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2019年6月16日(日)

隈研吾さん 木に託す未来への思い

東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場。
完成まで、あと5か月余り。
特徴的な軒裏の木も、先月(5月)から姿を現しはじめました。


デザインを手がけたのは、建築家、隈研吾さんです。
先月、紫綬褒章を受章するなど、長年第一線で活躍してきました。
その評価を後押ししたのは、木へのこだわりでした。

建築家 隈研吾さん
「これ変だな。
“2個イチ”にした方が良い。
できるよね。」

なぜ「木」を使うのか。
その原点を語ります。

新井
「新国立競技場、だいぶできあがってきましたね。」

石橋
「木のぬくもりが感じられる隈研吾さんの建築。
そこに込めた思いや未来へのメッセージなどについて、隈さんの事務所でお話を伺ってきました。」

新国立競技場への思い

石橋
「新国立競技場、できてきましたね。
ご自身がデザインされたものが、いま形になっていますが、いかがですか?」

隈研吾さん
「そうですね、ドキドキしますね。」

新国立競技場のすぐそばに事務所を構える隈さん。
日々、完成していく様子を見つめています。

隈研吾さん
「僕の通勤路があの脇なので、こう見上げながら。
結構光の当たり方でもいろいろな表情を見せる建物で、通る時間帯によっていろいろな顔を見せてくれるので。」

石橋
「昨日、私も下に行って見てきたんです。
そうすると、上からと違って、下から見たときに木材が並んでいて、新鮮で。」

隈研吾さん
「今回は杉を使ってるんですね、日本の47都道府県全部の木を使おうっていうことで。」

石橋
「47都道府県すべてからというのは、こだわりがあったんですか?」

隈研吾さん
「もちろん杉の産地っていくつかあるんですけど、そういう産地以外にも、日本中でとれるんですよ。
だから、日本中が参加したっていう感じが、オリンピックみたいなイベントにはふさわしいんじゃないかなと。
このスタジアムに来て、『あ、おれんとこの木、あのへんだ、あそこだ』とか、そういう感じで皆さんがある種、自分もちょっとだけ参加したみたいな感じを持っていただけるとうれしいなと思いました。」

“木へのこだわり”への原点

隈さんが、建築家として注目され始めたのは30年ほど前。
個性を打ち出した高いデザイン性で頭角を現していました。
当時、設計した自動車会社のショールームでは、全面的にコンクリートを用い、バブル経済への皮肉を奇抜なデザインで表現しました。
しかし、当時の評判はいまひとつ。
世間には受け入れられず、これ以降、仕事の依頼が激減していきました。

隈研吾さん
「いろいろ悩んでいて、これからどういうふうに建築つくったらいいのかなとか、そもそも建築の仕事をこれから続けていかれるのかなみたいな、そういう時期で。
すごいビルがどんどん建って、みんなデザインで競争しているから、なにしろデザインで目立たなきゃいけないみたいな、そういうような気持ちで。」

そんな隈さんの価値観を変えたのが、高知県の梼原(ゆすはら)町での出会いでした。
知人の紹介で訪れた町の芝居小屋。
木造建築ならではのたたずまいや、木目の美しさに魅了されました。

隈研吾さん
「その芝居小屋がバーッと現れたときの風景って今でも忘れられないんですけど。
木で、なおかつ細い材料をうまく組み合わせてつくっているところがね、『ああ、こういうすてきな、日本人らしい繊細な木造が、こんな山の中に残ってたなんて奇跡だな』と思って、それですごく感動して。
『こういう方向があったんだ、こういう建築つくれたらいいな』みたいな光が見えた、そういう一瞬でしたね。」

そのときの縁で、町から依頼され、隈さんは初めての木造建築を手がけます。
作ったのは町の交流施設。
製作を進めるうちに、素材としての木のおもしろさに気づいていきました。

隈研吾さん
「コンクリートってね、こんな形にしたいって図面を描いて、その形にコンクリートを流しこめば自動的に隙間もふさがれるし、隙間のない強い建物がコンクリートだと割と簡単にできるんですけど。
木造ってね、すごく深くて。
木が生き物だからと僕は思います。
木というのは温度湿度が変わると、切ったあとでいろいろ動くわけですよ。
自分がこういう形をつくりたいとか、自分中心に考えちゃダメで、木の方に自分が寄り添って設計をしないと、いい木造建築ってできないんですよね。」

これをきっかけに、次々に木を取り入れ始めた隈さん。
大工や製材業者など、木造建築には欠かせない職人技を持つ人々との交流を深めていきました。
そうした出会いで知った伝統工法など、人々が培ってきた知恵が、隈さんの建築の可能性をさらに広げていったのです。

2010年につくった愛知県の研究所では、飛彈地方で継承されてきた「千鳥格子」という工法を取り入れました。
高知県のミュージアムでは、寺などで使われる「斗(と)きょう」という伝統的な組み方を使用し、高い評価を受けました。

石橋
「一連の経験を通して隈さんが学ばれたこと、思われることはありますか?」

隈研吾さん
「自分ひとりで考えないってことなのかな。
木に挑戦するときも、いろいろな人に聞くわけですよ。
木造っていうのはそうやって、そもそもみんなでつくっていくものだと思う。
一人でつくる彫刻とかと違って、いろいろな人が自分の知恵を出し合って、自分の技を出し合ってつくっていくのが木造だと思いますね。」

石橋
「それが、隈さんの建築から受ける温かみにもつながっているのかもしれないですね。」

木に託す 未来へのメッセージ

今年(2019年)、65歳となる隈さん。
母校で長年にわたって務めてきた教授を、今年度で退官します。

隈研吾さん
「木造というのはすごく未来的なシステム。
古くさい、カビくさいものではなくて、非常におもしろい、未来の建築のヒントがたくさんある。」

人と人とを結ぶ木の持つ可能性を、若い世代へ伝えています。
まもなく完成する新国立競技場でも、隈さんは、未来へのメッセージを託します。

隈研吾さん
「20世紀の建築家というのは、ある種“アーティスト”で、自分の作品をつくればいいみたいな感じでつくってきたんですけど、僕自身もそんなところからスタートしたわけですけども。
これからの時代というのは、ちょうど20世紀が終わって、その前の時代の、それぞれの場所の材料とか人間の技とか、そういうものの価値が見直される時代になると思うんです。
そういう時代の大転換に僕らはいると思っていて。
そういう大転換を象徴するようなものに、木のスタジアムがなってくれたらいいなという気がしていますね。」

新井
「各地の木がスタジアムに使われていると知ると、ぐっと身近になりますよね。」

石橋
「まさにそこが隈さんのねらいで、木には多くの人々を結びつける力があるとおっしゃっていました。
この競技場が、国の内外から訪れる人々をつなぐ存在になってくれたらいいなと思います。
新国立競技場は今年11月末に完成予定です。」

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