2018年3月1日(木)

「思い出ベンチ」 40字に込めた思い

有馬
「『都会のつぶやき』についてです。」

桑子
「ツイッター、ですか?」

有馬
「いえいえ、こちら。
都内の公園のベンチなんです。」

桑子
「ベンチがつぶやいているんですか?」

有馬
「ベンチに取り付けられたメッセージプレート。
一定の費用を支払えば40字の言葉を刻むことができるんです。
名付けて『思い出ベンチ』。
公園のベンチに刻んだ、それぞれの思いとは…。」

公園ベンチの“つぶやき” 40字に込めた思い

リポート:長山剛(映像取材部)

“うれしい時、つらい時、幸せな時も、このベンチでひと休み、ひと休み”

“人生山あり谷あり 時にはゆっくり座って空見上げ 元気出していこう”

人々の「つぶやき」が刻まれた「思い出ベンチ」。
公園の維持費用などを捻出するために、都が15年前から行ってきた取り組みです。
ベンチは井の頭公園や代々木公園など、都内27か所に作られてきました。
刻まれた「つぶやき」は1,000件近くに及びます。

「初めて知りました。」

「“あいことばは、まってますう!!”。
待ち合わせに使っていたのかな、味があるな。」

結婚したばかりのこの夫婦は、ベンチの中から心に響く「つぶやき」を見つけました。

“結婚45周年記念。ここに幸あり”

「人生の大先輩の人から言葉をいただいたよう。」

「45年たつと、けんかも小さいことなんだなって。」

両親へ そして、ふるさとへ

小金井市の公園です。
この冬、亡き両親への思いをベンチに託した人がいます。
公園の近くに住む山﨑孝子さん、68歳です。
去年(2017年)、父親を97歳で亡くしました。

“楽しい人生だったね。お父さん、お母さん。
ありがとう。いつかまた会おうね。きっと。”

山﨑さんにとって、この公園は両親との思い出が刻まれた大切な場所です。
亡くなった父親は、この公園でひ孫と遊ぶひとときを何より楽しみにしていました。
しかし、去年、体調を崩してからは公園に来ることができなくなり、そのまま亡くなってしまったのです。
山﨑さんは、老人ホームに父親を預け、自宅でみとれなかったことに後悔の思いを抱いてきたといいます。

山﨑孝子さん
「私の家で、最後の最後まで面倒見てあげられたらよかった。
父も母もここに来るのはとっても楽しくしていたので。」

ベンチにメッセージを刻むことで、両親の存在をいつも身近に感じていたい。
孫とともに、「思い出ベンチ」に足を運びます。

山﨑孝子さん
「じいじの思い出がここにあるなと思って、幸せな気持ちになるのよ。
ここでまた、あたたかくなったらお弁当食べようか。」

「思い出ベンチ」に、ふるさとへの強い思いを刻んだ人もいます。
長崎出身の樟山けい子さん、70歳です。
13年前にこのベンチを寄付して以来、折にふれ、ベンチを磨きに訪れます。

“お母さん、ふるさとが有るけん、東京でガンバれるとよ。
『ありがとう』ございます。”

被爆2世の樟山さん。
集団就職で上京する時、差別されることを恐れた母親から「出身地を明かすな」と強く念押されたといいます。
ふるさとへの思いを心に秘めて、半世紀以上、働き続けてきたのです。

樟山けい子さん
「長崎から出てきて、東京で一生懸命負けまいっていう強いハングリー精神じゃないですけど、何事もがんばらんばって。」

この日、樟山さんの言葉を読む男性と出会いました。

佐藤浩吉さん
「これを見るのが楽しみで来ています。」

このベンチによく座るという佐藤浩吉さん。
東北出身の佐藤さんは、病気の治療のため、ふるさとと東京を往復する日々を送っています。
樟山さんが刻んだ言葉が、闘病の支えになっていたというのです。

佐藤浩吉さん
「私もずっと見て歩いてるんだけど、この文章がいちばん、人の気持ちを揺さぶるような文章。」

樟山けい子さん
「ふるさとはやっぱり大きいものです。
偉大なものです。」

多くの人が行き交う公園のベンチに刻まれた「つぶやき」。
40文字に託した大切な思いがありました。

「思い出ベンチ」 あなたなら何を刻みますか?

桑子
「私も代々木公園を通るんですけど、気づきませんでした。
ベンチってほっとする場所ですよね。
そこに座って、まったく知らない人でもそのメッセージがすーっと染みわたってくるんでしょうかね。」

有馬
「自分なら何を書こうか、考えてしまいますね。
東京都は毎年『思い出ベンチ』を募集していて、今年(2018年)は夏以降に受け付けるということです。」

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