キャスター・アナウンサー BLOG

大越健介の現代をみる

帆翔(はんしょう)

2013年05月22日 (水)

若死にした幼なじみの三回忌法要があった。同級生たちと故人をしのびながら都内で昼間から一杯傾け、ほろ酔い気分で帰宅したのが夕方。居眠りして目が覚めてもまだ宵のくちだ。いつもなら夜9時の放送に向けてバタバタしている時間帯だが、「そうか、きょうは土曜日か」と平日とのギャップに妙に納得する。そして、ゆったりと降りはじめた夜の帳とともに、所在なさがつのってくる。

飲み直すのも気が引けるし、お腹もすかない。アルコールが中途半端に残ってしまった頭では読書も気が進まない。所在なさは孤独感となり、間違いなく後半に入ってしまったこれからの人生なんぞをぽつねんと考えたりする。柄にもなく、沈みがちな週末であった。

是枝裕和監督の1998年の映画「ワンダフルライフ」を見た。是枝作品は国際的にも高い評価を得ており、今年のカンヌ映画祭でも「そして父になる」がエントリーされ、10分間ものスタンディング・オベーションを受けて話題となった。
日本映画史上5作目の最優秀作品賞との期待も上がる。インタビューさせてもらう場面もあろうかと、準備の意味も込めて、彼の名作といわれるこの「ワンダフルライフ」のDVDを手に取ったのだ。

一気に引き込まれた。
死者たちが「あの世」に旅立つまで1週間を過ごす場所が描かれる。そこで彼らは、生きていた中で「最も大切な思い出」を選択することを求められ、スタッフたちは(これもまた死者である)彼らのその大切な思い出を再現する役割を担う。そして劇中映画のようにして、さまざまな大道具小道具を取りそろえて、死者が語った場面を用意する。

思い出の再現にあたっては、死者みずからがいろいろと注文をつけ、演技指導まで行う。そうして制作を終え、一週間の最終日が上映会という設定だ。満足した死者たちは、映像化されたその思い出のみを抱いてあの世へと旅立っていく。自分の人生をプロデュースするのは、結局は自分自身なのだというメッセージを、ぼくはこの映画に感じた。

改めて、亡き友を思う。
物静かでいつも本が傍らにあった。出版の仕事が気に入っていた。
彼の妻は、三回忌を前にやっと見つけた都内の墓地で、読書好きな夫にふさわしい墓を作った。そこには開かれた本が彫刻されている。そして「帆翔」という聞き慣れない言葉が記された。「帆翔」とは、気流に乗った鳥が翼を動かさずとも悠然と空を飛ぶ様を言うそうだ。そう、彼は不器用な男だったが、時流をしっかり見据えるぶれない男だった。

映画「ワンダフルライフ」で描かれているような、死後に自らの人生を振り返る場面が本当にあるのかどうかは誰にもわからない。確実なのは、人は残された人の思い出とともに生き続けるということだ。
亡き友は、「帆翔」する鳥たちの姿に、自分の人生の在り方を重ねたことがあったのかもしれない。そして最後に、愛する妻から「帆翔」というすてきな言葉を引き出し、自らをプロデュースしてあの世へと旅立った。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:51 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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戦いの目的は何なんだ

2013年05月15日 (水)

2005年から09年までアメリカ・ワシントン特派員だった。日米関係は取材の中心テーマだったが、その中で、重い気持ちで取材に走り回ったのが、先の戦争の際のいわゆる従軍慰安婦の問題だった。
時は2007年春。第1次安倍内閣である。「官憲が女性たちを従軍慰安婦として強制的に連れて行くという意味での強制性を裏付ける証拠はない」というのが、この内閣の基本的な認識だった。総理や閣僚がそうした発信を繰り返し、そのたびに韓国の対日感情は悪化した。では、なぜ、アメリカにいたぼくがその取材に関わったか。

それは、日本は人権感覚のない国だという見方がアメリカ社会に広がり、取材せざるを得なかったからである。主要紙ワシントンポストは「安倍総理の二枚舌」と題する社説を掲載した。従軍慰安婦問題では犯罪行為の責任を率直に認めようとしないくせに、拉致問題では人道的な観点から国際社会の支持を得ようとするのは、矛盾しているのではないかという主張である。日本大使館は事実誤認だと申し入れたが奏功しなかった。人権大国を自認するこの国は、よくも悪しくも、いったん人権に関して疑問符がつくと一気に広まってしまう特質を持つ。

アメリカ議会下院は、本会議で異例の決議を行うに至った。「旧日本軍がアジア太平洋の国々で女性に強制的に売春させたことを、日本が公式に謝罪して、その歴史的責任を負うよう求める」などというものだ。日本側の決議阻止の働きかけは実らず、韓国系住民たちの強烈な運動が勝った。

