しい原因に生きる事」ではないか。

そうして紡ぎだされた一票は、数字としては微々たるものかもしれないが、結果はどうあれ、考える有権者の集団の誕生をうながす。それこそが、以後の社会を大きく成長させる原動力になると思うのだ。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:21 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

風にもいろんな風がある。

2014年11月12日 (水)

「からっ風」。
故黒澤明監督の名作「用心棒」の、貴重なメイキングフィルムが見つかったというニュースを伝えた。主人公が決闘に挑む場面では、一陣の乾いた風とともに猛烈な砂塵が舞い上がる。映画評論家の佐藤忠男さんは、「上州のからっ風のすごさを表現したもの」だという。からっ風と言えば、上州(群馬県)ではかかあ天下と並ぶ名物だ。
フィルムには、撮影現場で巨大な扇風機が活躍している様子が映っていた。いつの世も変わらぬ、裏方たちの涙ぐましい努力である。

上州でからっ風が吹く冬、ぼくの郷里新潟ではシベリアおろしの「季節風」が吹く。
これにはまいったものだ。
通学で使っていた近所の駅は無人駅だった。当時のホームは屋根のない吹きさらし。遅れた電車を待つ人に、季節風が横殴りに雪を吹き付ける。遠くから見ると、ホームに立つ人々がまるで樹氷の列。風が形になった光景だった。

風は季節のものだけではない。季節に関わらず、ときに厄介なものを運んでくる。

いわれのない「風評被害」に悩む人は多い。原発事故のあった福島の産物は、その被害が多少は軽減されただろうか。何度も放射線量を計測し、心配は御無用と地元の方たちが必死にPRしても、この種の被害を払しょくするのは簡単ではない。
わが家では、福島の農家から定期的にコメを取り寄せている。「せめても」という思いを込めてはいるが、実際に文句なしにうまい。

自然のものを質素に、ありがたくいただく。若いころからそんな食生活を送っていれば、ぼくはこうはならなかったかもしれない。
恥ずかしながら、ぼくは「痛風」持ちである。風が吹くだけで痛いから痛風と言い、おもに足の親指のあたりに痛みが出る。薬でコントロールはしているが、この発作が出ると本当につらい。歩けないばかりか、足を動かすこともできなくなる。
政治部の記者時代に発症してしまった。不摂生のうえに、会食でおいしいものばかり食べていたからだと知り合いにからかわれる。痛風の原因は美食だという通説は必ずしも正しくないというが、もとよりこれは風のせいではない。自分のせいである。

さて、永田町には「解散風」が吹き出した。
前回の衆議院選挙から間もなく2年。4年の任期の折り返し点を迎えれば、解散はいつあってもおかしくないというのが永田町の常識だ。「風は間違いなく吹いている」とあおって見せる自民党のベテラン議員。「やれるものならやってみろ」と息巻く野党。風に乗じて、あるいは乗せられて発言が舞う。
解散という伝家の宝刀を抜く権利を持つのは、唯一、内閣総理大臣である。その安倍総理は、「どこ吹く風」を装って、国際会議の旅の途中だ。
解散の大義は、争点は?仮に選挙になったとして、どの政党に「追い風」が吹くのか。
今の段階では、神のみぞ知る、である。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:19 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

一生の友になってください!

2014年11月05日 (水)

一生の友になってください!
お願いしているのは…ゴルフです。
「中年サラリーマンのゴルフ話かよ」とご不満のあなた。でも、まあちょっとガマンして読んでみてください。生きるヒント満載ですから(でもないか・・・)。

だいたいゴルフなんてものは金持ちの社交道具、鼻持ちならない、という方が少なくないことをぼくは経験上知っています。うちのカミさんがそうだったからです。
ぼくは政治部の記者だったので、週末、担当していた政治家に誘われたりすると、絶好の取材のチャンスとばかりにいそいそとゴルフ場に向かいました。期待したほどネタは取れなくても、その政治家の性格(せっかちとか、意外と周囲に気を使うとか)がよく分かって面白かったですね。

でも、家に帰るとカミさんはふくれっ面をしていました。
「いいご身分ね」とぴしゃりと言われたものでした。
「ゴルフが楽しくて行っているんじゃない。これだって仕事なんだよ」などと言い返し、家の中は決まって険悪なムードになりました。

