キャスター・アナウンサー BLOG

大越健介の現代をみる

村山富市さん

2015年02月25日 (水)

政界では、総理大臣経験者に話しかけるときに、敬意を表して、「総理」と、現役さながらに呼ぶ習慣がある。経験上、総理経験者に対して、○○さんと名前で呼ぶことはあまりない。でもこの人は、いまは「総理」と呼ぶのがどこかそぐわないと感じる。飾らない人柄がその理由だ。
村山富市さん。1994年、当時社会党の委員長だったときに、自民党と新党さきがけに担がれて、本人もびっくりという総理の地位についた。

その村山さんに、地元の大分市でインタビューした。村山さんは、20年前、戦後50年となる終戦の日に、のちの政権が踏襲していくことになる「村山談話」を出したその人である。談話とはいうが、閣議決定された政府の公式文書だ。

そして安倍総理大臣も、戦後70年のことし夏をメドに、総理大臣談話を出すことになり、有識者による具体的な検討が始まった。インタビューは、新たな談話に対して何を望むかを、元祖とも言える村山さんに聞こうという趣旨だ。
村山さんは、待ち合わせ場所にひとりでスタスタ歩いてやってきた。90歳。だが、なんと若い90歳か。トレードマークの長い眉毛はすっかり白くなったが、背筋をビンと伸ばしたそのいでたちは、現役時代そのままである。

「第一、ぼくが総理になるなんてことは、あのときだれも考えていなかった。しかし、こういう内閣が出てくるということは、それなりの歴史的な必然性があってのことではないかと考えるようになった。ちょうど戦後50年という節目を迎えて、国内外の問題について、50年の節目に未解決の問題についてけじめをつけることが、自分の内閣に与えられた役割だと考えた」

村山さんは淡々とそう振り返る。村山談話では、戦後の復興に力を尽くした先人の努力に敬意を示し、近隣諸国との良好な関係を築く必要性を説いた後、村山さんが最も言いたかったという箇所が登場する。少し長いがそのまま引用しよう。

「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争の道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここに改めて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外のすべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます」

この部分は、10年後に当時の小泉内閣が閣議決定した総理大臣談話でも、ほぼそのまま引き継がれた。植民地支配と侵略によって与えた苦痛、痛切な反省と心からのお詫び。村山さんは、日本がそのことを真摯に認めることが、近隣諸国との未来志向の関係を築く基礎だと信じている。

だが、この数年、日中・日韓の関係はすっかり冷え切った。
政治家である村山さんは、当然ながら尖閣諸島や竹島といった領土をめぐる問題で、双方の主張が交わることのない現実をよく知っている。
「問題はそこではなくて」
村山さんはそう切り出した。
「歴史に対する認識がもっと本質的な問題なんですよ」
関係が冷え切った根本には、このところの日本が、村山談話に盛り込まれた、それこそ「痛切な反省」を忘れたかのような印象を与えている点にあると村山さんは指摘する。

安倍総理は、村山談話をどう引き継ぐのか。
「村山談話、小泉談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体的に引き継いでおり、今後も引き継いでいく考えです」
今月の参議院本会議での答弁である。
一方で、討論番組ではこんなふうにも発言している。
「今まで重ねてきた文言を使うかどうかということではなくて(中略)、『今まで使った言葉を使わなかった』、あるいは『新しい言葉が入った』とか、そういうこまごまとした議論とならないように(したい)」
このあたりの微妙な発言が様々な憶測を呼ぶ。

全体的に引き継ぐとしながら、村山さんが言うキーワードを使うかどうかは霧の中だ。
村山さんは、「安倍総理こそ、こまごまとした言葉にこだわっている」と手厳しい。

「引き継ぐ」という姿勢を、どのような言葉で示すのか。こまごまとした、しかしとても大切な言葉の取り扱いである。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:22:28 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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正義って何だろう

2015年02月18日 (水)

知人に強く勧められて、映画「アメリカン・スナイパー」の試写会に出かけた。クリント・イーストウッド監督の最新作。アメリカでの高い評価もあって、21日の日本上映開始を前に、試写会場はメディア関係者などで満席となった。

実話の映画化である。イラク戦争に4度にわたって従軍し、伝説のスナイパー(狙撃手)と言われたクリス・カイル(故人)を描いている。
2時間余りの上映の間に、実にいろいろな思いを抱き、また考えさせられた。

愛国心にかられて志願した主人公が、戦場経験を踏むうちに深みにはまっていく。その理由には、部隊における任務と責任の増大もあれば、命を落とした仲間の無念を晴らしたいという感情もある。
一方で、よき夫、よき父でありたいと願いながら思うに任せない葛藤がある。アメリカに帰任しても、心を戦場に置き忘れたかのような主人公の姿に、妻もまた苦しむ。
この作品は、私人と公人のはざまで揺れ動く「個の相克」をくっきりと浮かび上がらせている。戦争映画であると同時にすぐれた社会派ドラマでもある。