一部の議員や有識者が、アメリカの有力紙に「軍の直接の関与を示す証拠はない」という意見広告を載せたことも効果は上がらなかった。むしろ人権派の重鎮議員は、「女性たちのある種の共犯だったと主張するのは、レイプという意味を分かっていないのだ」と吐き捨てた。広告を載せた人たちには不本意だろうが、この議員にとって、強制性は証明できなかったというロジックは、女性も同意の上だったとにおわせる卑怯な言い訳に聞こえたのである。

いま、これと似たことをなぞっている。安倍総理大臣は、「痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明する」という点において、歴代内閣と歴史認識を共有していると繰り返す。しかし残念ながら中韓両国をはじめ、アメリカでもその言葉は耳を素通りしがちだ。むしろ彼らが注視するのは、閣僚の靖国神社参拝を「個人の心の問題」として黙認する内閣の姿勢だったり、「侵略という言葉はどうもしっくりこない」という政権幹部の発言だったりする。アメリカの有力紙は「歴史を直視すべきだ」といった社説を掲載し、すきま風が通った跡は大きな「溝」となって残る。6年前と同じ。やるせない。

今回はそこに派手な役者が一枚加わった。日本維新の会の橋下共同代表。今や完全に主役級である。
「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で、命をかけてそこを走っていくときに、休息じゃないけれども、そういうことをさせてあげようと思ったら慰安婦制度というものが必要なのは、だれもが分かっているはず」
慰安婦制度を是認するかのような発言だ。
さらに物議をかもしたのが、以下のくだりである。
「慰安婦制度じゃなくても、風俗業というのは必要だと思いますよ。僕は沖縄の海兵隊、普天間に行ったときに司令官に、『もっと風俗を活用してほしい』って言ったんです。認めているんですから、法律の範囲でね」。

もっとも、橋下氏は真意が伝えられていないと不満のようだ。
後日、▼「慰安婦制度が必要」と言ったのは、歴史の事実として言ったのであり、今は許されないのは当然であること▼風俗を活用せよというのは、売春のことではない。売春は違法であること▼慰安婦制度のような仕組みは日本だけでなく諸外国も同様な仕組みを持っていた。日本を正当化するつもりはないが、日本だけが特別に非難を受けるのは筋が違うこと、などを記者団に訴えた。

最後に放った言葉がこの人らしい。
「後はメディアがどう報じるか。幸いにアメリカ出張はありますし、入国拒否されない限りは、現地でいろんな質問を受けて、しっかり議論させてもらいたい」。
まだまだ戦う意向のようだ。
それにしても、ぼくにはこの人が何を相手に、何を目標にして戦っているのかが見えない。だからこそ、この人の言動は引き続きフォローしなければならないし、必要に応じてニュースでも取り上げていこうと思う。

しかし、楽しい仕事ではない。ワシントン勤務のころ、この問題をめぐるアメリカのひやりとした空気に、日米で築き上げてきた信頼の財産が目減りしたのを感じたものだ。今回もそうだ。あがけばあがくほど、財産がどんどん目減りしてしまうのは、悲しいことに現実なのである。
主義主張をもつのは自由。権力者にしても言論の自由はある。しかし、それを乱発して、日本国民の共有財である周辺諸国との良好な関係や、アメリカとの同盟の絆が損なわれるとしたら、本末転倒になってしまう。時に冷静に立ち止まることも、大事な勇気なのではないだろうか。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:17:20 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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加齢と容姿(自分の)に関する一考察

2013年05月08日 (水)

若いころはまさか自分が50歳を超えるおじさんになるとは思ってもみなかったのだが、時間は誰の上にも平等に流れるものである(当たり前だ)。そもそも語るほどの価値もないぼくの容姿とはいえ、やはり年齢を重ねるとともにしみじみと感じ入るものがある。

「ほお、こんなところにも変化が」と驚いたのが「日焼け」である。
この大型連休中、中東のドバイやインドを回る取材の旅に出た。出発前、番組のメイクさんたちから、「日焼けは絶対しないように」と厳重に注意を受けていた。
しかし、ズボラなぼくのこと、日焼け止めクリームはカバンの中に入ったまま。気付くとずっと炎天下で取材を続けるということもしばしばだった。しかも、暑い国の出張から帰った直後も、よせばいいのにピーカンの神宮球場で大学野球を見物したりして、完全なる無防備であった。

おととい(6日)の番組復帰にあたって、メイクさんに激しく叱られることは覚悟していた。ところが、鏡の前に座っても、キツイ言葉は聞かれない。
「日焼けしてごめんなさい」
「え?まあ、そう言われれば・・・」。
ちょっと拍子抜けしながら自分の顔を見ると、確かに黒くなったというほどではなく、せいぜいほっぺたが赤くなっている程度。恥ずかしがり屋の少女みたいで、なんだかこっちが恥ずかしくなる。

40代半ば、ワシントンに勤務していたころ、単身赴任の気楽さと所在なさもあって、休みといえばゴルフをしていた。そのせいで顔は真っ黒。たまに中継でニュースに登場したりすると、東京の技術さんが画面の色合い調整に苦労したという話も聞いた。
それなのに今回、あれだけ直射日光を浴びたのに、ほっぺの赤い妙なおじさんにとどまっているとはいかなることか。メイクさんに怒られなかった代わりに、ちょっとした寂しさすら感じた。