でも、「ゴルフが楽しくて行っているんじゃない」というのは考えてみればゴルフに対して失礼です。しかも、ウソです。実はけっこう楽しんでいました。カミさんの怒りを鎮めるために、哀れにもゴルフは、身勝手なぼくによって生け贄にされたのでした。

ゴルフとの付き合いが深くなったのは、ワシントンでの4年間の単身赴任生活でした。あのあたりは自家用車で30分から40分飛ばせば、安くて広々としたゴルフ場がたくさんあります。日本のように混んでいないので予約なしでプレー可能なところもあり、週末はそれこそゴルフ三昧でした。
念のため言っておきますが、仕事はちゃんとしましたよ。でも、異国での単身生活というのはさびしいもので、休みの日には時間を埋めてくれる何かが必要だったのです。しかも、ブレーキ役のカミさんがいないわけですから、ゴルフにのめり込むのは、ぼくにとって必然の流れでした。

ところが、ぼくはここでもゴルフに対して失礼千万な男でした。何回ラウンドしたことでしょう。なのに、ぼくはいつも不真面目でした。もちろんうまくなりたいとは思っていましたが、要は場当たりゴルフ。たまにナイスショットがあって、爽快であればそれでよかったのです。技術向上を目指して練習場で打ち込んだり、本やビデオを見たりということはほとんどありませんでした。道具など車に積みっぱなしで手入れもせず、前回プレーした泥がついたままだったりします。回数は重ねましたが、これではやはりゴルフの神様に顔向けはできません。

そんな自分のいい加減なゴルフを、帰国して6年がたった今になって、ようやく反省するようになりました。回数こそ少ないのですが、取材などで知り合った紳士諸兄とお手合わせをするうちに、自分がいかに初心者のまま進歩していないかに気付かされ、53歳にして恥ずかしさを感じたのです。

ゴルフ一途の人たちがだんだんステキに思えてきました。家族の白い目にも耐え(たぶん)、せっせとゴルフ場に通う。プロゴルファーの域に達することなど永遠になくても、あらゆる手段で技術を磨き、自分との戦いに勝とうとする。あるベテランがこう言いました。
「生涯をかけて自分に投資する。それがゴルフだよ」

ぼくは野球選手でしたから、野球には特別な愛があります。でも、頂点だった学生時代の残像があって、たまに草野球をしても「こんなに衰えてしまった」とマイナス思考に陥りがち。53歳となった今は、見ている方が楽しいかな、やっぱり。
そこへ行くと、ゴルフは年齢を重ねても、重ねたなりの上達があり、味わいがあります。つまり、ぼくにとって一生の友になりうるスポーツ、というわけです。

よき友であるためには、努力が必要です。ゴルフの真髄に近づく努力を惜しまない。人生後半をまっしぐらのぼくの、新たな生きがいにできるのではないかと思っています。素振りならタダでできます。日本人は道を究めることが大好き。ぼくとて例外ではないのです。
でも問題は・・・同様に努力が必要な「よき夫婦関係」との両立、ということになりそうですね。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:11 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

山古志で思ったこと

2014年10月29日 (水)

「交流人口」という言葉を知ったのは、遅ればせながらつい最近のことだ。
東日本大震災から3年半というタイミングで岩手県陸前高田市を取材したときのこと。津波で破壊された街の再興にあたっては、人口を元に戻すという考え方を脱して、「交流人口」を増やすことが大事だと、市の幹部が話していたのを聞いた。
「交流」も「人口」もごく一般的なことばだが、ひとつにつなげて「交流人口」とすると、ことばが別の命を帯びてくるから不思議である。

そして、「交流人口」を実態として知ることができるのが、新潟県旧山古志村(今は長岡市)だ。先週、2年ぶりに取材に出かけた。

山古志は、海底が隆起してできた土質のもろい中山間地である。2004年の中越地震で無数の土砂崩れに見舞われた。道路は寸断され人々は孤立。ヘリコプターなどで全村避難を余儀なくされた。
あれから10年。インフラが復旧した今も、人口は災害の前の半分しか戻らない。

しかし、山古志は訪ねるたびに元気になっている。その理由がまさに「交流人口」の増加にある。数を正確に把握することは難しいが、この山村を訪れる人は、地震からの復旧後、明らかに増えたと住民は口をそろえる。