その中にあって、ぼくはひとつのシーンに突然凍りついた。銃声が響く戦闘シーンの中に放り込まれたようなその一場面とは、アメリカ軍の無人機が、イラクの戦場の上空を、それこそ睥睨(へいげい)するように飛行する姿だった。
そこにはITが人を殺害するという異次元の戦争があった。愛する祖国や家族のために武器を手に取るという、人間としての最低限の姿さえ霧消してしまったかのような次元の戦争だ。正義や大義などという言葉があまりにもそぐわない、残酷な戦争だ。

そんなのは甘いと言われるかもしれない。
素手で取っ組み合うのでもなかろうに。人類はこれまでだって身の丈以上の武器を開発してきたのであって、核などの大量破壊兵器の残虐さを知らないわけはないだろうと。
あるいは、無人機といえどもそれを遠隔操作しているのはやはり人間であり、彼らの多くもまた心に傷を負いつつ任務についているのだと。

それらを知らないわけではない。だが、無人機の不気味な姿がトリガーとなって、ぼくなりの戦争の概念のリミッターは、一気に振り切れてしまったようだ。
イーストウッド監督が入れた象徴的なワンカットは、少なくともぼくに対しては絶大な効果を表したことになる。

それはまた現実でもある。
イスラミック・ステート(イスラム国)をはじめとする過激派組織と、従来の「国」の軍隊との戦闘は拡散を続けている。ウクライナでは苦労して結んだはずの停戦合意も反古にされかねない状況だ。そのことにより、兵士のみならず、一般人の犠牲者も後を絶たない現実がある。一発の銃弾により、あるいは無人機からの容赦ない爆撃により、ひとりの人間が生きてきたかけがえのない歩みが、突如、途絶えてしまう悲劇が繰り返されている。

欧米主導で作り上げてきた秩序に、テロをもって抗することを正義とは言わない。一方で、テロリストなど問答無用と、ひたすらその命を蹴散らすこともまた、正義とは言わないはずだ。
人間とは戦争を繰り返す愚かな生き物なのだと「したり顔」をすることは思考の停止にほかならない。血を流さないための愚直な努力をすることこそ正義なのだと、酷薄な現代の戦争に思いを致しながら、ぼくは考えた。


 

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:23 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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テロに理屈はあるか

2015年02月11日 (水)

メディアで働く同業他社の友人たちと話をしていて、過激派組織「イスラム国」が話題にのぼると、議論続出でなかなか収束しなくなる。

口火を切ったのはぼくだった。
ある中東の専門家に番組にゲスト出演してもらったときのこと。その人が「こうやってメディアが騒ぐこと自体が、『イスラム国』の格好の宣伝になるのです」と話していたことがあった。その例を引き合いに、「われわれメディアというのは皮肉な存在だよね」とこぼしたのである。
そこに新聞記者のAが口をはさんだ。
「その専門家の先生だって、ならば出演しなければいいじゃないか、ということになる。でも、伝えるべきことがあるから出演するわけだろ。つまりは、報道が発達した民主社会の宿命なのさ」
「じゃあ、彼らの掌で踊らされてしまうのは必要悪ってことかなのかなあ?」とぼく。
「そうではないと思うけど」・・・と口々に言うが、みんなうまい答えが見つからない。

「そもそもさあ」と外務省を取材している民放記者のB。
「彼らが勝手に国と名乗っているだけなのに、『イスラム国』という呼び名をそのまま使っているのはどうなんだろう。『連中を利することになるんじゃないか』って、取材先から言われることがあるんだけど」
「だからウチでは、いわゆる、という意味を込めて必ずカギ括弧をつけて『イスラム国』と表記している」と新聞社のA。
「でも放送会社は、カギ括弧、と読むわけにはいかないでしょ」とB。
「ウチは必ず1回は、過激派組織の『イスラム国』、と言うようにしているけど」とぼく。
「日本政府は、あの組織の英語訳の頭文字をとって『ISIL・アイシル』と呼んでいるね。アメリカ政府もそうだ。国と認めてやるわけにはいかないからね」。
「同じアメリカでも、マスコミは『ISIS・アイシス』を使っているぞ」
・・・呼び名ひとつをとっても難しい。

そして事態は最悪の展開をたどった。ジャーナリスト・後藤健二さんの殺害である。残虐極まりな行為。「イスラム国」の非道は許されるものではない。一方で、政府からの再三の渡航自粛を求められながらシリアに渡った後藤さんの行動をどう見るか。
「すべて自分の責任において渡航すると後藤さんは言っている。それをそのまま受け入れて、彼が伝えたかったものを我々がきちんと引き継ぐべきだ」とA。
「彼の仕事ぶりは立派だ。しかし、彼ひとりで負いきれない責任もある」とB。後藤さんが過激派の支配地に渡り、人質になったことが「イスラム国」が日本に牙を向けるきっかけを作った面は否定できないという意見は、ネット上でも目にすることがある。