それだけではない。暑い中、帽子もかぶらずに取材をしたせいか、髪の毛の感じがどうも前と違う。ぼくの場合、同年代の男の中でも髪の悩みは比較的小さい方なのだが、妙なことに側頭部というか、鬢のあたりが一気に白くなっている。なんだこりゃ。しかも、白髪というのは黒い毛と性質が違うのか、おとなしく重力に従ってくれない。横に向かってしきりに跳ね上がっている。こちらの方がメイクさん泣かせとなった。

やはりここは行動するキャスターとして、自分の身体に生じた変化について、科学的に取材を進めるべきかもしれない。そんな使命感に燃えて、さて、誰に話を聞こうかなどとも考えたが、仕事中にさすがに個人的なことで時間を割くわけにもいかない。そうするうちに、自分が衝撃的と感じた変化そのものについても、気のせいのようなあやふやな感じになってきて、取材意欲もしぼんでしまった。

しかし、これこそが「加齢」の正体かもしれない。気づかないうちに蓄えられてきた小さな変化に、ある時ふとまとまって遭遇する。いつまでも若いと慢心していた自分はそのつど驚き、打ちのめされ、次第に意欲が減退し、挑戦心が失われていく。うーん、加齢恐るべし。

そういえば、もともとガッチリ体系で、身長の割に体重が多い方だったのだが、最近は筋肉がガタッと落ちたにもかかわらず、体重だけは変わらない。これは驚いた。ミラクルだ。なんということだ。
・・・いえ、ウソです。この問題については分かっていました。代わりに脂肪がついていたことくらい。しかもその原因は加齢だけでなく、飲み過ぎ食べ過ぎ、運動不足にあることも。

老化という人間の宿命に抗するためには、強靭な意志の力がいる。少なくともせり出したお腹との戦いはまさにそうだ。そのことを真正面から受け止めなければならないのだ。
何でも年齢のせいにして本当の原因から目を背けがちになること。それもまた加齢の怖さかもしれない。
加齢との戦いは奥深いのである。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:16:16 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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モスクワロケにて

2013年05月01日 (水)

オリガさんは、ぼくよりおそらく10歳くらい(?)上の、少し小柄なロシア人女性である。ラストネーム(名字)は何回か聞いたのだが、覚えられなかった。面目ない。
オリガさんは生粋のモスクワっ子だ。モスクワ大学で日本語を第一外国語として学んだ秀才である。驚くほど流ちょうに日本語を操り、難しい語彙にもびくともしない。でも、「私は日本に住んだことはないんですよ」という。驚きだ。まだ旧ソ連だった学生時代、冷戦が影響して日本への留学はごく限られた人にしか認められていなかったという。

オリガさんは、日本語力を生かして、我々のような、日本からロシアへの取材班のアシスト役をこれまで何度もつとめてきた。通訳はもちろん、取材のネタ探し、取材先との折衝にいたるまで、ぼくたちの海外取材は、こうしたプロフェッショナルの存在なしには成り立たない。

旧ソ連が崩壊し、民主主義国家ロシアがスタートして約20年、石油や天然ガスといった豊富な資源をもとに外資を呼び込むことに余念がない。ロシアの中心部、古くからの煉瓦造りのビルが建ち並ぶ向こうに、前衛芸術を思わせるような超高層ビル群がそびえ立っていた。シティと呼ばれる、国際ビジネスセンターだ。モスクワのこれからを象徴するかのようだ。

安倍総理大臣がモスクワを訪れた。日本の総理のロシアへの公式訪問は実に10年ぶりである。この間、ネコの目のように総理が替わる日本の政情不安定もあって、日ロの関係は進展しなかった。
安倍総理はその空白を埋めるかのように、120人もの経済人を連れてモスクワに入り、ロシアとの経済連携への意欲を体現して見せた。一方のロシアも、アメリカのシェールガス革命などによって資源大国としての地位が揺らぐ中、日本への天然ガスの供給をはじめとした「ウィン・ウィン」の関係作りに強い意欲を示した。最大の懸案・北方領土問題で頭から暗礁に乗り上げるよりも、双方が実利を優先した形である。番組では現地の動きを逐一伝えた。

「日本とロシアにとって良かったんじゃないですかね」オリガさんはつぶやいた。「あなたの放送も良かったですよ」と付け加えながら。

この日はオリガさんの誕生日。前日の晩は、スタッフの発案でオリガさんにささやかなプレゼントを用意した。夕食に入ったグルジア料理のレストランで、オリガさんが好きな日本の新幹線の話などをしながら、スタッフが内緒でウェイトレスに頼み、彼女のデザートのケーキにろうそくをともして供してもらった。同時に、店の楽団(というのか、ギターを持って席を回るグルジア歌謡の歌手たち)に「ハッピー・バースデー」を歌ってもらう。
何しろ通訳から何からすべてお願いしている、そのオリガさんに内緒でことを運ぼうというのだから、スタッフは大変な苦労だ。オリガさんはいった何をたくらんでいるのかと不審そうだったが、バースデーの演出とわかり、一気に笑顔がはじけた。