旧役場に隣接して、復興交流館がある。1年前のオープン以来、全国各地から大勢の見学客が訪れている。被災から今日までの山古志の試練と、それを克服しようと立ち上がった住民たちの覚悟が、写真資料と証言によって綴られている。コンパクトだが、見ごたえのある展示だ。
案内しているのは20代前半の2人の若者。2人とも山古志出身だ。実は彼らもまた、ある意味「交流人口」を構成する人たちである。地震によって長岡市内に避難し、今も住まいは山古志ではない。だが、郷里で仕事をすることを願い、交流館の重要なスタッフとしてここに通っている。

山古志に住まいを持たなくても仕事場は山古志、という人は少なくないという。山古志に通って田畑を耕し、特産の錦鯉(にしきごい)の養殖に精を出す人たちである。
「山古志と長岡市街を結ぶ国道の朝なんて面白いよ。市街に向かう通勤客が多いのは当たり前かもしれないが、山古志に向かう軽トラもけっこう多いんだよ」
地元の人はそう言って笑った。

村のにぎわいをもたらすもう一つの主役は、むろんのこと、外からの訪問客だ。錦鯉の品評会や、伝統の牛の角突きなど、山古志には大事に守り育ててきた誇るべき財産がある。それは、山古志にとっての利点である。同時に、この地に人を呼び込む原動力になっているのは、何といってもこの地域の人々の人柄にある。
あちこちに開かれた農産物の直売所には、村のおっかさんたちが店番をしている。うるさく客を呼び込むでもなく、その代わり無愛想でもない。ごくごく自然な居住まいで、とびきり新鮮な野菜を商う。ぼくが田舎育ちだから、というわけではないだろう。日本人なら誰もが感じるはずの、ほっとする空間がそこにある。

「地震の前の方が村はさびれていた。でも、地震で村を離れて分かったのよ。自分たちは本当に山古志が好きなんだと」
直売所のおっかさんは言う。
試練によってふるさとへの愛情を再認識した人々は、支援してくれる人、訪れてくれる人のありがたさが身にしみた。感謝の気持ちが伝わり、村にはリピーターが増えた。
「定住人口」は減っても、「交流人口」によって山古志は新たな活力を得たのである。

間もなく山古志は雪に閉ざされる。3メートルにも及ぶこの地域の雪は、さすがに訪れる人を拒む。しかし、一度この地を訪れた人は、雪解けの春にはまた訪ねたいと思う。そして間違いなく、山古志の人たちは、そんな人たちを温かく迎えてくれる。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:22 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

閣僚の座のはかなきことよ

2014年10月22日 (水)

2人の閣僚の途中辞任、しかも「女性が輝く社会」を象徴するはずの女性閣僚のダブル辞任だから、安倍政権へのダメージは大きい。だが、そのあたりは現役の政治記者のみなさんの解説に譲るとして、かつて長いこと政治記者をやり、今は少し離れたところから政治を見ている人間として、ふたりの辞任の理由にぼくなりに感ずるところがあった。

経済産業相を辞任した小渕優子氏の父・恵三氏(故人)は飾らない人柄だった。群馬3区という中選挙区時代は、福田赳夫氏(故人)、中曽根康弘氏という同じ自民党の2人の巨頭との戦いを強いられ、自分は「ビルの谷間のラーメン屋」と、自虐的なギャグでよく周りを笑わせていた。得票は当選ぎりぎりという時代も続いたが、当選を重ねるうちに、自分をはさんでいた高い「ビル」と同じ、総理大臣の座にまで上り詰めた。地元の後援会組織は強固なものとなり、途中から福田・中曽根両氏と重ならない小選挙区制に移行したこともあって、土台は盤石となった。

それを引き継いだのが次女の小渕優子氏である。強固な後援会組織のもとで選挙では圧勝を続け、40歳にして2度目の入閣となったのである。だが、そこに落とし穴があった。後援会の帳簿はあまりにずさんなものであり、またしても不透明な「政治とカネ」の関係があぶり出された。
驚いたのは、小渕氏が辞意表明した直後に、地元の群馬県中之条町の町長が辞任を表明したことだった。小渕氏の元秘書だったという町長は、「収支報告の実質的な総責任者は自分。疑惑に関わる説明責任を果たすべく、全力を挙げたい」と述べた。町政を担う責任者であるより、小渕氏への忠誠を誓う元秘書の立場を優先したことにならないか。
「代議士自身は何も知らない」
辞意表明の後、町長は自分の「主」をかばいながら退場した。