議論は続く。Bはさらに踏み込んだ。
「『イスラム国』はテロ集団だ。どんな理由があっても許されない。なのに、たとえばテロに外国から加わる若者について、ヨーロッパに渡ったイスラム系住民のうっ屈した感情が背景にあるとか、若者の悩みを理解すべきだという論調も目立つよね。彼らに同情することは大きな誤りのもとになるんじゃないか」。
それも正論である。

だが・・・。ぼくも口を開いた。

まずは現状をしっかり受け止めることじゃないだろうか。
日本だってテロの対象であることは、たとえば2年前にアルジェリアの天然ガス精製施設で起きた日本人駐在員殺害事件のときにも、日本は思い知ったはずだ。なのに、日本もテロの対象となったと、いま気づいたかのような言い方をするときがある。
常に考え、常に世界に目を向け続けていないと、ぼくらは忘れてしまうのだ。
後藤さんの行動には批判もあるだろうが、少なくとも、常にぼくらの目となり耳となって、警告を発し続けた人であることは間違いないのではないか。

もうひとつ、テロの温床となっている社会の矛盾について。テロは絶対許せない。だが、そこだけでとどまっていては、報復の連鎖に歯止めはかからない。怒りと同時に、背景にあるものをしっかりたどり、分析する。そして、国際社会として反省すべき点があれば素直に反省すればいいのだ。

「じゃあ、どこまでさかのぼればいい?ブッシュ(元大統領)のイラク戦争、それとも中東の国境線の画定まで行くべきか?」
すかさず突っ込まれる。だが、それはひとりひとりができる範囲でいいと思うのだ。

知る努力をしないまま、感情論だけで突き進むことが一番怖いと思う。
もちろん、自国民が残虐にも殺害されたことに、怒りを覚えない人はいないだろう。繰り返し言うが、テロを許せるはずはないし、テロに屈するわけにはいかないのだ。
一方で、並行して考えるべき大切なことがいくつもある。それを大事にしないと、世界は怒りの渦の中で思いもしない方向に走り出すかもしれない。
小心なぼくは、それを考えると眠れなくなる夜がある。

その思いに関しては、議論していた全員の意見が一致した。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:31 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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野球で学んだこと

2015年02月04日 (水)

このコラムに何度か目を通していただいた方は、「また野球の話ですか」とうんざりされるかもしれませんね。でも、お許しください。少年時代に始まって大学4年生まで野球に打ち込んだ経験から、ぼくの心身のかなりの部分は、必然的に野球によって形成されることとなりました。人生の節目や、いろいろと思い悩んだとき、ぼくの心は野球という原点に戻ります。

おもに投手を務めてきました。特段、球威があったわけではありませんが、コントロールは安定していました。東京六大学野球の中で決して強くはないチームにあって、他大学の強打者と対戦しなければなりませんでした。その経験の中で学んだことがあります。それは「内角を攻める」ことの大切さです。

「内角を攻める」というと、やたらと血の気の多い印象を与えるかもしれません。デッドボールも辞さないという乱暴な投手は、打者にとっては迷惑この上ない存在ですよね。
でもぼくが目指したのは、そんな破れかぶれの蛮勇を持つことではありません。戦術としての内角攻めです。

少し間違うと危険なゾーンではあります。ビビってしまえば甘くなって長打を打たれる可能性が高くなるし、そうでなくても相手にぶつける物理的な確率も高い、怖いボールです。
そこでコントロールが問われます。顔の付近に投げるのはご法度。ぼくは、少々自信のあった制球力を生かして、相手の膝から下の高さにボールを集めました。内角球をうまく打つ打者は少ないのです。ずば抜けたスピードボールでなくても、相手を詰まらせることのできる投球を心がけました。

ニュースキャスターになってからも、この内角攻めのクセが残っていたかもしれません。「ずいぶん思い切ったことを言うね」とご指摘を受けたこともあります。ただ自分としては、そのニュースの持つ意味を多角的に視聴者に問いかけるという一点で、内角と外角を織り交ぜてきたつもりです。危険なビーンボールを投げて相手を傷つける意図を持ったことはありません。それは投手としてフェアプレーを心がけた現役の選手時代と同じです。これからもフェアプレーの精神を守り続けるのは当然のことだと思っています。

もうひとつ、しきりに思い出されることがあります。それは、高校時代に監督から教わったベースランニングのひとつ、「一塁への駆け抜け」です。ちょっとマニアックですね。
平凡な内野ゴロを打ってしまったとき。それでもうまくすれば内野安打になるかもしれないし、相手野手がお手玉をするかもしれません。コンマ1秒でも早くベースに到達するためにどうすればいいか。そこで口を酸っぱくして言われたのが、ベースの2~3メートル先をベースと思え、という言葉です。ベースそのものを目標にすると直前でスピードが落ちてしまうし、気持ちが勝ってヘッド・スライディングをするのも得策ではないと教わりました。
ベースがその先にあると心得ることで、スピードを落とすことなく本物のベースを駆け抜けることができるというわけです。

