2017年1月5日(木)

PRプロデューサー 殿村美樹さん ヒットの原点に過酷な経験

河野
「新年にあたって、ニュースウオッチ9では、困難を乗り越えながら第一線で挑戦を続ける人たちのインタビューをお伝えしています。」

鈴木
「『うどん県』『佐世保バーガー』、そして大人気のゆるキャラ『ひこにゃん』。
多くの人が見たことがあると思いますが、これらのPRを担当したのが、プロデューサーの殿村美樹(とのむら・みき)さんです。
全国各地で数々のヒットを生み出してきた殿村さんなんですが、発想の原点には子ども時代の過酷な経験があったそうなんです。
田中リポーターが聞きました。」

独自のPR手法 “ずらしの発想”とは

大阪市でPR会社を経営する殿村美樹さんです。
独自のPR手法で、ブームを生み出してきた仕掛け人。
その発想とは…。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「王道で考えるのではなく、ちょっと違うところに視点を向ける。
視点をずらす。」

「視点をずらす」とは、どういうことなのでしょうか?。

向かったのは、街の魅力をアピールしてほしいと依頼を受けた静岡市。





殿村さんが注目したのが、桜えびでした。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「すーっと、とけるんですよ。
静岡にこんなお宝が眠っている、興奮した。」


 

桜えびは、地元では生で食べるのが当たり前でした。

しかし殿村さんは、地元以外の人からみたらどうか、視点をずらして発想。

調べてみると、桜えびは傷みやすい一方で、とれる場所が限られ、世界でも生で食べることができるのはこの地域だけであることがわかりました。
その珍しさを売りにしようと、今、外国人観光客も視野に、街をあげたPRが始まっています。

静岡市職員
「えっ『桜えび』って、一瞬びっくりした。
そんなに魅力あるものかと、なかなか気づけていなかった。」


 

この「視点ずらし」でPRを手がけたのが…。

「ひこにゃーん!」

当初の依頼は、彦根城のPR。
しかし、殿村さんは城ではなく、全国的にはまだあまり知られていなかった「ひこにゃん」を前面にだしたPRを提案。




多くの観光客が訪れるようになりました。




 

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「今あるものを活用しながら少しずらすことで新しい世界をひらいた方が、成功する確率は高い。
まったく違うところに行くと再構築しなきゃいけない、一から。」

“ずらしの発想” 原点にいじめ体験

ヒットを生み出す殿村さんの発想。
その原点には、小学校時代のつらい経験があります。
自殺を考えるほどのいじめを受けたのです。

田中リポーター
「もうおうちはないんですね。」

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「ずいぶん前に取り壊して。」


 

いじめのきっかけは両親の離婚でした。
小学5年生の時、収入がほとんどなかった父親を見限って、母親が家を出ていったのです。



 

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「母親がハイヒールで私の顔を蹴って出ていった。
それがすごいショックで。
ハイヒールで『あんたなんかいらん』と蹴られたのは、私の人生の中でものすごい転機になった。
衝撃だった。」

 

複雑な家庭環境、そして貧困。
殿村さんは学校でいじめられるようになり、石を投げられたこともあったといいます。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「まず無視というか、今まで一緒に遊んでいた女の子たちが『遊んではいけないと言われている』と。
誰も一緒にいてくれない、話もしてくれない、ひとりぼっちに。
家もさみしいし、学校も嫌だし、どこにいても嫌だと。
目の前が真っ暗。
行き場がなくて、死んじゃいたいなと思っていた。」

そんな殿村さんを救ってくれた人がいます。

近所で商店を営んでいた、松村キヌヱさんです。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「とぼとぼ歩いていたら、『美樹ちゃんどうした?』と声かけてくれて。
その優しい笑顔で、思わず泣いちゃった。」

いつでも店にいていいと言われた殿村さんは、学校の帰りに店に立ち寄るようになりました。
新たな居場所をみつけたのです。
38年前に亡くなったという松村さん。
彼女に出会っていなかったら、今の自分はないと殿村さんは言います。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「許してもらえるというか、そこにいさせてもらえることが、ものすごくうれしかった。
『真っ暗』と思っていたのは家と学校だけど、違う世界が同じ時間でもあるんだなと。
視点をずらしたら全然違う世界がひらける。
ここで学んだことは、すべての原点。」

阪神・淡路大震災 機に 大企業から地域へ

その後、広告業界に入り、大企業のPRを担当してきた殿村さん。
33歳の時、再び大きな転機が訪れます。




6,434人が亡くなった、阪神・淡路大震災です。
殿村さんは、大きな被害が出た兵庫県西宮市で被災しました。
避難所に通う中で、自分の仕事に疑問を感じたといいます。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「私、何もできなくて。
(食料を)配る手伝いはやっても、私がやってきた仕事、派手にドーム借り切って大イベントやってみたいな、そういうノウハウは一切必要なかった。
無駄だと思った。」

 

殿村さんが強くひかれたのは、復興のために力を尽くす地域の人たちの姿でした。
これをきっかけに仕事の対象を180度変え、大企業中心から、地域を励ます仕事に力を注ぐようになりました。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「やらなきゃって思う。
まだまだ世界に届けないといけない。」

困難を乗り越えて 今 伝えたい思い

いじめ、そして震災。
さまざまな困難を乗り越えてきた殿村さん。
今、伝えたい思いとは…。

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「自分を縛っている固定観念が本当に正しいのか、もう1回考えてみれば救われると思う。」



 

田中リポーター
「変えること、ずらすことは逃げてしまうと思い、踏み出せない人もいると思う。」



 

PRプロデューサー 殿村美樹さん
「『逃げるは恥じゃない』って何かどこかのドラマみたいだが、視点を変えて新しい生活を始めることは全く逃げではない。
同じことでも自分で言いかえてしまえば、それでいい話だと思う。
自分の人生なので、自分を主役に考えたらどうか。」

殿村美樹さん 困難を乗り越えて

河野
「殿村さんの発想の原点に、いじめの経験があったとは驚きましたね。」

田中リポーター
「そうした経験は、殿村さんの人柄にも表れているなと感じたんですね。
取材先の静岡市でも、取材者である私に対しても殿村さんはとにかく相手の良いところを見つけると声に出してほめてくださるんです。
そうすると、こちらもやる気になりますし、すごく話していて安心感があるんですね。
かつて子どもの殿村さんに声をかけた松村さんのように、殿村さん自身も相手を受け入れるような安心感を放っている方だなと感じました。
そしてそれは、そうしたつらい経験をしたからこそ持つようになった雰囲気なのかなと感じました。」

鈴木
「『視点をずらすことは逃げではない』ということばを聞いて、なんだか救われるなという気もしましたね。」

田中リポーター
「私もそう感じました。
殿村さんは大学で講師もしていて日常的に若い人たちと接する機会も多いんですが、今、子どもたちがいじめなどで自殺してしまうことに、とても心を痛めていたんですね。
みずから視点をずらすだけではなく、受けとめてくれる大人や地域の存在も大事だということも繰り返しおっしゃっていました。
私自身、そうやって困っていたり1人になっていたりする人に対して声をかけられるのか、もちろん大事だというのは分かってはいたんですが、殿村さんのお話をうかがって改めて私たち自身も問われていると感じました。」

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