店を出て近くの地下鉄の駅に向かっていると、突然真っ赤なバラの花束を抱えた若い女性が、すれ違いざまオリガさんに3本のバラの花を手渡した。
「これもあなたたちの仕掛けですか?」と驚くオリガさん。とてもとても、そこまで凝った仕掛けはできっこない。よく見ると、その女性はよほどいいことがあったのか、自分の花束から道行く人たちに次々にバラを分けていた。

「おとぎ話みたいですねえ」
オリガさんは目を丸くしていた。この年の誕生日は、偶然も手伝って忘れられないものになったに違いない。大汗をかいてハッピー・バースデーの演出をこらしたスタッフの姿とともに。

北方領土の問題もあって、日本とロシアはずっと「近くて遠い国」であり続けてきた。しかし冷静になって考えれば、領土問題は別として、両国にはほとんど衝突する利害はない。今回の取材に当たってインタビューした対日関係の専門家は「両国はサクセスストーリーを作り上げることのできる関係です」と断言した。

日本を愛し、モスクワから大好きな日本を見てきたオリガさんの目には、なかなか近い親友になれずにきた日本はどう映ってきたことだろう。
日本人はともすると、同盟国のアメリカや、喫緊の問題をはらむ中国や韓国のことばかりに目が向きがちだ。しかし、国際社会には日本にとってのたくさんの友人がいる。近視眼的にならずに、ここはじっくりと地球儀を眺めるようにしてパートナーの存在を再認識し、世界で生き抜いていく道を探るときである。オリガさんのように、遠くから日本に愛情を注いでくれる人たちがいることを忘れずに。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:17:44 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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「外交」というもの 

2013年04月24日 (水)

国と国との関係は難しい。沖縄県の尖閣諸島をめぐる問題をとってみても、中国との対立を解消するのはとても難しい。日本とすれば「領土問題」そのものが存在しないのだが、中国はそこを自国の領土と主張している。では「論争が存在することだけでも認めてみては」と変化球を投げる向きもあるが、それは中国を利することになるのでまかりならぬ、という結論になる。
尖閣諸島で対立が解けない日中間には、先の戦争にからむ歴史認識の問題も存在する。これは中国だけではない。韓国との関係も極めて難しい。日本の政治家の言動に常に神経をとがらせている。しかもその韓国との間にも、竹島の領有権問題が存在する。こちらも双方の主張は折り合わぬままだ。
いや、領土問題といえば、日ロ間の北方領土問題もある。こちらは解決の機運が盛り上がった時もあるが、やはり4島の帰属の問題は未解決のままだ。
いやいや、中国、韓国、ロシアだけではない。危なっかしさという点では何といっても北朝鮮という国がある。動きを控えているのか、フェイントをかけているのか分からないが、弾道ミサイルの発射はいつも現実の恐怖である。しかも、将来的にはそこに核弾頭を搭載しようとしている。日本を激しく敵視し、対話の糸口すら見つかりにくい。

近隣諸国との関係に悩むのは日本だけではないだろう。そのことは歴史が証明している。だが、周囲を海に囲まれた日本にとって、複雑な連立方程式を一度につきつけられる事態は不慣れであることは間違いない。
さらに、この地域の問題の主役はそこに位置する国々だけではない。遠く隔たりながら、やはり「太平洋国家」を自任するアメリカがそうである。アメリカは日本の同盟国、頼りになる存在だという見方はもちろん正しい。領有権の問題そのものには踏み込まないが、尖閣諸島が日本の施政下にあること、日米安全保障条約の適用対象であることも認めている。
しかし、アメリカとて、手放しで日本を支持しているのではない。ややひがんだ言い方になるが、アメリカは、極東の小さな島の問題をきっかけに、間違っても戦火を交えることがあってはならないと考えているし、自分たちの出る幕などないように、うまくやってほしいというのが本音である。やはり、当事者である日本が自らの外交努力で解決していくしかないのである。たとえ相手が強硬な主張を降ろすことは考えにくくても、だ。

出口の見えない問題の連続に、頭が痛くなってくる。
しかし、明るい材料がないでもない。そもそも、ここ数年は日本の政権が不安定で、国内政局に忙殺されていた。しかも、経済は不振を極め、外交を考える時間は制約されていた。新しい総理が就任しても、リーダーの顔が見える外交をする間もなく、その顔が変わっていた。
しかし、曲がりなりにも経済に上向きの兆しが見られ、安倍政権は高い支持率のまま安定的に推移している。ようやく、顔の見える外交を展開する環境が整いつつある。

安倍総理大臣一行は、大型連休を利用してロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコの各国を訪問する。決して優雅な旅行ではない。いずれも久しく日本の首脳が顔を見せていない国々であり、外交の再生が待たれていたところである。
ロシアでは凍りついたままの北方領土問題を動かす契機になるかもしれないし、何より、極東を拠点に互いの経済協力を進めることは、双方の成長にとって大きな可能性を秘めている。中東への旅も、単なる資源確保の旅ではない。中東自身がもつ成長力を取り込む旅でもある。この方面に首脳外交の目が向くこと自体、このところの日本にとっては画期的なことですらある。

