2019年2月1日(金)

岩手 大槌町 職員たちの死の真相は

有馬
「東日本大震災から8年になろうとする今、被災地で、異例の調査が始まろうとしています。」

桑子
「岩手県の大槌町では、役場の庁舎が津波に襲われました。
町の職員は、およそ140人。
40人が犠牲になりました。
亡くなった職員たちは当時どんな様子だったのか。
その状況を、町が改めて調べると発表したのです。
なぜ今、こうした決断に至ったのでしょうか。」

職員たちの死の真相は

先週、大槌町の町長が述べたのは。

大槌町 平野公三町長
「トップである私自身が遺族に出向き、状況を伝えるとともに謝罪を申し上げたい。」

震災で亡くなった職員たち40人について、生き残った職員から当時の目撃情報などを集め、遺族に直接伝えると明らかにしました。

なぜ、今になって職員たちの死を調べることになったのか。
大きなきっかけが先月(1月)から始まった旧役場庁舎の解体です。

このままでは、職員の死の真相がわからなくなるのではないか。
解体に先立って職員の遺族たちが平野町長に強く要望しました。

役場職員の娘を亡くした 小笠原人志さん
「遺族の死亡状況とかに対しては、ほぼ何もしなかったといってもいいくらい。
もっと突っ込んで遺族にも説明すべきだ。」

要望した遺族の1人、小笠原人志さんです。
町の職員だった当時26歳の娘を亡くしました。
しっかり者で親思いだった娘・裕香さん。
福祉課で働き、「子どもに寄り添う仕事がしたい」と福祉の専門家を目指していました。

役場の近くで遺体で見つかった裕香さん。
地震を受けて、出先から急いで役場に戻ろうとしていたと見られていますが、どこでどのように亡くなったのか、わかっていません。
小笠原さんは、かつて激励のために娘にかけた言葉を、今も悔やんでいます。

役場職員の娘を亡くした 小笠原人志さん
「“公務員は住民のための奉仕者だぞ”“場合によっては自分の命かけてもやらなきゃいけない仕事もあるぞ”。
“それができるか”と裕香に話したこともあった。
本当に申し訳ない、悲しい、悔しい。」

小笠原さんは娘の死の真相を知りたいという思いを、ずっと抱えてきました。
しかし、復興に励む職員の邪魔をしたくないと、口をつぐんできたといいます。
去年(2018年)の夏、思い切って町に説明を求めましたが、新たな情報は得られませんでした。

役場職員の娘を亡くした 小笠原人志さん
「“車に乗ってきた職員はここで降りて、役場に向かったということです”と。
“そのように聞いてます”という説明で終わり。
正直言って、本当にそれしか調べられないのか。
もっと追求してみたら、もっと具体的に分かるんじゃないか。」

同じ思いを抱えた遺族がいます。
倉堀康さんです。
両親と祖母、それに役場職員だった兄の健さんを亡くしました。

両親と祖母については近所の人から聞くなどして、一緒に津波に巻き込まれたのだろうと知ることができました。
一方、職員だった兄については町から説明がないため、その死の真相がわかっていません。
唯一の手がかりは、地震のあと、旧役場庁舎の前で撮影された写真です。
大勢の職員が災害対応に当たる様子が残されていました。
この中の1枚に兄・健さんの姿が映っていたのです。

倉堀さんは公務中だった兄の死を、いつか町が説明してくれると信じて待っていましたが、8年近くたっても説明はありませんでした。

役場職員の兄を亡くした 倉堀康さん
「遺族としては、どこでどういう動きをして、どういう最期だったか知りたいのは本音。」

職員たちの死 大槌町はどう向き合ってきた

リポート:市毛裕史(NHK盛岡)

職員たちの死に大槌町は、これまでどう向き合ってきたのか。
町では2度にわたって震災対応について検証し、報告書にまとめていますが、職員一人一人の死の状況を明らかにするものではありませんでした。
平野町長は、町として職員たちの死に向き合うことを後回しにしてきたと認めています。

大槌町 平野公三町長
「復興含め緊急時の対応がずっとなされてきたなかで、しっかりと(職員の死に)向き合ってこなかった。
やらなきゃならないことだと思いつつ、後回しになってきたのは事実。」

役場職員の遺族から聞き取りを行ってきた麦倉哲教授です。
麦倉さんが27人の遺族から聞いたところ、ほとんどから同様の答えが返ってきたといいます。

岩手大学 麦倉哲教授
「役場遺族の方々に聞くと、大切な家族がどのように死を迎えたのかわからないという回答がとても多かった。」

麦倉さんは、役場や会社などの組織では責任追及をおそれて情報を明らかにしない傾向があると指摘します。

岩手大学 麦倉哲教授
「組織の中だと誰の責任だとか、誰の賠償とか、そういうことが起こり得るので、そのためにあまり立ち入らない、立ち入られたくない傾向がある。
組織、職場、事業所の被災がひとつの典型。
そこを究明しなくてはいけない。」

兄の死の真相を知りたいと願う倉堀さん。
解体されていく旧役場庁舎の写真を撮り続けていました。

役場職員の兄を亡くした 倉堀康さん
「この庁舎がなくなったからといって終わりではないので、震災を忘れず、同じ過ちを起こさない。
そういうことを伝えていかなければならない。」

震災8年 異例の調査

有馬
「検証して語り継ぐ。
その大事さは、個人も組織も変わらないはずです。」

桑子
「町では、当時を知る職員から情報を集めたうえで、今年(2019年)6月以降に平野町長が遺族を訪問して結果を伝え、謝罪したいとしています。」

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