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2019年6月5日(水)

“もっとも若い被爆者” 核なき世界への訴え

和久田
「1万4,500発。
何の数字かわかるでしょうか。
実は、地球上に存在すると推計される核弾頭の数です。
アメリカとロシアで、実に9割以上。
ほかにもフランスが300発、イギリスと中国が200発以上。
さらにインドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮も核兵器を保有していて、核軍縮が進んでいないのが現状です。
こうしたなか、国連で核兵器をいかに削減するか話し合う、NPT=核拡散防止条約の会合が開かれました。」

高瀬
「今回そこに、母親のおなかの中で被爆した『胎内被爆者』が出席しました。
原爆を知る人たちが年々減るなかで、“最も若い被爆者”とも言われています。
“核なき世界”に向けた、訴えです。

奪われた“青い空” 訴える核の脅威

報告:野中夕加(NHK広島)

アメリカ、ニューヨークの国連本部。
4月末から先月(5月)上旬にかけて、およそ190か国の代表が集い、核軍縮について話し合いました。

濱住治郎さん、73歳。
胎内被爆者です。
今回、被爆者団体を代表して出席しました。

胎内被爆者 濱住治郎さん
「被爆者の苦しみ、病気への不安、子や孫への不安は消えることがありません。」

74年前、広島の町を一瞬で焼き尽くした原爆。
濱住さんの父・正雄さんは、爆心地から500メートルの所にあった職場で被爆し、亡くなったとみられています。

職場の跡地からは、がまぐちの財布とベルトの一部、そして、熱線で溶け落ちた鍵だけが見つかりました。
濱住さんは、原爆投下の翌日から正雄さんを探し回った母親の、おなかの中で被爆しました。

母親から、父・正雄さんのことや、みずからが胎内被爆者であることを伝えられて育った濱住さん。
父親が原爆で亡くなったのと同じ49歳になったとき、突然命を奪われた無念さに、思いをはせるようになったと言います。

胎内被爆者 濱住治郎さん
「私がおなかにいることも、わかっていたと思う。
原爆とわからなくて死んでいったときに、いろんな思いが父の中にもあったんじゃないか。
父と生まれ変わった感じで現在まで生きてきて、父のことを忘れた日はありません。」

濱住さんは直接の被爆体験がなくても、自分には原爆の悲惨さを伝える義務があると考えるようになったのです。
国連の会合では、これまでは、直接の被爆体験がある人が核兵器廃絶を訴えてきました
しかし高齢化が進むなか、今回初めて胎内被爆者である濱住さんがスピーチを行うことになりました。

濱住さんは、あることばを用意していました。

“青い空”

あの日、父親の頭上に広がっていたのは晴れ渡った青い空。
それが、瞬く間にキノコ雲に覆われました。
そこから今に至るまで、青い空を奪う核の脅威は続いたままだと濱住さんは考えました。

「ミスタージロウ・ハマスミ。」

胎内被爆者 濱住治郎さん
「戦争は終わっていません。
なぜなら、いまだに世界に1万4,500発もの核兵器が存在しているからです。
核兵器も戦争もない『青い空』を世界の子どもたちに届けることが、被爆者の使命であり、全世界の大人一人ひとりの使命ではないでしょうか。」

ところが、核保有国からの発言は濱住さんにとって厳しいものでした。

核保有国 アメリカの代表
「単に核兵器を削減したり、なくしたりすればいいというわけではない。
なぜなら安全保障には、さまざまな課題があるからだ。」

濱住さんは議場の外でも働きかけました。
このうち核保有国のイギリスには、父親の写真を見せ、その無念さを訴えました。

胎内被爆者 濱住治郎さん
「原爆は絶対、人間にとって許すことはできません。」

核保有国 イギリスの代表
「核なき世界が実現すれば私たちの未来は、よりよいものとなるだろう。
しかし、残念ながら近道はない。
核はすでに存在するのだ。」

今回の会合では各国の意見が対立し、合意文書すらまとまりませんでした。
濱住さんの訴えが、いかされることはありませんでした。

核廃絶への願い 次世代へのバトン

濱住さんは、ある取り組みを続けています。
大学生との交流を重ね、みずからの経験を伝えることです。

胎内被爆者 濱住治郎さん
「まだまだ原爆がもたらtしたものは(国際社会は)十分理解しきれていない。」

先行きが見通せない核廃絶への道。

濱住さんは、次の世代へと確実にバトンをつなぐ事が、“最も若い被爆者”としての使命だと感じています。

胎内被爆者 濱住治郎さん
「核抑止、核兵器で覆われた空をなくしたときに、本当に青い空がある。
被爆者だけでは進まないので、(核廃絶の訴えを)いろんな方々の力をもらいながら進めていく。」

高齢化する被爆者

高瀬
「取材した広島放送局の野中記者です。
核軍縮をめぐる厳しい現実の中で、被爆者の願いを届けるのは、やはりなかなか難しいことですね。」

野中夕加記者(NHK広島)
「最近では北朝鮮の非核化をめぐる交渉が難航していますし、アメリカとロシアが中距離核ミサイルをめぐって対立するなど、核兵器廃絶を願う被爆者の切実な思いとは逆行する動きが相次いでいます。
しかし、濱住さんはこうした状況だからこそ、ひとたび核兵器が使われればどうなるのか国際社会に訴え続けなければならないと、決意を新たにしていました。」

和久田
「そのためにもまず語り継ぐことが必要ですが、今年(2019年)で原爆投下から74年となり、被爆者が少なくなる中でどうバトンを繋いでいけばよいでしょうか?」

野中記者
「まさに、非常に大きな課題です。
被爆者の平均年齢は82歳を超え、次第にこれまでのような活動ができなくなる人も増えています。
こうした中で広島市では、高齢化する被爆者に代わってその体験を語り継ぐ『伝承者』の育成に力を入れています。
今年度は、およそ130人が活動し、修学旅行生や観光客などに証言をしています。
今後迎える被爆者がいない時代に向けて、直接原爆を知らない世代が被爆者の思いを確かに継承していくことがますます重要になっていると感じます。」

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