支援者の中には、小渕氏の後援会が主催する東京での観劇会を心から楽しみにしていた人もいたという。そうした人たちに便宜を図らい、連携を強めてもらうことだって政治活動かもしれない。「この時代に・・・」と違和感を口にする人もいるだろうが、そこは政治家それぞれであり、ぼくはとやかく言うつもりはない。しかし、カネの支出で説明がつかない以上、最終責任を追う小渕氏の進退問題に発展したのは必然だ。
小渕氏にとって痛恨のできごとだろう。反省とともに、せめて支援者との新しい関係づくりの機会として、仕切り直してはどうか。

一方の松島みどり氏は、地盤も看板もない東京の下町の選挙区に、自民党の公募に応じて立候補した人である。いわゆる「どぶ板」選挙で選挙区をこまめに回り、町内会の盆踊りは大事な政治活動だったろう。そこで配ったうちわが、閣僚の座を降りる引き金になった。
民主党は「うちわは有価物であり、公職選挙法で禁じられた寄付にあたる」として松島氏の告発状を提出した。松島氏は、このうちわをうちわであると認めず、「法律の内容などを印刷し、討議資料として配布したもので寄付には当たらない」と反論している。

なんだか、書いていて空しくなる。
確かに問題のうちわには国会で成立した法律名などが羅列してあって、討議資料だと強弁できなくもない。だが、これをうちわだと認めない日本人はおそらく皆無であり、認めてあげないのは、そもそもうちわに対して失礼である。
一方、うちわを有価物、つまり財産的価値のあるものとして目くじらを立てることの今日的な政治的意義や文明的意義を感じない人もまた多い。公職選挙法上は、普通のビラならば問題はないのだろうが、詭弁を弄せば、これとて集めて燃やせば暖をとるくらいの役には立つわけで、財産的価値はまったくのゼロではない。
松島氏にとっては、うちわの風が閣僚の座を飛ばすほどの突風になってしまった。

いずれにしてもこれでふたりの大臣がやめた。
政治の現場から少し離れてみるようになった元政治記者が、閣僚の命運のはかなさについて感慨に浸る間もなく、政局は、混迷の道に向かう可能性が出てきた。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:20:01 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

年をとったからといって怒らなくなったらおしまいだ

2014年10月15日 (水)

少々長い表題になった。表題だけで意は尽くされているので、今週のコラムはこれでおしまい。
というわけにもいかないので、決意表明の意味も込めて書こうと思う。

朝起きて、身体がずっしりと重く布団に根が生えたような感覚に陥るとき。
通りを歩いていて、人に追い抜かれてしまうことが増えたなあと感じるとき。
電車に乗り込んで優先席だけにちらほら空席がある場合に、少しためらいながらもその優先席に座ってしまうとき。
年をとったなと思う。

肉体の疲れはまあしかたない。身体を鍛えて抵抗することもある程度は可能だ。
やっかいなのは心の衰えである。

日々の出来事に対して、「まあこんなものさ」と分別臭い顔をしているとき。
解決すべきトラブルを前にして、結局「どちらの言い分も正しい」などとその場をなだめるだけの役割に終始してしまっているとき。
後輩たちを督励するのはいいが、「がんばるのは君たちだ」とばかりに、要は人まかせにしているだけのとき。

そうした態度は、年相応の貫録であるとか余裕であると見られる場合もあるし、年長者にしゃしゃり出てほしくない若い者たちにとっても好都合だ。
でも、自分がもしそうなってしているとしたらと考えると、だんだん腹が立ってきた。

週末、神宮球場に東京六大学野球秋のリーグ戦を見に行った。先週の続きである。お目当ては後輩である東大野球部の連敗脱出だったのだが、それはかなわなかった。しかし、マウンド上で打者と対峙する各チームのエースの奮投を見ながら、だんだん、学生の頃の自分を思い出した。
ぼくはかなり直情径行型の投手だった。うなり声を発してボールを投げていた。悔しくてグラブをたたきつけるなどは日常茶飯事。監督に「冷静になれ!」といつも怒られていたクチだった。だが、闘志はだれにも負けないという自負があった。そんな若いころの自分が首をもたげてきたのである。人の良いじいさんに向かって一直線にひた走る自分がどうにも我慢できなくなってきた。