これだな、と思いました。

ぼくがニュースウオッチ9のキャスターとなって、まもなく5年です。井上あさひ、廣瀬智美両キャスターとトリオを組んでからも4年が経とうとしています。
私たち3人と、抜群の取材力を発揮してくれた井上裕貴リポーターは、3月27日の金曜日をもって後任と交代することになりました。残り任期はもう2か月を切っています。

でも、そこをゴールとは考えないようにします。目標はもっと先にあると考えて、スピードを落とさずに駆け抜けようと思います。それが今までご声援を送ってくださった皆さんへのぼくたちなりの感謝の表し方であり、仕事の全うのし方だと思っています。

これまで本当にありがとうございました。そしてこれからのラストランも、変わらぬご声援をよろしくお願いします。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:28 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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張りつめた緊張の中で

2015年01月28日 (水)

過激派組織「イスラム国」によると見られる日本人拘束事件は、湯川遥菜さんの殺害という極めて残念な経過をたどっている。ジャーナリストの後藤健二さんについても、依然危険な状況が続き、救出の展望は開けずにいる。

後藤さんやヨルダン人パイロットの男性など、人質になってしまった人たちの思いはいかばかりか。救出の責任を負う政府関係者の緊張も多大なものがあるだろう。そして、それを伝える我々も、細心の注意が求められる中で報道にあたっている。
人命を扱うニュースであることに加え、「イスラム国」が繰り出してくる狡猾なメッセージに操られることがあってはならないからだ。

難しさを感じさせられたのが彼らによるタイムリミットの設定だ。当初、日本政府が72時間以内に2億ドルの身代金を支払わなければ2人の人質を殺害すると脅してきた。事柄の性質上、交渉の進展具合がつまびらかにされない中で時間が過ぎていく。焦りから、72時間のリミットをさす23日の午後2時50分を気にするようになる。伝える側も、タイムリミットまであと○時間、などという言い方をしがちだ。

だが、そのリミットとは人質の生死の境を意味する。まるでカウントダウンのようにしてその時刻を待つような印象を与える伝え方は、報道倫理の上から許されない。表現には細心の注意が求められるのだ。
その後「イスラム国」は72時間の刻限を何ごともなかったかのようにやり過ごした。週末に入って突如、湯川さん殺害を示す映像を公開すると、今度はヨルダンに収監されている仲間の死刑囚の釈放を求めてきた。日本と連携するヨルダンを窮地に追い込み、日本を困惑に陥れている。

そもそも「イスラム国」という呼び名を使うことにも議論はある。「イスラム国」は無論、国際社会に認められた国家ではない。日米両政府などは、この過激派組織の以前の呼び名の英語名(ISLAMIC State in Iraq and the Levantイラクとレバントのイスラム国)の頭文字を取ってISILなどと呼んでいるが、支配地を広げたこの過激派組織は昨年、名前を改称(英語名Islamic State 略称IS)した。和訳すれば「イスラム国」である。

そこで我々の報道でもこの「イスラム国」の呼称を使っている。個人的には、彼らが支配地を拡大し、国の形を整えようと企図している現実から目をそらさないためにも、ISIL(ISISも同義)という記号ではなく、「イスラム国」という呼称を使うことは妥当だと思っているのだが、「イスラム国」という呼称は、いきおい日々のニュースの中で何度も登場し、視聴者の耳にすりこまれるようになる。それが、この過激派組織を「国」として広く認識させる手伝いをしてしまうという指摘もある。このあたりは実に悩ましいところなのだ。

もっと突き詰めて言えば、このニュースを大きく取り上げること自体に問題があると指摘する専門家もいる。それこそ「イスラム国」の思うつぼだと。

「イスラム国」は残虐な殺りく行為によって、急速に支配地域を広げ、石油の採掘施設なども支配下において潤沢な資金を得たとされる。恐怖による支配に加え、徴税などを含む巧みな組織運営によって疑似国家としての体裁を整えてきた。
しかし、アメリカ主導の有志連合の空爆や、原油価格の下落などによって弱体化が進んでいるとも言われる。そんなときに打って出たのが、軍事作戦に加わっていない日本の人質を公開し、脅迫するという行為だった。世界はこの蛮行に驚き、さらには協力国ヨルダンを揺さぶり、分断を狙うかのようなその後の要求によって、その狡猾さを改めて思い知らされることになった。

連日、この一連のニュースが世界をかけめぐることによって、グローバルに戦闘員を集め、勢力の回復をもくろむ「イスラム国」にとっての絶好のPRの場にも使われているという見方も、確かにできなくはないのだ。

