これまでの放送

2019年3月18日(月)

証言ドキュメント 側近が語る 激動の1日の舞台裏

高瀬
「新しい元号の発表まで、あと2週間となりました。」

和久田
「おなじみの記者会見は、昭和天皇の崩御の発表から7時間後に行われました。
これまで元号は天皇が決めていましたが、『平成』は内閣が決定し発表したのです。
大化の改新の『大化』から『昭和』まで、元号決定の歴史の中で初めてのことでした。
この一大行事を取り仕切ったのは、当時の総理大臣、竹下登さんです。」

高瀬
「側近たちの証言から、改元の日の舞台裏が明らかになりました。」

昭和天皇崩御 激動の1日の始まり

リポート:佐久間慶介・内田幸作(政治部)

竹下元首相の秘書官 上野治男さん
「竹下総理から“お年がお年だから、その時に困らないように。書かれているシナリオどおり、きちんとやってくれよ。あるいはそのとおり進んでいるかどうかをチェックを怠るなよ”と(指示を受けていた)。」

警察庁出身で当時、竹下総理大臣の秘書官だった上野治男。
今回初めて“あの日”の竹下の様子を振り返った。
“あの日”とは…。

まだ夜も明けない、午前6時15分。
上野は竹下と一緒に皇居に向かった。
竹下には覚悟ができていた。
昭和天皇の容体について、宮内庁から連絡が入っていたのだ。

竹下元首相の秘書官 上野治男さん
「(宮内庁から)きょうは今までと違う、かなり緊迫しているようだと。
竹下さんが我慢できなくなって、6時すぎくらいに“もう出よう”と。」

吹上御所の寝室に駆け込んだ竹下。
その時、目にしたことをこう語った。

竹下元首相の秘書官 上野治男さん
「総理が話をしたのは、“寝室でお休みになっているところに入ったら、皇太子ご夫妻と医者と看護婦だけだった。もう全部、直立不動だけど、首はうなだれている”と。」

昭和天皇は、すでに亡くなっていた。
しかし、まだ公にされていなかった。

竹下元首相
「ご拝謁をして参りました。
静かにお休みになっていました。」

「陛下のご病状については?」

竹下元首相
「報告は受けておりません。」

それから1時間後…。

NHKニュース キャスター
「天皇陛下におかせられましては、本日午前6時33分、吹上御所において崩御あらせられました。」

この瞬間から、竹下の決してミスの許されない「元号の決定」の舞台の幕が切って落とされた。

竹下元首相の秘書官 上野治男さん
「その時間からあとは、もう戦争ですよ。」

元号決定 失敗の許されないシナリオ

竹下は、崩御の発表から7時間後には新しい元号を発表するスケジュールを組んでいた。
当時の記録から、元号発表までのスケジュールをまとめてみた。
7時間のうちに閣僚や有識者に新しい元号の了解を得ないとならない。
この手続きが長引けば、国民への発表も遅れる。
それだけは避けたかった。

手続きをいかに順調に進めるか。
竹下は、数か月前から、事前に示されていた3つの元号のうち、“平成”を本命視していたという。
竹下のもとで選定にあたった事務方の責任者も、この2文字から温かさを感じていたようだと指摘した。

元号決定の実務を担当 的場順三さん
「決めるのは竹下先生ですから、時の内閣総理大臣ですからね。
平和になる。
平和が満ち満ちるというのは悪い意味ではない。」

手続きの中で、竹下が最も気を遣ったのが、有識者の会議だった。
各分野の代表者が続々と集まる。
ここでの議論が長引けば、発表が遅れる。
竹下に会議のまとめ役を一任された的場は。

元号決定の実務を担当 的場順三さん
「3案を出して、“これ(平成)がいいと思います”とこっちが言う。
“これがいいですね、お願いします”と言って、“よろしゅうございますか”と」

そして、竹下の狙い通り新しい元号は「平成」に決まった。

あまりに有名になりすぎた会見

小渕官房長官(当時)
「新しい元号は、『平成』であります。」

クライマックスを迎えた元号の発表。
しかし、これには後日談がある。

実は元号の発表は、誰が行うか決まりはない。
そこで竹下は、当時の官房長官・小渕と事前に話し合い、この会見の役を小渕に任せることにした。
上野の後輩にあたる警察庁出身の小渕の秘書官は。

小渕官房長官の秘書官 石附弘さん
「10月頃ではなかったかと思いますけれども、僕の記憶では小渕長官が竹下総理のところに相談にいかれて、“政府の唯一のスポークスマンである官房長官が発表すべきだ”と。」

この時は、この場面がのちにこれほどまで脚光を浴びるとは想像もつかなかった。

平成がスタ-トしてしばらくしたのち…。

小渕官房長官の秘書官 石附弘さん
「小学生低学年の男の子だったのかな、小渕長官を指差して“平成おじさん”と。
突然、道歩いている男の子が、そのように言うわけですよ。」

元号決定の実務を担当 的場順三さん
「“平成おじさんがいる”と言って、向こうから女学生が来た。
竹下先生はてっきり自分のところに来ると思っていたが、みんな小渕さんの方に行く。
“小渕ちゃんはこれを(発表)やって、平成おじさんになっちゃった”と、ぐちぐち言われた。」

今となっては、竹下がどう思っていたかは分からない。
しかし、竹下の長女・一子は、ひょっとしたら小渕に妬いていたかもしれない、と。

竹下のモットーは、「手柄は他人に(ひと)譲りましょう、みずから汗をかきましょう」。
“あの日”は、いかにも竹下らしい1日となったと、一子は振り返っていた。

Page Top