2017年3月6日(月)

“未来へつなぐ” 「人口の7割流出」の衝撃

東日本大震災から6年。
1歩ずつ前に進もうとしてきた被災地。
しかし、課題は今も。
被災地の思いを未来へつなぐために何ができるのか。
シリーズで考えます。
 

河野
「ニュースウォッチ9では今週、被災地の今と向きあい、どう未来へつないでいくかを考えていきます。」

鈴木
「こちらは、NHKが被災した人たちを対象に行ったアンケートです。
岩手・宮城・福島の3県のおよそ1,500人から回答を頂きました。

復興について『想定よりも遅れている』『実感が持てない』と答えたのはおよそ6割。

復興が『進んでいる』などと答えた人は4割近くで、復興が『進んでいる』と答えた人の中で、『地域経済がよくなった』『活気が出た』という答えはわずか1桁でした。」

河野
「被災地では、人口が減る中で復興をどう進めるかが共通の課題になっています。
中でも宮城県石巻市の雄勝地区は、人口の7割以上が流出する深刻な事態に直面しています。」

“7割流出”の衝撃 高台移転も…

伊藤リポーター
「石巻市の中心部から車でおよそ40分、雄勝町にやってきました。
こちらの海からきた津波が6年前この町を襲いました。



この海のすぐそばには、かなりの高さの高台がつくられています。」




 

津波で町の大部分が壊滅した石巻市・雄勝地区。
住民の安全を守るため、高台を切りひらいて住宅の再建が進められてきました。

石巻市が造成した高台はあわせて17か所。
住民の意向をふまえて、およそ200世帯分の住宅地が集落ごとに作られました。
しかし、このうちの1つ、分浜地区では…。


 

伊藤リポーター
「ここには高台移転のため、すでに6世帯分の住宅が建つ区画整理が終わっています。
しかし、住宅は1軒も建っていません。」

再建を目指していたはずの人たちが、戻っていない事態が起きているのです。
震災前4,300人いた地区の人口は、現在1,000人余り。
かつての4分の1にまで激減してしまったのです。
町に戻ってきた人からも不安の声があがっています。
一昨年(2015年)住宅を再建した、佐藤悦子(さとう・えつこ)さん。
今の町は思い描いていた状況と大きく異なるといいます。

佐藤悦子さん
「5年6年たてば町並みができると思っていた。
病院もない、店もない、気分転換する場所もない。
わざわざ帰ってくる必要なかった。」


 

リポート:安藤和馬(仙台局)

なぜこれほど人口が減ったのか。
震災前の雄勝地区は、海岸沿いに集落が点在する水産業の町でした。
市の中心部から遠く、交通の便も良くないこの地区。
震災前から高齢化と過疎化が進んでいました。
そんな町を襲った東日本大震災。
多くの人が便利な街なかへ出て行く道を選びました。

さらに、震災直後に行った住民への意向調査では、半数余りの人が「戻りたい」と答えていましたが、その後20%にまで減少しました。
こうした人口の流出について、市の担当者は、復興の遅れも原因の1つだとみています。


 

石巻市 雄勝総合支所 佐々木正文支所長
「(津波浸水域は)すべて住めない土地に変わったので高台移転を進めたわけだが、それに時間がかかるということで出て行く人が多くなったと思う。」

住民戻らない町で “もう限界”

急激な人口減少によって、暮らしに欠かせない店も立ちゆかなくなっています。
震災後、仮設の店で青果店を営んできた佐藤美千代(さとう・みちよ)さんです。
今月(3月)いっぱいで店を辞めることを決めました。

利用客
「さびしい、みんな。
店がなくなるとさびしい。」

利用客
「やめては困るわけ、やめられると。」

自らも仮設住宅で暮らしながら、造成の続く高台への移転を目指してきました。
しかし売り上げが1日数千円という日もあり、決断を余儀なくされました。

青果店 店主 佐藤美千代さん
「利用してもらってよかったのもあるけど、大変だったことは大変だった。」

常連のお客さんに、あいさつのタオルを配っています。

青果店 店主 佐藤美千代さん
「このたび、店舗と行商を辞めることになりました。」

利用客
「一生懸命、頑張ったもんね。」

青果店 店主 佐藤美千代さん
「46年やりましたから。」

佐藤さんは、完成した高台に住宅を兼ねた店を再建する日を夢見てきました。
そして夫と2人でその未来図をノートに描いてきました。
しかし再建を果たせないまま、一昨年、夫は亡くなりました。



ノートの表紙に書かれていた「未来のハウス」という言葉。
心の支えにしてきたその言葉は塗りつぶされていました。



 

青果店 店主 佐藤美千代さん
「もう少し人口多くて商売する人が戻って来れば、もうちょっと活気づくと思うけど、私自身は、もうこれが限界なんです。」

“希望は見えないけど” 若き自治会長の覚悟

厳しい状況が続く雄勝地区。
それでも町を支えようと、地区に残ることを決めた若者もいます。
30世帯が入居する高台の団地で自治会長をつとめる、阿部晃成(あべ・あきなり)さんです。


 

阿部晃成さん
「(ここが)家があったところ。
いま造成している、いわゆる高台に移転する。」

復興が進まない現実にもどかしさを感じながらも、若い世代が踏みとどまらなければ地域の再生は難しいと考えています。

 

阿部晃成さん
「いま正直いって希望は見えない。
希望は見えないが、ここで諦めたら本当に何も無くなってしまう。
なんとか食らいついていかないと。」

 

阿部さんは、震災直後からグループを作りまちづくりの議論に参加してきました。
町に残る自分たちが外から人を呼び込んで、少しずつにぎわいを取り戻していきたいと考えています。

阿部晃成さん
「できる限り外からIターン・Uターンの人も地域の一員になれるような仕組み作りが一番大事。
10年後20年後にやっと安定して“だれか働きに来ませんか”と言えるような地域づくりをやっていくしかない。」

被災地の“人口流出” どう向き合うか

鈴木
「この6年の間に、避難先で生活の基盤ができてしまった方も多いですよね。
復興への時間がたてばたつほど、こうした現実が浮き彫りになるわけで、どうまちづくりをしていくのかというのは、すごく難しいと感じますね。」

河野
「こういった問題は、この雄勝地区だけではなく被災地のあちこちでみられるんですが、最後に出てきた自治会長の阿部さんは、今後は、漁業や観光産業などで、この地域に外からやってくる人たちにどう関わってもらうかが大事になると話していたということです。
時間はかかるのかもしれませんが、それで何らかの成果があがってくるといいですね。」
 

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