年相応に、驚きを感じる頻度は少なくなる。物事への「既視感」が、重ねた年の分増えるからだ。しかし、多くの場合、驚かなくなったからと言って物事の本質が変わっているわけではない。その本質が素晴らしいものであればそれに越したことはないが、怒るべきことに怒りを忘れてはならないのだ。

それは日々の自分の周囲の出来事に対しても、仕事として取り組むニュースの本質についてもそうである。キャスターとしては、ニュースに慣れてしまってはならない。既視感に騙されてはいけない。事象のひとつひとつに違った顔があるのだ。想像力を封じ込めてはならない。そして、公憤を忘れないようにしなければならない。

ぼくは幸せ者だ。神宮へ行けば自分の原点を見ることができる。忘れてはならないことを思い起こさせてくれる。
一番怒らなければならないのは、まずは、物分かりがよくなってしまった、ぬるい自分自身に対してである。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:49 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

前向きな勘違い

2014年10月08日 (水)

ぼくが、連敗街道をばく進中の東京大学野球部のOBであることを、わが番組のスタッフは全員が知っている。ただ、ぼくがその野球部時代にそこそこの成績を残した投手であったことを、ほぼ全員が疑わしく思っている。とてもスポーツ選手だったとは思えないこのふくよかな体型や、まったくキレのない日常の身のこなしを見れば、それは無理もないことである。

だからこそ、この日(7日火曜日)は、ぼくのことをただの肥満のおっさんだと思っているわがスタッフの鼻を明かすチャンスだったのだ。
「さすがOB!」、「この展開は大越さんじゃないと予想できないよね」。
そんな称賛の声を思い浮かべ、「ニヒヒ」とうすら笑いすら浮かべながら、ぼくはこの朝、神宮球場に向かったのである。いえ、あくまで取材です。

実は、この日東大が連敗を脱して4年ぶりの勝利を挙げると、ぼくは確信していた。そしてスタッフにもそう力強く宣言していた。
根拠はこういうことである。土曜日、東大は早稲田大学を相手に敗れた。これで81連敗である。しかし、負け方にはいつもと違う迫力があった。投手は11点を献上したが、打線は13安打を放ち、5点を奪った。
「しょせん負けでしょ」と言われればそれまでだが、早稲田は東大との第2戦に、不気味なものを感じていたはずである。東大の勝利は、だいたいそうしたケースに訪れる。経験がそう教えている。

ぼく自身の経験とはこうである。3年生の春季リーグの同じ早稲田戦。第1戦、東大は敗れたが1点差の接戦だった。早稲田にすれば薄氷の勝利。単純な実力比較なら、当時も早稲田の方が断然上だった。だから、早稲田の選手たちはいやーな感じに包まれていたはずである。第2戦に先発予定のぼくは雪辱に燃えていた。
東大が勝利するコツは、相手に「ひょっとしたら東大に負けるかも」という強烈なプレッシャーを与えることである。その第2戦の開始直後から、早稲田ベンチには妙な緊張感が漂っていた。図々しさには定評のあったぼくが、マウンド上でそれを見逃すわけがなかった。
「先取点さえ取れば、相手は焦りに焦るはずだ。この試合、もらった!」
実際、早稲田打線は、ぼくが「エイヤ」と気合いもろとも投げ込む決して速くないストレートに振り遅れ、曲がるように見せかけてあまり曲がらないカーブに凡打の山を築いた。そして、東大に待望の先取点が入ると、なんと、そのまま逃げ切って1対0の完封勝利を収めたのである。

話を今に戻そう。
点差こそ開いたが、13安打の東大の猛攻に、勝ったとはいえ早稲田は焦っているに違いない。しかも、土曜日の第1戦から雨天順延が2日間続いたことで、「いやな感じ」は倍加しているに違いない。自分の経験に照らして、こうなればもう東大は勝ったも同然である。妄想は膨らみ、スタンドに陣取ったぼくは、東大の連敗脱出を番組本番でどうコメントするかばかり考えていた。