中国や韓国との関係は、しばしの冷却期間も必要だろう。アメリカとは恒常的に付き合いがある。そんな今、その輪の少し外側の国々との関係を密にして、中長期的な目でジワリと国力をつけることは大切だ。
考え出すときりがない、答えのなかなか見つからない近隣諸国との関係。しかし、だからこそ急がば回れで、日本の友だちを増やしていく戦略はもっとあっていい。そしてぼくもこの連休中は、総理日程と一部重なるようにスケジュールを組んで、これらの諸国を取材しに行こうと考えている。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:46 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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心理戦

2013年04月17日 (水)

またも北朝鮮が世界を困らせている。
キム・ジョンウン第1書記に率いられる指導部は、あちこちの国を「火の海にする」とか、「これが最後通牒だ」とか勇ましいことこの上ない。ミサイルの発射準備のような動きをして、それは偵察衛星によってしっかりキャッチされていることもおそらく知りながら、国際社会を煙に巻いている。

このたびの動きほど、分かりづらいものはない。前回去年12月の事実上のミサイル発射の時には、「衛星を打ち上げる」と、一応国際ルールにのっとった通告を行ったし、その前(失敗に終わったが)は、海外のメディアを自国に招待してPRにも努めていた。

しかし今回は、米韓合同演習の実施が引き金だったという見方は成り立つものの、ハリネズミがハリを逆立てるようにして一方的に国際社会を威嚇しているように見える。アメリカの国防長官をして、「北朝鮮とその指導者の言動は予測不能だ」と嘆かせた。また別のアメリカ政府高官は、「キム・ジョンウン第1書記は、父や祖父のように行動パターンを予測するのが難しい」と述べている。

今となっては先代や先々代の方がまだ見やすかったということか。いやいや、思い起こせば、先代の「めんどくささ」も相当なものだった。
ぼくがワシントンの特派員をしていた2006年7月も北朝鮮はミサイル発射をちらつかせ、国際社会のひんしゅくを買っていた。ぼくも、発射に備えて取材の体制をとっていたが、この日はぬかっていた。実際に北朝鮮が「ノドン」と「スカッド」級のミサイルを発射したのはアメリカ東部時間の4日午後2時半、「テポドン」級のミサイルを発射したのは午後4時。いずれも東アジアでは真夜中の時間帯である。

ミサイルを発射するのであれば、その航跡などを追うためにも、時間帯は日中であるはずだという頭があった。だから、昼夜が逆転するアメリカの日中は大丈夫、何もないはずという思い込みとなっていた。その日はアメリカの独立記念日の祝日にあたっていたこともあって、ぼくはワシントン近郊でゴルフに興じていたのである。幸い、北朝鮮がミサイルを派手に打ち上げた時は、支局には別の記者が詰めていてくれたので対応に事なきを得たのだが、一報の連絡を受け、慌ててゴルフ場を後にした車の中で、ぼくはほぞをかんだ思い出がある。

今回も、「撃つぞ、撃つぞ」と見せかけて、実際には撃つのか撃たないのか、関係国の予測が外れるのを楽しんでいる風情もある。指導者が代替わりしても、このあたりの意味不明の行動ぶりは脈々と受け継がれている。ずっと、同じ景色に見える。

しかし、それこそ北朝鮮の心理戦なのだと思う。国際社会をいらだたせるそうした行動を通じて、「泣く子と地頭には勝てない」と、ほとほとまいってしまった関係国から時に食糧支援を引き出したりもしてきた。何より忘れてはならないのが、その押したり引いたりの駆け引きの中で、北朝鮮は核開発を続け、ミサイル技術を高めてきたという事実である。

今回にしても、ミサイル発射への警戒疲れは国内にたまっている。常に一定の緊張状態を保つのは難しいのが実態だろう。だが、そうしてミサイル発射を無意識のうちに受け入れてしまうことが怖い。そうして北朝鮮は、アメリカ本土も射程に収める高性能の核ミサイルを保有しようとしているのだ。

「核保有国」としてアメリカと対等な立場となり、悔しいことに日本や韓国を「一等下の国」として見下ろしながら、北朝鮮は国際社会に伍していくことを企図している。それを許してはならない。国民生活の窮乏が続く中で、脅しだけでのし上がっていく国の存在を許すことは、国際社会のルールとしても、そもそも人の道としてもあっていいはずがない。

いつまでも同じことを続けるわけにはいかない。かといって、北朝鮮の行動を押さえつける妙案もまた見つからない。誰か、あの指導者の頭がまだ若くて柔らかいうちに、考えの方向をうまく修正してくれる人はいないものか。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:15:55 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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世界のオザワ、みんなのオザワ 

2013年04月10日 (水)