しかし、人命をことごとく軽視するこの過激派組織の行動をつぶさに報道するのは我々の使命だ。いまなお捕われたままの後藤さんが、いかに細やかで心やさしい報道に携わってきたか。そして日本は、難民などを対象とした人道支援に徹してきたという事実。このことを世界に発信して、「イスラム国」の一連の行為は何の得もないのだという国際世論を形成し、彼らに納得させるという正攻法で行くしかない。

日本時間の今夜遅くには、「イスラム国」が言う、後藤さんの24時間の期限が来る。命の無事を祈りながら、かつ踊らされることなく、冷静に事実を伝えなければならない。(28日午後4時記)

投稿者:大越健介 | 投稿時間:16:07 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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ジハーディスト

2015年01月21日 (水)

「私はそもそも、『イスラム過激派』という言い方そのものが好ましくないと思っているんです。『ジハーディスト』と言うべきでしょう」
ジハードとは異教徒との聖戦を意味する言葉である。番組で取材した中東専門家の保坂修司さん(日本エネルギー経済研究所)はそう指摘した。シリアとイラクにまたがる地域を中心に勢力を伸ばしてきた「イスラム国」を説明する言葉についてである。

確かに指摘にはもっともなところがある。なぜなら彼らが彼らたるゆえんは、イスラムにあるというよりも、テロリストの集団という点にあるからだ。「イスラム過激派」という呼び名を冠して繰り返すことで、イスラム教という宗教そのものに過激というイメージがついて回ることになりかねない。穏健な一般の信者とテロリストを無意識のうちに混同してしまう危うさがないわけではない。

そのイスラム国が、とうとう日本を標的にした。民間軍事会社を経営する湯川遥菜さんとフリージャーナリストの後藤健二さんが人質に取られた。イスラム国のメンバーと見られる黒覆面の男が、2億ドルの身代金を支払わなければふたりを殺害すると脅迫する動画がインターネット上に公開されたのである。

動画にはいろいろと細工が施されていた可能性もあるが、イスラム国の犯行である可能性が高いと政府は判断した。イスラム国をはじめとする「過激」なグループが、中東やアフリカ、そして最近ではヨーロッパで巻き起こしている恐怖の連鎖は、残念ながら日本にも及んだのだ。

この年明け、ちょうどぼくがヨーロッパを取材中に、パリで新聞社「シャルリ・エブド」の乱射事件が起きた。ポーランドでの取材予定を繰り上げてパリに赴くと、今度は食料品店で立てこもり事件があり、おびただしい血が流れた。実行犯はいずれも、イスラム教の名のもとにテロを繰り返す過激派組織とつながりを持つ人物だった。

これを機にヨーロッパでは、イスラム系の移民を排斥するデモや、モスクへの投石などが相次いだ。最初のテロ事件が起きた新聞社は、表現の自由を高らかに歌い上げるように、イスラム教の預言者ムハンマドを描いた風刺画を掲載。フランス国内には喝さいも上がったが、イスラム社会全体への挑発と受け取られると、懸念の声も上がった。
事実、中東やアフリカ、アジアに至るまで、穏健なイスラム教徒の間からも強い抗議の声が上がり、世界は価値観の衝突の様相である。

しかし、ぼくは思う。確かに自らの宗教を侮辱されたと過激な行動に走る人間がいるのは事実だし、表現の自由がそれに屈してはならないのも事実だろう。だが、その対立がエスカレートしてもいいことはひとつもない。実際、世界の多数派は、宗教の多様性を認め、同時に表現の自由も尊重する「中庸」の人たちのはずだ。そしてわれわれ日本人は、そのことを本能的に知っている国民だと思うのだ。

だから、一連の不穏な動きが日本に連鎖を見せたいまではあっても、ぼくらは地に足をつけて構えなければならない。
保坂さんの言う「ジハーディスト」という言葉はまだ耳になじみがないし、日々のニュースは「イスラム過激派」という表現にしばらくは頼らざるを得ないだろう。だが、少なくとも日本では、イスラム教とその信者への誤った偏見が広がることはないと信じたい。仮にそうした危険な動きが出たとしても、社会の良識がしっかりと抑止してくれるに違いないと、ぼくは考えている。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:06 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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オシフィエンチムにて

2015年01月14日 (水)

そもそも、オシフィエンチムというポーランド名がこの地にあったことを、ぼくは知らなかった。ナチス・ドイツが軍靴の音を響かせて占領し、アウシュビッツ強制収容所を建設した場所である。静かな平原の町は、ユダヤ人など少なくとも110万人余りが虐殺される、史上最悪の悲劇の歴史を負うことになった。
第一収容所には、ポーランド軍のかつての兵舎があてられた。ここに連れてこられた人は道がふたつに分かれる。多数は収容すらされない道を歩かされた。そのままガス室に続いている。
当時のガス室が残されていた。
ここで裸にされ、シャワーを浴びせられる。次に天井から降ってくるのは有毒物質だ。空気と反応して死のガスとなり、人々はすし詰め状態のまま死んでいった。遺体は機械的に焼却され、煙突からは煙が絶えなかった。