しかし・・・。
結果は8対1の堂々の敗北だった。連敗は82に伸びた。先週同様、試合後、肩を落として職場に戻ったぼくに、スタッフは誰も声をかけようとしなかった。
「見込み違いもはなはだしい」
みんなが、ぼくのことを責めているように思えが、実際のところは、ぼくが勝利を確信していたことなんてみんな忘れていたようだ。
あーあ。早稲田のみなさんには申し訳ないが、きょうはこのネタで一発明るい話題が提供できると思ったのに。
そうこうするうちに、ノーベル物理学賞に日本人研究者3人の受賞が決まり、一日の喧騒のうちに、ぼく自身、けさまで東大連敗脱出と勝手に信じ込んでいたことも、すっかり忘れてしまっていた。

だが冷静に振り返ると、この試合敗れはしたが、いい材料も随所に見つかった。パンチ力のある1番打者がレフトスタンドに簡単にホームランを放り込んだし、リリーフで登場した1年生左腕は伸びのある速球で早稲田の好打者たちをきりきり舞いさせていた。ちょっとした偶然の積み重ねで点差は開いたが、展開によっては勝つことも不可能ではない試合だったのではないか。

どれどれ、次のカードは・・・。調べてみたら今季4戦全勝と好調の立教大学である。好調なチーム、だがそこがミソなのだ。久々のリーグ優勝もちらつきだし、立教の選手たちはあがってしまっているかもしれない。そこに現れる東大は、とても嫌な存在に違いない。もし東大に負けたなら、と考えてガチガチに緊張しているに違いない。そこにこそわが東大の勝機がある。
よし、また神宮に試合観戦に行くか。気合が入ってきたぞ。でもみんなには、ぼくが次こそ東大が勝利するに違いないと考えていることを、一応ナイショにしておこう。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:19 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

いま、映画人として

2014年10月01日 (水)

作品の良さもさることながら、この映画の試写版を見て驚いたのが、吉永小百合さんの野球のうまさである。「吉永さんと野球?おい、そこかよ」と突っ込まれそうだが。
作中、吉永さん演じる悦子と、悦子の喫茶店の常連客(笑福亭鶴瓶さん)がキャッチボールに興じる場面がある。吉永さんの投げ方は、無理なく肘を使ってボールのリリースに至る、まさに理にかなったそれだし、鶴瓶さんの悪送球(失礼!)をさりげなく逆シングルでキャッチしたりもする。

モントリオール世界映画祭で、審査員特別グランプリを受賞した「ふしぎな岬の物語」の中でのひとコマだ。吉永さんにインタビューする機会にめぐまれ、そんな話題を振ってみた。
「練習したんですよ」とはにかみながら言う。そうなのだろうが、ぼくは野球選手だったので、もともと体がスポーツ仕様にできていないとそんなグラブさばきはできないことを知っている。
「わたし、アスリートなんです」とも言う。そちらこそ本音だろう。スポーツ好きなことはつとに有名だし、体を鍛えているからこそ過酷なロケにも耐えられるのに違いない。「本当は男っぽい性格」と本人が言うとおりの、素顔の吉永さんが垣間見える場面でもある。

物語は、主人公・悦子が営む小さな岬の喫茶店を舞台に、訪れるさまざまな人が彼女の懐に抱かれるようにして、心の傷を癒されていくオムニバスである。
吉永さんは「心と心をつなぐ、小さな物語」とこの映画を評した。心と心のつながりとは、何も生きている者だけではない。亡くした大切な人たちとのつながりをモチーフにしているのが作品の特徴だ。吉永さん自身、主演のみならず企画から手がけた意欲作である。

「命をリレーしていくような物語はできないだろうかと思ったんです。亡くなった人が遺族の方たちに力を与えているというか、すごくケアをしているような」
主人公の悦子自身、亡くした夫といつも対話を続ける人である。愛する人を亡くし、傷ついた人たちは、悦子の喫茶店を訪れ、死者が自らの人生を照らしてくれていることに気づき、立ち上がっていく。

東日本大震災というこの国の辛い体験を踏まえ、吉永さんは命の再生の物語を作りたいと願い、原作(森沢明夫著「虹の岬の喫茶店」)と出会った。
「私たちは映画というものしか表現する方法がない。できれば、いま一生懸命生きていらっしゃる方を励ますような作品を作ることが、私たちには、というか私にはとても大事だと思って、今回の作品を選びました」