どうしたらこんなに垣根の低い人になれるのだろう。しかも、世界のオザワ、と言われるほどの存在なのに。

3年前の食道がんの手術で、小澤征爾さんの胃は上の方に引き上げられて、胸のあたりにある。「ぼくの胃はね、こんなところにあるんですよ」と、と屈託なく笑う。
若手奏者たちによる「小澤征爾音楽塾」の練習を取材に行った。クラシックに縁遠かった僕にとっては異文化体験であり、しかもあの小澤さんと初めてお会いするとあって、緊張して池袋のスタジオにお邪魔した。そしてたまげた。

小澤さんが指揮台に立つ。ピリッとした静寂が支配する。そして、その指揮に操られるように、すべての奏者から旋律が紡がれていく。
あるのは緊張感ばかりではない。若手奏者の心をほぐそうと、小澤さんは時に優しく、ユーモアを交えて、それこそ強弱をつけながらオーケストラを率いて行く。練習なので、小澤さんが注意を与えるたびに演奏はストップするのだが、そのタイミングすら流麗なリズムの中にあり、練習風景そのものがまるでひとつの舞台のようだ。

練習が一息つき、小澤さんにご挨拶をする時がきた。何か言わなきゃとドギマギする僕に、世界のオザワはこう声をかけてくれた。
「ね、音楽って悪くないでしょ」
ふっと緊張がほぐれた。小澤さんはさらに続けた。
「病気をしちゃったもんだから、夜、家族と過ごす時間が増えましてね。ニュースウオッチ9も、家族みんなでよく見てるんですよ。忙しいのにわざわざ来てもらって、いやー、恐縮です」
恐縮なのはこちらの方である。

演奏されていたのはベートーベンのエグモント序曲。小澤さんにとって、10分ほどのこの楽曲は、文字通り本格復帰の序曲という位置づけとなる。
練習を、オーケストラの後ろ側から見学していて、ぼくにもいくつか分かったことがある。そのひとつが、指揮によって曲調はずいぶんと違ってくるのだということ。小澤さんは奏者の視線や思い、奏でる音をいったん受け止めて、それをオーケストラ全体に返す作業をひたすら続けていくように見える。小澤征爾という人間をひとつのフィルターにして、楽曲が完成されていくようだ。

音楽塾の公演を終えたら、ぼくたちのスタジオにゲストとして来ていただく約束をし、何だかとても豊かな気持ちになってその場を後にした。

そして、4月5日の金曜日。小澤さんの生出演である。控室に挨拶に行くと、「テレビのニュース番組の生出演なんて初めてじゃないかな。まいったな」と落ち着かない様子。それでも、本番に入るとさすがの存在感だ。そしてあくまで垣根は低い。
病気をして音楽の素晴らしさを改めて知ったという。支える家族のありがたさを語るところでは、思わず涙ぐんだ。
「小澤さんがこれから目指す音楽とはどのようなものですか」などと、高尚(?)な質問に対しては、首をかしげてしばし黙り込む。実に小澤さんという人は、沈黙でさえ何かを伝える力を持っている。そして語った。
「前は、この商売、すごく忙しかったんですが、病気の間、勉強する時間に恵まれました。だから勉強は続けていきたいですね。作曲家が書いたスコア(譜面)をうんと読みたいですね」

77歳。年齢を重ねて音楽への思いは一層強くなっていく。その分、勉強をしたいと願い、心はむしろ謙虚になっていく。小澤さんが持つ独特の垣根の低さは、つまるところ音楽をとことん愛するが故なのだと気づかされた。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:16:11 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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小児科にて

2013年04月03日 (水)

50過ぎと40手前のふたりのおじさんが、渋谷区内の小さな小児科医の待合室で、小さな子どもを連れたお母さんたちに混じって身を小さくしていた。ひとりはぼく、若い方はわがニュースウオッチ9のチーフディレクターである。
風疹の予防接種を受けようと、やっとのことでこの医院を探し当ててやってきたのだが、2
人のおじさんはその場で明らかに浮いており、だんだん混み合ってくる中で居心地が悪くなってくる。「出直そうか」などと相談を始めたところで名前を呼ばれた。

風疹が大流行している。国立感染症研究所によると、風疹と診断された患者は前年の同じ時期の20倍以上になっているという。またの名を三日はしか。高熱と発疹を伴う。
多くの人は、子供のときに発症するかワクチンの接種によって抗体ができ、感染は予防される。しかし、大人になるまで抗体を持たないまま、という人は少なくない。予防接種を受けていなかった場合がひとつ。さらに抗体ができても年月とともに弱まってしまう場合もある。妊娠中(特に妊娠初期)の女性が罹患すると、お腹の中の胎児に感染し、目や耳、心臓などに障害が出る可能性がある。