殺りくの規模がさらに膨らんだのが、第二収容所のビルケナウである。鉄道の引き込み線が引かれた「死の門」はあまりにも有名だ。ここを通って、ヨーロッパ各地からユダヤ人たちが貨車で運ばれてきた。
ここでも選別が行われ、労働に「使えない」と判断された主に子どもや老人、女性がガス室に連れて行かれた。「収容所が満杯だから」というときには選別もなく、全員がガス室に送られた。

何ということだ。
アウシュビッツを見て回りながら、足がどんどん重くなっていく。
遺体からはぎ取られた髪の毛の束が、うず高く積まれていた。これでもごく一部だ。髪の毛は繊維製品などの原料として「出荷」されていた。金歯や銀歯などもそうだ。カネになるもの、原料になるものは人体から容赦なくはぎ取られた。その仕事を請け負わされたのは、収容されたほかならぬユダヤ人たちである。
金銀の取引を示すタイプ書きの書類が展示されていた。実に淡々と、それは書かれていた。

「この金は、いまの私たちの身近にあるかもしれないんですよ」
アウシュビッツ博物館のただひとりの日本人ガイド、中谷剛さんが言った。確かに、遺体からはぎ取られた金銀は延べ板となって世界に流通したはずだ。その一部が私たちの身の回りの品に含まれている可能性はある。
そこまで考えをめぐらせた瞬間、アウシュビッツの悲劇は現代にそのままつながっているのだと理解した。背中に電流が走った。
アウシュビッツは、人体を原材料としてさまざまな物を産出する巨大な工場のようなものだと感じた。人は原材料である限り、人であることはできないのだ。

しかし、同じ人間がどうしてここまで残虐な行為に手を染めることができたのか。
「それは、私にもわからないことです」
中谷さんは言った。日々アウシュビッツと向き合う中谷さんをして、考えれば考えるほど分からなくなるという。
ただ、こうは言えるかもしれない。
ナチス・ドイツに限らず、人間とはそうした愚かな行為に走る可能性を持った存在なのだと。そのありのままを、アウシュビッツは我々に教えてくれる。

一方で中谷さんは、「救いもある」と言う。
アウシュビッツを訪れる人たちは年々増えているという。ぼくが見学した時も、目を真っ赤にしたドイツからの若者のグループに会った。見学者はひっきりなしに訪れていた。
ポーランドがEUに加盟した2004年以降、その傾向が顕著になってきたという。EUは博物館の維持のための財政的な支援だけでなく、さまざまな啓もう活動にも取り組んでいる。アウシュビッツは風化することなく、教育の施設としての役割をむしろ増しているという。
あの惨劇を、ナチス・ドイツとユダヤという関係に限定することなく、人類が等しく陥りかねない現実として共有する取り組みは、地道に、しかし着実に進んでいるのだ。

ぼくがアウシュビッツを訪れたその前日に、フランスでは新聞社の乱射事件が起きた。屈折した様々な思いのなせる業ではあったのだろう。しかし、よどんだ負の感情が暴発する前に、人類はこのアウシュビッツを訪ねるべきだ。
ここにはすべての答えがある。鉛を呑み込んだような思いの中で、ぼくは痛切にそう思った。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:21 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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インタビューを拒むひとがいない

2015年01月07日 (水)

年越しはイギリスのスコットランドで迎えた。
スコットランドを訪ねたのには理由がある。前年9月、スコットランドの独立を問う住民投票のニュースに世界が注目した。結果は独立賛成の票が45%にとどまり、キャメロン首相率いるイギリスの中央政府はホッと胸をなでおろしたものだった。ところが、独立支持の動きはそこで一旦しぼむのかと思いきや、むしろ広がりを見せているともいう。
安定した先進国であるイギリスから、そこまで多くの人たちが独立を熱望している現実は驚きだった。その理由を、わずかではあってもこの肌で感じたいと、取材の機会をうかがっていたのである。

スコットランドの中心都市・エディンバラ。
街の歴史の象徴・エディンバラ城へと続く「ロイヤル・マイル」の沿道には、民族衣装のキルトや、スコッチ・ウィスキーを売る店が軒を連ねる。街のそこかしこで風に揺れているのは、イギリス国旗のユニオン・ジャックではなく、青地に白のX字が描かれたスコットランド旗だ。「ここはスコットランドという『国』なのだ」と、無言で主張しているように見える。

スコッツマン(SCOTSMAN)という最もポピュラーな地元の新聞を開いてみた。この日は特別号で58ページの大部の構成だったが、ページをめくっていっても、イギリス中央政府やイギリス全体の経済に関連する記事にはほとんどお目にかかれなかった。天気予報もスコットランドに限られている。この5月に開かれるイギリス総選挙の展望記事の中に、保守党・労働党という二大政党の動静がわずかに触れられているのみである。

