2018年9月17日(月)

樹木希林さん 残した“メッセージ”

桑子
「数々の映画やテレビで活躍した俳優の樹木希林(きき・きりん)さんが、一昨日(12日)亡くなりました。
75歳でした。」

有馬
「がんを患いながらも演じ続けた樹木さん。
あるメッセージを残してくれました。」

樹木希林さん死去 最後まで俳優として

一昨日亡くなった、樹木希林さん。
家族に見守られ、静かに自宅をあとにしました。

全身のがんと戦いながら俳優を続けてきた樹木さん。
先月(8月)放送された番組に、肉声が残っています。
骨折のため、急きょ電話での出演になったと報告する中でも、ユーモアを忘れませんでした。

『大中継!にっぽんのお盆』より
樹木希林さん
“うっかりすると、あちらに送られる側にいたかもしれない。”

親交のあった、俳優の浅田美代子(あさだ・みよこ)さんは…。

俳優 浅田美代子さん
「母であり姉であり親友であり、これから先どうしようと本当に思っている。」

樹木さんが出演した映画「万引き家族」の撮影で、自宅を貸した女性です。
厳しい寒さの中、半袖姿で平然と真夏のシーンを演じる姿が印象的だったといいます。

撮影で自宅を貸した女性
「ものすごい演技をしていたし、長時間だったので、あそこまでのエネルギーはあの年齢ですごい。
生きる力をもらった、そんな気になった。」

東京都出身の樹木さん。
昭和39年に民放のドラマに出演し、個性豊かな演技で人気を集めました。
昭和61年に放送されたNHKの連続テレビ小説「はね駒(こんま)」では、高い演技力が評価され、芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。
樹木さんはかつて、自身の演技について、こう話していました。

樹木希林さん
「ちょい役が好きで、自分で『ちょい演女優』ってずっと言っていたのね。
だけど『ちょい演』とか脇役は、瞬時にその人がなんであるかを表さなくちゃならないから、演じるときに、三言のせりふで何を表すかを考えなくちゃならないわけ。
それは人生を一瞬で出していくっていう。
やっぱりときどき、出しすぎてうるさいときありますけど。」

残したメッセージ

樹木さんは、自分を成長させてくれた演技の世界に恩返しをしたいとも話していました。

樹木希林さん
「いろんな悲しみも、ほかの世界で生きているよりは分かったかなと思うと、いろんな形で恩返ししたいなというふうに思う。
何か才能ある人なのに、生きづらかったり、せっぱ詰まったりしている人を見たときに、ちょっとなんか手助けできたらいいなって。」

「生きづらいと感じる人に手をさしのべたい」。
その思いは、子どもたちにも向けられました。
3年前、「不登校」の子どもや親でつくるNPOの呼びかけに応じて行った講演では…。

樹木希林さん
「年をとれば必ず、がんとか脳卒中とか死ねるんだから、無理して死なないでいいの。
自殺するよりは、もうちょっと待って世の中を見ていてほしい。
必要のない人なんていないんだから。
必ず必要とされるものに出会うから。
そこまでずーっといてよ、ふらふらと。」

その内容は「不登校新聞」という新聞にも掲載され、ほかに多くの著名人の言葉が並ぶ中でも一番の反響を呼んだといいます。
編集長の石井志昴(いしい・しこう)さんは、がんも人生の一経験として語る樹木さんの素直な言葉に多くの人が共感したと考えています。

『不登校新聞』の編集長 石井志昴さん
「“人はありのままで生きるしかない”“ありのままで役目があるんだ”ということ。
自分を変えよう、自分をすごく見せよう、“そうじゃなくていいのよ、あなたにはあなたの役目がある”。
生き方、生き様、哲学が皆(の心)にささった。」

映画『あん』より
“アルバイト、これ、本当に年齢不問なの?私ダメかしら。”

“は?”

「必要の無い人なんていない」。
そう語った樹木さんが晩年に主演した、映画「あん」。
ハンセン病の元患者と人々との交流が描かれ、樹木さんは「あん」を作ることが得意な元患者、徳江(とくえ)を演じました。
撮影前、樹木さんは役作りのため徳江のモデルになった女性を訪ねていました。
おりしもきょう、施設では原作となった小説の作者を招いて記念植樹が行われ、樹木さんをしのんでいました。

電話:映画『あん』の主人公のモデル 上野正子さん
「気兼ねなくいらっしゃって、ここで私が作った天ぷらを食べてくれる。
『おいしいおいしい』と言っていた。
『映画をするけど、元気でがんばりましょうね』と言っていた。
ハンセン病に関して理解のある人だと思った。」

監督を務めた河瀨直美(かわせ・なおみ)さんは、次のようなコメントを出しました。

河瀨直美さん
“監督の伝えたいことを瞬時に理解し、具現化できる真の俳優でした。
最後まで女優を演じ続ける姿勢。
その潔さと儚さを、今、かみしめています。
『あん』の徳江さんの最期の言葉を送ります。”

送られたのは、樹木さんみずからが演じた、この言葉でした。

“私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。
だとすれば、何かになれなくても、私たちは、私たちには、生きる意味があるのよ。”

桑子
「樹木さんの演技、とても引き込まれるものがありますよね。
がんと闘うその生き様が、あのすごみだったり、表現力の深さとして表れていたのかなと感じます。」

有馬
「“何かになれなくても生きる意味がある”。
メッセージ、大事にしたいと思います。」

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