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2017年11月18日(土)

認知症でも自分らしく

小郷
「520万人いるとされる認知症の人たち。
しかし、認知症と診断された人の中には、病気を受け入れられず、周囲に隠して孤立してしまう人も少なくありません。」


二宮
「そんな中、認知症であることを公表し、社会とつながりながら、自分らしく生きたいと奮闘する人たちがいます。」

認知症でも自分らしく

リポート:松岡康子(NHK名古屋)

名古屋市内で暮らす、山田真由美さん、57歳です。
6年前、若年性のアルツハイマー型認知症と診断されました。
服を着る時、どこに腕を通せばいいのか分からなくなるなど、空間の認知機能が低下。
日常の簡単な動作が難しくなっています。

山田真由美さん
「ここに(左袖の)穴があります。
(左袖)じゃないほうを…、じゃないほうこっちか?
あーやっぱり分からなくなっちゃった。」



シングルマザーとして2人の子どもを育ててきた山田さん。
認知症の症状が現れ始めたのは、2人がまだ大学に通っているころでした。

山田真由美さん
「これ履いて仕事してました。」

給食の調理員として働いていましたが、野菜を切る、食材を数えるなどの作業が難しくなり、職場に居づらくなっていったといいます。

山田真由美さん
「『計算もできないんでしょ?』『数も数えられないんでしょ?』(と言われた)。
できることだってあったんです。
でもやっぱり難しいのかな、みんなに理解してもらうのは。」

そして、仕事を辞めざるを得なくなった山田さんは、家に閉じこもり、孤立を深めていきました。
そんな山田さんが変わるきっかけとなったのは、1年あまり前のある出来事でした。
近所のスーパーで買い物に手間取っていた時、店の人に声をかけられ、思い切って認知症であることを伝えました。

店員
「お財布預かります。」





すると、店の人が袋詰めの作業やお金の支払いなど、山田さんがうまくできないことを手伝ってくれるようになりました。

店員
「かばんの中にいれていいですか?」

山田真由美さん
「ありがとう。」

勇気を持って周りに伝えれば、たくさんの助けを得られる。
人とのつながりを取り戻していったのです。

山田真由美さん
「みんなの支えと自分のあと一歩の勇気。
それがあれば、毎日毎日笑って暮らせると思います。」

国は、認知症の人が、今後10年以内に700万人を超えると推計。
認知症になった人の就労支援や孤立防止の対策に取り組み始めています。

当事者として活動を始めた山田さんも、検討会議に招かれました。

山田真由美さん
「働けるうちは絶対働いたほうがいいと思うんですね。」

仕事を辞め、居場所を失った自らの経験から、認知症になっても働き続けられる社会になってほしいと訴えました。
認知症でも働ける。
そのヒントとなる事例が、沖縄県那覇市にあります。

2年前に認知症と診断された、大城勝史さん。
自動車販売店で洗車の仕事をしています。
大城さんの職場では、認知症の講習会を開いて、社員に理解を深めてもらい、サポートできる環境をつくっています。


「オーケー、オーケー!」

大城さんは記憶力が低下し、1日前のことも覚えていられません。
いつも通う会社への道順も忘れてしまうため、常に地図を持ち歩いています。

家族が作ってくれた地図には、目印となる場所の写真と、向かうべき方向が書き込まれています。

大城勝史さん
「会社の看板も見えたから、もう大丈夫です。」




会社は、認知症で疲れやすくなった大城さんのため、1日2回の仮眠時間を設け、勤務を週4日に減らす体制を組みました。




沖縄トヨペット 城間盛徳専務
「会社としての負担というのは、正直、特に感じておりません。
一緒に働く社員が(彼の認知症を)理解してますから、それが理解できれば難しいことはない。」



この日、山田さんのもとを息子の翔大さんが訪ねてきました。
翔大さんの結婚式が近づいてきたためです。




息子 翔大さん
「(撮影用の)和装のやつです。」





山田真由美さん
「やっとお嫁さんをもらうときがきて、(母親として)1つ終わったなっていう感じで、うるうるきますね。」

山田さんと家族は、病の進行という厳しい現実と向き合っています。
一緒に食事を準備していた時。

息子 翔大さん
「2枚。」

山田真由美さん
「2枚ね。
ちょっと無理っぼいかな。」

できないことが増えていく山田さん。
お皿を取り出すことさえ、うまく行えなくなっていました。

山田真由美さん
「いただきます。」

進行を止めるのが難しい認知症。

息子 翔大さん
「何やるにも1人では難しいことが増えてきているので、できないことがあるんだったら、僕もそうですし、妹も含めて助ければいいのかなと。」




翔大さんの結婚式当日。

「おめでとう。」

山田さんは、式場のスタッフに認知症であることを伝え、着席や食事の手伝いをお願いしていました。


ステーキは山田さんの分だけ、食べやすく切ってくれていました。
山田さんは、認知症でも自分らしく生きていこうと決めています。

息子 翔大さん
「今、難しい病気と闘っているなかで、負けずに明るく毎日やっているっていうのは、尊敬できる母親です。
ありがとうございます。」

山田真由美さん
「自分が笑顔でいることによって、次の認知症になった人に、この人こんなに笑顔なんだって、頑張ってるんだって伝えたいですね。」




二宮
「認知症であることを公表する、かなり勇気のいることかもしれませんが、やはり、この先どうなってしまうんだろうという不安も1人で抱え込むことになってしまうと思うんですよね。
周りがそれを知って理解しようとすることで、生活面のサポートだけではなくて、気持ちの上で、精神面でもサポートになるんでしょうね。」

小郷
「山田さんの笑顔がとても印象的でしたよね。」

二宮
「沖縄の大城さんは現在、会社と相談して、パート勤務という形態をとって勤務を継続しています。
そして山田さんは、かつての自分のように引け目を感じている人の力になりたいと、各地で講演活動を行っているとのことです。」

小郷
「このお2人のように社会とつながり続けるということは、自分の役割を実感でき、認知症の進行を遅らせるのではないかと見ている専門家もいます。」

二宮
「何よりも、認知症の人たちの働き続けたいと願う気持ちを大事にした『支援』の仕組みが、もっと広がるといいですよね。」

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