そして、何より驚いたのが、ぼくたち取材クルーが声をかけると、インタビューを拒むひとがほとんどいないことだった。
エディンバラのパブでのこと。客の老若男女を捕まえてインタビューを試みる。くつろぎの場所に入り込んだわれわれテレビクルーは、ちょっと迷惑な存在には違いないのだが、声をかけるとみな気さくに応じてくれる。テーマは独立運動のその後についてだ。
意見の分かれる政治テーマについてインタビューする場合、「勘弁してくれ」という反応は世の東西を問わず多いものだが、ここでは誰もが嫌な顔一つせず、しかも真剣に答えを紡いでくれる。

意見はさまざまだ。独立賛成の人が多い印象だが、「そう簡単に白黒は付けられない」と思案顔の若者もいる。だが、これらのインタビューを通じてひしひしと感じたのは、彼ら、彼女らのいわば政治的な覚醒と成熟である。
独立を問う住民投票には、スコットランドの85%の有権者が参加した。通常の選挙よりもはるかに高い投票率だという。愛するスコットランドが「イギリス連合王国」という枠組みを離れるべきか、いやとどまるべきか。そのことによる政治、経済、安全保障上のメリットとリスクは。何より「国」としてのアイデンティティーはどうあるべきなのか。
それらを懸命に考えた人が、それだけの数字にのぼったのだとも言える。

投票に臨むにあたって自らの考えを突き詰めた人は、「言葉」を持つようになる。堂々とした「言葉」を持っているからこそ、インタビューを拒む必要はない。独立への賛否は別にして、「われわれは85%もの投票率のもとで、ひとつの答えを出したのだ」という誇りを、ほとんどの人が口にした。

スコットランドの独立の動きが今後、どうなるかを予測するのは難しい。一時は独立派優勢ともいわれた先の住民投票で十分肝を冷やしたに違いないキャメロン首相が、再び住民投票を許すとは考えにくいし、仮に独立への流れが何かのきっかけによって加速したとしても、ひとつの正式な「国」を作る作業は容易ではない。新たな意見の衝突もあるだろう。
だが、この民主主義の先達たちは、意見の衝突があっても互いを尊重する流儀を心得ている。独立が否定された住民投票の結果を、全員が粛々と受け入れている。そしていずれまた、同じテーマでひとりひとりが判断を下す時が来ることを予感しているようにも見えた。

年の終わり、エディンバラの街は、ホグマニーと呼ばれる祭りに彩られる。圧巻は、伝統のバグパイプ奏者たちに率いられた、何万人もの人々の行進だ。たいまつを手にした市民に観光客たちも加わって、2キロ近くに渡って凍てついた夜の街を練り歩いていく。
少し高いところから祭りを見下ろすと、たいまつの河がどこまでも流れていくようだ。
民主主義とは時間がかかる手続きだ。だが、その先にはやはり希望もある。炎に顔を照らしながらゆっくり歩みを進める人々の列が、そのことを暗示的に物語っていた。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:22:08 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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1年の感謝をこめて

2014年12月24日 (水)

われながら、鏡に映った姿を見て苦笑いをすることがあります。
年齢相応に刻まれたシワ、年齢不相応な食欲によってついてしまった貫録。どうにも野暮ったいオジサンです。世の中の森羅万象と向き合うにはどうも切れ味に欠けるように思えてしまいます。
そんな自分ではありますが、ことしも1年を無事、乗り切ることができそうです。その原動力となったのは、多くの方々から寄せていただいた励ましやアドバイスの手紙でした。どれほど助けられたことでしょう。
お返事が追いつかない自らの筆不精を棚に上げ、この場をお借りして心から御礼申し上げます。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。

災害の被災地をはじめ、国内外のニュースの現場にできるだけ足を運んでいることを、評価してくださる方がいました。
「臨場感があって、よく伝わりますよ」
「あなたの目が、私たち視聴者に真実を伝える一番の媒体です」
ありがたい言葉です。これからも「行動するキャスター」であることを肝に銘じていきたいと思います。丁寧に取材に応じてくださる人々への感謝の気持ちを忘れずに。

「スポーツコーナーになると、表情がすっかり変わってしまいますね」とおっしゃる方も少なくありませんでした。根っからのスポーツ好きが顔に出てしまうようです。
でもちょっと反省もしました。つまり、スポーツコーナーに入るまでの伝え方が堅苦しいということの裏返しかもしれません。もちろん、つらいニュースを微笑みとともに伝えることはできませんが、もっとやわらかく、自然体で伝える姿勢を持つべきなのかもしれません。肩肘を張るのではなく、ひとりの人間として日々の出来事に平たい目線で寄り添う。そんな番組にしていきたいと思います。

ぼくが番組で発するコメントを、やさしく支持してくださるお手紙もたくさんいただきました。
「最後の1、2行の『しめ』の言葉に、そのニュースの意味と課題が込められていると感じます」
ぼくからすれば「そこを見ていてくださったか」と、心から嬉しい気持ちです。
ニュース項目の前後にスタジオで語るコメントを考えることは、ぼくの日々の仕事の中でも最も大切な部分です。そのコメントによって、ニュースの意味を視聴者と共有し、ときにはさらなる問題を提起することができるからです。