番組では、風疹の抗体を持たないまま妊娠、感染し、出産したさいたま市の女性を取材した。4か月の息子は両耳が聞こえにくい「先天性風疹症候群」と診断された。女性は、予防接種を受けていなかった自分を責め続けている。
「予防接種を打っておいた方がいい。というくらいの認識で、風疹になったらどんなことになるのかという事実を知らないまま妊娠してしまいました。たった1本のワクチンを打っていたら・・・」。
風疹は患者の咳やくしゃみを通じて感染するが、この女性の場合、身近に風疹の感染者はいなかった。通勤電車の中で感染したのではないかと考えているという。

そのリポートを放送した責任者でもあるぼくとしては、万が一にも自分が感染者になるわけにはいかないと思った。果たして自分が小さいとき風疹の予防接種を受けたかどうか、ほぼ半世紀が経過した今となっては心もとないし、仮にもう抗体があったとしても、新たにワクチンを接種することが害になることはないという。

そこで心を決めて担当のチーフディレクターとともに、小児科に向かうこととなったのである。東京都では半数近くの自治体で、妊娠を希望する女性や妊婦の夫に対して助成があるが、一般の男性に対する助成はあまり行われていない。だからぼくも相当な出費を覚悟の上である。

初老の温厚そうな小児科医は、ぼくたちの来院の目的を知ると「ほう、そうですか、そうですか」と歓迎してくれた。「私たちがいくら声を大にしていっても限界があるからね」と、
風疹の怖さをわれわれマスコミが広げることを願っていると言う。
医師は僕ら2人の注射を済ませると、いろいろなことを教えてくれた。小さなとき風疹にかかったから大丈夫と考えている人でも、そもそも風疹の診断は簡単ではなく、診断が必ずしも正しいとは言い切れないこと。抗体を持っているかどうかは血液検査で調べがつくこと。できれば、各種の相談は小児科の専門医が望ましいこと、などなど。

すっかり勉強になり、ワクチンをしっかり身体に蓄えて支払いの窓口に行ったのだが、やっと見つけた風疹単体のワクチンの値段は、助成のない僕で8000 円。MRと呼ばれるはしかとの混合ワクチンは、在庫は潤沢だがこれよりもさらに高額となる。頭の痛いところである。

しかし、まずは知るところから始まる。そして、高額ではあっても、妊婦さんにうつしてしまう罪を考えれば、やはり予防接種をするに越したことはない。もちろん、妊娠の可能性がある女性はしっかりと抗体の有無を確認し、あやふやであればワクチンを接種する判断をしてほしい。それだけ胎児に障害が生じることを減らせる。ここは知識を広げ、悲しい事例を着実に防いでいくしかない。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:19:01 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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広域ゼロメートル地帯にて

2013年03月27日 (水)

東京湾に注ぐ荒川の、おおむね東側から北側の一帯に位置するのが、江戸川、葛飾、足立という3つの区である。東京というところは、ぼくのような地方出身者にとって最初、近寄りがたい雰囲気を持つものだが、このあたりは庶民的でなじみやすい風情がある。そのせいなのかどうか、実はぼくの妻も葛飾区の出身である。

週末、この3区の有志のみなさんが主宰する防災シンポジウムに参加させてもらった。副題は「東日本大震災の経験を共有し、広域ゼロメートル市街地での備え方を考える」とある。

そう、この一帯は、地下水の過剰なくみ上げによって地盤が沈下し、海抜ゼロメートル以下となっている場所が多い。荒川浸水想定区域図によると、200年に1回程度起こる大雨で荒川が氾濫した場合、この3つの区に加えて墨田区、江東区も含めた5つの区がほぼ浸水するとされ、家のすべてがあふれた水に飲み込まれるという住宅も数知れない。避難場所にも恵まれないため、おとなり千葉県の松戸市や市川市まで避難せざるを得ない人も多数にのぼると予測されている。

南海トラフの巨大地震と津波によって最大32万3千人が死亡する、あるいは首都直下地震では9700人が死亡する、などという被害想定が発表され、その都度、驚かされる。それのみならずこの地域の人々は、台風などによる大規模洪水や、大規模火災(建物が密集して道路が狭いため、消防車などが入りにくいところが多い)の危険と常に隣り合わせなのである。

いきおい、地域の人々の間では自主的な防災活動が盛んだ。葛飾区のある町会では、街が水没した場合などに備えて、各戸に白と赤の旗を配布している。万が一の被災時に、無事ならば白、助けを求める人がいる場合は赤を掲げて目印にする。赤旗の家や、旗が掲げられていない家には、無事だった人ができるだけ全員で救助に向かうという全員参加型の防災を目指している。赤と白で区別されるので、救助作業も効率化する。
この地区では、そうした活動を地元の学校とも共有しようと努めており、シンポジウムに参加したある中学生は、「自分たちこそが人命を守る次の担い手だと思っています」ときっぱりと言い切った。驚くほど高い防災意識である。

シンポジウムでは、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町からも震災の「語り部」たちも出席した。
「人間は自然の許す範囲でしか生きていけない」
「厳しくとも最悪の場合を想定し、まず覚悟を決めなければならない。その上で、そこからどれだけ被害を減らしていけるかが防災だ」
いくつもの重い体験談が語られ、命を守る取り組みの大切さを実感した会場は、一体感に包まれた。

