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2019年6月13日(木)

液体ミルク こんなところでも…

高瀬
「こちら、赤ちゃん用の『液体ミルク』です。
母乳が足りない時などに飲ませるものですが、常温で保存が可能なため、このままほ乳瓶に移して飲ませることができます。」

和久田
「海外では40年以上前から普及していますが、日本で製品化されたのは、今年(2019年)の3月。
それまでは、作るのに一手間かかる粉ミルクしかありませんでした。
発売から3ヶ月、液体ミルクは親の負担軽減だけでなく、思わぬ広がりを見せています。」

液体ミルク 発売3ヶ月 思わぬ広がり

生後3ヶ月の娘を平日の日中1人で育てている、牧田理恵さん、43歳です。
母乳をあげていますが、飲み足りないときには、ミルクを足しています。

粉ミルクを作ることもありますが、スプーンで正確に量を量り、70度以上のお湯で溶かしてから、さらに、飲める温度まで冷ます必要があります。
夜中も数時間おきに泣き出し、体力的にも精神的にも追い詰められたと言います。

牧田理恵さん
「産後うつとまではいかなかったけど、精神的にすごくつらかったです。」

そこで、牧田さんは余裕がないときに、液体ミルクを使い始めました。
滅菌されているため常温で保存でき、ほ乳瓶に移しかえるだけですぐに飲ませることができます。

牧田理恵さん
「すぐに飲ませられて、おとなしく泣きやんでくれる。
それが一番ほっとしてうれしいです。」

家族の意識も変わり始めました。
夫も夜間の授乳を進んで引き受けるようになり、さらに、高齢のため育児を手伝えないと言っていた牧田さんの両親も、授乳に挑戦。

牧田理恵さん
「またミルクも飲ませてね。」

積極的に、孫の世話をするようになりました。

牧田さんの父 敏秋さん
「ミルクによって(育児が)難しくないという考えが出てきて、いつでも手助けしようという気持ちになりました。」

牧田理恵さん
「預けることができるという安心感もあるし、精神的にも安定するので、さらに子育てをがんばれるといういい循環になると思います。」

さらに、慢性的な人手不足に悩む職場の環境も変え始めています。
都内にある総合病院の産婦人科病棟です。

19床のベッドは常にほぼ満床です。
特に夜間は3人で、分べんや急患など、あらゆる事態に対応しなければなりません。
母乳育児を推進していますが、先月(5月)から、夜間母乳が足りない人に液体ミルクを使用しています。

スタッフ
「ミルクお持ちしました。」

人手が少ない中でも、待たせることなくミルクを渡すことができ、スタッフに余裕が生まれました。

スタッフ
「いまから来られます、破水です。」

その結果、スタッフがそれぞれの業務により集中して臨めるようになったと言います。

産婦人科病棟 出嶋明美看護師長
「こちらのベビーが泣いている、お母さんが(ミルクを)要求されているという気がかりを残しながら、分べん対応は危険性にもつながるので、すごく大きな改善につながっている。」

液体ミルク 実現の裏に 4万人の切実な声

海外では40年以上前から広く普及してきた液体ミルク。

しかし日本では、製品の衛生基準がなく、メーカーもニーズが把握できていないとして、開発されてきませんでした。

製品化のきっかけの1つを作ったのは、ある女性でした。
末永恵理さんです。

末永恵理さん
「これが署名。」

5年前に長女を出産したときに海外に液体ミルクがあることを知り、日本でも発売してほしいと署名を集め始めました。

すると「のどから手が出るほどほしい」、「1分1秒が本当に大切」、「次のママ・パパのために」など、「あんなに大変な思いをしてほしくない」と、授乳期を終えた人たちからも、4万を超える声が寄せられました。

授乳期間が限られ、当事者が毎年のように入れ代わるため、ニーズがこれまで埋もれてきたと末永さんは感じました。

末永恵理さん
「すごく大変だったなと思っても、そこが終わると次に大変なことがくるので、もうミルクに関することは振り返らないということもあって、今まで改善されずにずっと粉ミルクだけで日本はきたという面もある。」

この声を自分が届け続けなければ、また忘れられてしまう。
末永さんは育児の合間を縫って、国やメーカーなどを根気強く回り、必要性を訴えてきました。
さらに、3年前の熊本地震の際、海外から支援物資として液体ミルクが届き、その重要性が広く知れ渡りました。

こうして、日本でようやく液体ミルクが製品化されたのです。

末永恵理さん
「声を上げることは決して“わがまま”ではなくて、変えていく“一歩”になるかもしれない。
周りの方に、不便を感じているんだよって思っていることを知ってもらうことが、改善の第一歩になる。」


和久田
「末永さんは、勇気を出して声をあげてみたら、国や企業も、思った以上に耳を傾けてくれたと話していました。
やはり、当事者として『次の世代に先送りしたくない』という気持ちが、世の中を動かしたというわけですよね。」

高瀬
「そういったケース、ほかにもありまして、今ではすっかり当たり前になった地下鉄のエレベーターですが、かつて車いすの人たちが『地下鉄に乗りたい』と声を上げたことがきっかけでした。
今では、高齢の方、ベビーカーを押す方、私たちも重いスーツケースを持った時には、ありがたい存在ですよね。
勇気を出してあげたその声が、当事者だけではなくてほかの人たちの支えになって、社会をより優しくしてくれる、そういったことにつながっているんだなと感じます。」

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