ぼくは以前、ある作家に聞いた話を思い出した。
「震災直後、文学は無力かもしれない。だが時が過ぎれば、震災に傷んだ人々が、あるいは震災が投げかけた意味を探したいという人々が、いずれ文学を必要とする。だから、自分たちは、自分たちのやり方でこの震災に挑まなければならない」
「文学」を「映画」に置き換えれば吉永さんの話とぴったりと重なる。

「天衣無縫。なんでもパキパキやっちゃう」少女だった吉永さんは、日本の戦後の歩みと軌を一にして銀幕のスターに駆け上がった。挫折も味わったが、再起して演ずる魅力に開眼した。そして、未曾有の災害に遭遇したこの国にあって、「映画人としてできることは何か」と問い続け、今日にいたった。

「もう長いこと映画の仕事をやっていますから、次の世代にバトンタッチしたいという思いもあります。そろそろ引退も近いかもしれません」
そう言って吉永さんは笑った。その一方で自分のこれからをこうも語った。
「川の流れのように流れていって、どこにたどり着くかという感じ。あまり決めたくないんですよね。未来とか過去を考えると、その日がしっかり生きられないような気がするんです」

世の中は、悲しい出来事で満ち満ちている。
週末には行楽シーズンたけなわの御嶽山が噴火し、多くの命を奪った。事件事故や災害。それだけでなく、人間関係の小さなトゲが、思いもよらぬ傷をつけることだってある。
しかし、悲しみから立ち上がる力となるのもまた、人と人との小さなつながりなのだと、吉永さんは演ずることによって訴える。
川の流れのように流されて、吉永さんはきっとまた、どうしてもやりたい役にたどり着くに違いない。この世に癒やしを求める人がいる限り、女優・吉永小百合の存在が色あせることはない。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:17:21 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

セクハラやめて平和を目指そう

2014年09月24日 (水)

セクシャル・ハラスメントは、受ける側がそう感じれば言い逃れはできない。そういうものなのだと、いまやわれわれ企業人は社内教育でそう教えられる。それに対して、おじさんたちのグチをよく聞く。
先週、自民党の東京都議の発言が批判を浴びた。おそらく世のご同輩たちの中には、「世知辛い世の中になった」とため息を吐いた人がいたに違いない。

東京都議会では6月、質問に立った女性議員に議場から「早く結婚した方がいいんじゃないか」とやじが飛び、やじを発した議員が謝罪に追い込まれる失態があった。今回の発言は、この問題をめぐる記者団の質問に対し、男女共同参画について議論する議員連盟の会長を務める自民党都議が述べたものだ。
発言の内容は、「(女性に)『結婚したらどうだ』と、平場だったら私だって言いますよ」というもの。本音がポロリと出た格好である。さらにこの議員は、「議会の会議規則は私生活を論評してはいけないと書いてある。発言者個人に対して公の場で言ったのが問題なのだ」と説明した。

この発言を「セクハラ発言」とするのはいささか乱暴だ。この場合、記者団の質問に対する答えだから、特定の相手に対する発言ではないからだ。だが、発言を聞いた私の職場の女性たちの反応は、一様に「アウト!」だった。セクハラの定義がどうあろうが、女性に対して無神経な発言だとみなカンカンだった。
そんな風圧を感じたのか、議員は翌日、「会長という立場をわきまえず個人的な発言をしたのは不適切だった」と述べた。会長という立場だから?個人的には態度を改めるつもりはないの?と突っ込みたくなるが、陳謝したということでこの問題はとりあえず一件落着となったのである。

ぼく自身、世の中の動きの速さに戸惑うおじさんのひとりではあるが、やはりこの都議の発言はアウトだと思う。この人の周囲で、「結婚したらどうだ」と言われた女性たちのすべてが、「この方のおっしゃることなら全然気にならないわ」などと微笑みを浮かべている様子はなかなか思い浮かばない。何割かは不愉快な思い、傷つく思いをしているに違いないし、であれば、その瞬間にセクハラと言われても仕方がないのである。