でも、押しつけがましいコメントはすべきでないと思っています。私見を押しつけることなく、公正公平を保つことがニュースの生命線だと思うからです。
そこに、こんな言葉もいただきました。まさにぼくがこうありたいと願っている気持を、ぴたりと言い当ててくださっています。
「ニュースキャスターは、経緯とともに、普遍的価値を伝えていくものだと思います。ご活躍を」

自分が、物ごとの「普遍的価値」などというものを語れるほど立派な人間でないことは百も承知しています。ただ、ニュースにたずさわる者として、そのニュースにどのような意味があるのかを公平公正な立場で考え、視聴者の「気づき」のお手伝いをしたいと願っているのは事実です。そんな思いで懸命に紡ぐことばが、視聴者のもとにしっかりと届くならば、キャスターとしてそれに勝る幸せはありません。

もちろん、厳しいことばもいただきます。自分は理想の足元にさえ届いていないと、しょんぼりしてしまうこともしばしばです。
でも、きょうに限って厳しいことばは忘れることにします。オジサンになっても、どこか心が浮き立つのがクリスマスイブ。皆さんからの温かい励ましのことばを一番のプレゼントと思い、きょうはせめて、その中に埋もれていたいと思います。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:58 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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緊張してます

2014年12月17日 (水)

ぼくはいま、番組のキャスターになって以来、いちばんと言っていいくらい緊張している。けさもまだ暗いうちから目が覚めてしまい、深呼吸したりしてなんとか二度寝に挑んだのだがそれもかなわなかった。

きょうはこれから女優の吉高由里子さんにインタビューをする。場所は東京・六本木の東洋英和女学院の校舎を貸していただく。吉高さんが演じた「花子とアン」の主人公・翻訳家で児童文学家の故村岡花子さんが学んだ、あの気品高く厳格な女学院である。

インタビューに臨んでは、当然、相手のことをある程度研究する。吉高さんは「花子」を演じる以前にも、若手演技派女優として一目も二目も置かれた存在だった。

初主演となった2008年の映画「蛇にピアス」では、痛みを感じることでしか生きる実感を得られない女性の哀しみを体当たりで演じ、話題をさらった。かと思えば学園もののラブコメデイなどでも独特の存在感を発揮し、同世代のわが息子たちなどは、「ヨシタカ」というだけでどこか遠い目になる。20歳代の彼らにとって「青春」を実感させる女優のひとりらしい。

演技の幅の広い天才肌。一方で彼女のツイッターなどに目を通すと、繊細な感情の持ち主であることがよくわかる。

そうなると、報道という堅い世界で生きてきた、凡庸な上にも凡庸であるこのおじさんに、はたしてインタビュアーが務まるのかと不安になるのだ。彼女も、どうして自分がNHKのニュース番組なんかに出るのかしら、と頭の中が?マークでいっぱいかもしれない。年末の忙しい中、時間を取ってもらっちゃって、申し訳ないな・・・。
気の弱いぼくは、そうやって勝手に緊張を高めていくのであった。

彼女をニュースウオッチ9のインタビューに引っ張り出した理由は簡単だ。要はことしいちばん輝いた、「ニュースな女性」と考えたからだ。
その見立てが外れていなければ、たとえインタビュアーがさえなくても、彼女の魅力は十分伝わるはず、そう考えるようにしよう。

それに、吉高さんが演じた「花子」にはぼくも思い入れがある。まだ中学一年生だったころ、初めて読書の面白さに目覚めたのが、ほかならぬ、村岡花子訳の新潮文庫版「赤毛のアン」シリーズだった。そんな縁からポツリポツリと話を進めていけば、だんだんと会話もほぐれていくに違いない。

思えば、この50がらみのおじさん(ぼくのこと)は、これまでもかなり意外な人物にインタビューをしてきたではないか。気難しい女優の代表格とさえ言われた沢尻エリカさん、人気ナンバーワン、大河ドラマの主役もこなした綾瀬はるかさん。先日はあの吉永小百合さんにもお会いした。そうだ。かつてはレディー・ガガさんにだって果敢にマイクを向けたものである。

そのいずれも緊張はした。だが、終わってみると「インタビューをしてよかった」と実感したものばかりだった。視聴者にも好評だった。
だから、ちょっぴり自信を持とう。堂々と、そして笑顔で吉高さんの話を引き出そう。彼女が少しでも心の垣根を取り払ってくれたなら、その瞬間に輝く言葉が出てくるはずである。

現金なもので、そう考えるとだんだん楽しみになってきた。おっと、そろそろ時間だ。着替えて現場に向かわなければ。
さて、どんなインタビューになりますやら。今回は編集に時間をかけようと思っているので、放送はあさって以降になる予定。乞うご期待、です。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:22:15 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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