主催者のひとりである東京大学生産技術研究所の加藤孝明准教授が最後に締めくくった。
「いくつかのことが浮き彫りになったと思います。自然の力に上限がない以上、リスクと共生していくという意識改革をしなければならないということなど。それぞれ克服するのは難しい問題です。ただ、いちばん難しいのは、関心の薄い人たちを含めて、その意識を地域の中に広げ、深めていくことなのです」
加藤准教授によると、このシンポジウムに参加した人々はいずれも防災意識が高い人たちばかり。だからこそ「気づき」にあふれているが、それを意識の高い人たちだけに留めておいては意味がないのが、果てしない防災の取り組みなのだという。

足立区の北千住駅近くで行われたシンポジウムの帰り。魅力的な居酒屋などがいくつも立ち並ぶ中を、誘惑に負けずに駅に直行するのに骨が折れた。シンポジウムでは、荒川の決壊でこのあたりも建物の2階、3階部分まで水につかるシミュレーション画像が紹介されていたことを思い出す。
この素敵な下町の風情を失わないために。仮に災害によって一時的に損なわれることがあっても、復興にあたる人の命を失わないために、防災の意識は、常に持ち続けなければならない。関心の薄い人たちにも訴えかけるには、ぼくたちメディアの役割はとてつもなく大きい。そんな自覚を新たにした一日だった。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:17:22 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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「バミる」

2013年03月20日 (水)

「バミる」。名詞形にすると「バミり」。この奇妙な言葉を初めて聞いたのは3年前、番組のキャスターを務めることになり、スタジオでリハーサルをしていた時のことだった。漢字をあてると「場見る」ということになるのだろう。
床に5センチほどの長さのビニールテープを「T」の字にして張る。スタジオを切り盛りするフロアディレクター(FD)たちが、カメラマンの注文やスタジオの様々なセットの建てつけなどを勘案し、シーンごとに出演者が立つ場所の目印を付ける作業のことを「バミる」という。

それまで長いこと一線の記者であり、スタジオワークにはあまり縁がなかったぼくは、FDさんたちが交わす、「○○くん、そこバミっといて!」などといったキレのいい会話を聞きながら、オレもプロの世界に来たんだなあ、などと感慨にふけっていたものだ。

その極致を見た。
東京・丸の内の帝国劇場。KinKi Kidsの堂本光一さんが主演する舞台「SHOCK」シリーズが、初演から1000回を達成するというので、堂本さんにインタビューをしに行った。ひとつの演目を単独主演で1000回務めるのは、「放浪記」の故・森光子さんなどにつづいて史上4人目、しかも初演から13年というスピードはまさに快挙である。
堂本さんのひたむきさとストイックなまでの探究心は、ぼくが抱いていたアイドル像をはるかに超えたものであり、その驚きを先週、放送で伝えたが、放送で伝えきれなかったぼくのプチ・ニュースが、この「バミり」のすごさであった。

ステージに上がらせてもらって話を聞いていた時のこと。床一面に無数のビニールテープが貼ってある。そのひとつひとつに「光一」とか、他の出演者の名前が書いてある。役柄と出番に合わせた立ち位置である。
「やっぱり、バミるって言うんですか」と聞くと、
「そうですね。言いますよ」と堂本さん。
どの場面でどの立ち位置をとるか。一歩間違えると、激しいアクションを繰り広げるこの舞台では、大けがにもつながりかねない。演技のひとつひとつがその場所でピタリと決まるように、いったいどれほどの稽古が繰り返されることだろう。

「公演の期間が終わって別の舞台が行われる時、このバミりをはがしてしまうと、次の公演をやるときにまた大変な作業になってしまうんです。だから、ほかの舞台の時はこの上からまた別の板を張って、上演してくれているみたいですよ」
この無数のビニールテープは、役者と演出家が積み上げてきた知恵と努力を象徴するものでもあるのだ。

4月の新年度から、ぼくたちのニュースウオッチ9は少しモデルチェンジをする。キャスター陣の顔触れは変わらないが、リポーター陣は一部入れ替わりがある。新しく始まる午後の番組「情報まるごと」のキャスターとなる小澤康喬アナに代わって、「あさイチ」で活躍している松田利仁亜アナ、ニュース7の担当となる松村正代アナに代わって、徳島放送局から佐々木彩アナが加わり、強力な取材陣を引き継いでもらう。

オープニングの音楽などとともに、スタジオのセットも変わり、オレンジを基軸によりシャープな色合いになる。そしてカメラがもっと自在に、広く動けるように、メインテーブルの位置をやや奥まった場所に移した。スタジオの変更とともに、きょう、まさにカメラマンや演出陣総出で、位置決めの作業を行った。

「○○、そこバミっといて!」とFDさんの威勢のいい声が響いていた。次々と新しい「T」の字のビニールテープが貼られていく。スタジオに新しい命が吹き込まれるようだ。
春が来た。そう実感した春分の日である。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:18:01 | カテゴリ:コラム | 固定リンク
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