セクハラやパワハラ(パワー・ハラスメント)の根底にあるのは、差別感情にほかならない。おじさんたちからすれば、女性、とりわけ自分より若い女性を見下す感情があるからこそ、セクハラ発言や行為が出てくるのだと言える。どんな人であっても、ひとりの人間として相手をリスペクトする気持ちがあれば、無礼な言動は出てこないはずなのだ。

たまたま、韓国・インチョンで開かれているアジア大会のキャッチフレーズを目にした。
「Diversity shines here.」
多様性はここで輝く、とでも訳そうか。ひとりひとりの多様性が認められる社会とは、すなわち、偏狭な差別意識を脱した社会である。そうした社会を真剣に目指さない限り、子や孫の世代に平和な世界を引き継げない。

「そんな大層な・・・」。
世知辛い世の中を嫌うおじさんたちは苦笑いするかもしれない。だが、ぼくは事の本質はかなり根深いと思っている。逆に言えば、心ないセクハラ発言をなくすことは、平和な世界を作る第一歩にほかならないのだと、ぼくは大まじめに考えている。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:45 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

朝日新聞報道で考えたこと

2014年09月17日 (水)

9月11日(先週木曜日)に行われた朝日新聞社・木村伊量社長の記者会見を、同じ報道にたずさわる人間として、厳粛な気持ちで聞いていた。そして、朝日新聞が東京電力・福島第一原子力発電所の元所長の、いわゆる「吉田調書」をめぐる記事を取り消さざるを得なかった問題で、われわれが着目し、肝に銘ずべきことは何かを自分なりに考えた。

行きついた結論は、われわれ報道機関は、事実に対して謙虚であることを決して忘れてはならないということだ。報道が巻き込む関係者や社会への影響を考えれば、「人間だから誰しも間違いはある」という言いわけでは到底済まされないことがある。

朝日新聞は、吉田元所長が政府の事故調による聞き取りに対して行った証言を5月にスクープ記事で報じた。その中では、「第一原発にいた所員の9割にあたる650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の2F・第二原発に撤退していた」とし、吉田氏の「本当は私、福島第二に行けと言っていないんですよ」という調書の部分を掲載した。
だが、調書の全体を読むと、吉田氏には命令違反との認識はなく、「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った」との言葉もあった。吉田氏の追想では、現場の判断を了とし、命令違反とは認識していなかったことが明らかになったのである。
朝日の記者はこれを読み違えて記事を掲載したわけで、木村社長は「取材が不十分で、所長の発言への評価が誤っていた」と述べた。

報道機関が独自に資料を入手して記事にしようとする行為自体は間違っていない。スクープを入手できれば、それは記者冥利に尽きる瞬間でもある。だが・・・。
「紙を取って(資料を入手して)舞い上がり、きちんとした読み解きを怠ったのかもしれない」。知り合いの新聞記者は、そんなふうに振り返ったが、事はそれで済まされるものではない。

記者は自分が知り得た事実におそれを抱き、謙虚であるべきだ。
事実が持つ意味合いは、全体像の中で測られる。座標の中に正確にプロットされてはじめて客観的な意味を付与される。逆に言えば、その作業を経なければ、こわくて記事になどできないという感覚を持って当然なのだと思う。
それなのに朝日の記事は、片言隻句に目を奪われ、調書の全体を読み解く十分な努力をしないまま、プロットする座標上の位置を過った。結果として、亡くなった吉田氏の墓前に顔向けができない結果となった。
ただ、この一件は「あの朝日が誤報をやらかした」とあげつらい、バッシングして済ませばいいというものではない。その危険はどの報道機関にも共通するものであることを、われわれは胸に刻む必要がある。重要な情報であればあるほど、事実関係の確認と、正確な評価に務める努力を怠るわけにはいかないのである。

また、事実を取り違えているのではないかとの指摘に対して、速やかに対応できなかったのも今回の反省点と言える。決断に時間がかかり、機敏に対応をとることができない「大企業病」特有の症状ともいえるし、大切にすべきは読者(あるいは視聴者)であるという基本が忘れられていたと言われても仕方ない。

重ねて。
われわれ報道機関が持つ強大な力に対しては、それを構成するわれわれ自身が居住まいを正し、謙虚でなければならないのだ。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:37 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
twitterにURLを送る facebookにURLを送る mixiにURLを送る Googleブックマークに追加 ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

ページの一番上へ