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2020年3月10日(火)

福島 避難指示一部解除も住民は…

東京電力福島第一原発から7キロあまり離れた富岡町にあるJR夜ノ森駅。3月10日午前6時、立ち入りが厳しく制限されていた帰還困難区域の避難指示が解かれました
ただ、今回入れるようになったのは駅前の広場や周辺の道路1点1キロの区間だけ。住宅があったエリアの避難指示が解除されるのは3年後の2023年で、今回は“帰還なき避難指示の解除”です。
9年という時間を、ここに住んでいた人たちはどう受け止めているのでしょうか。

避難指示 一部解除も “ふるさとに戻れない”

夜の森地区で生まれ育った中田寛さん、64歳です。
現在、郡山市で暮らしていますが、たびたび許可を取って、夜ノ森駅前にある自宅の様子を見に通っています。

夜の森地区出身 中田寛さん
「現実的には帰ることは難しいのではないか。具体的には考えられない。」

今回、避難指示が解除された駅前の通り。
2週間前に許可を得て訪れたときは、親しかった近所の人たちの店や家が解体されている最中でした。
自由に通れるようになったのは道路だけ。
中田さんは、まだ帰還へのスタート地点にも立っていないと感じています。

夜の森地区出身 中田寛さん
「第一歩といえば第一歩なんだと思うんですけど、復興の。ただ、われわれにしてみれば、全面解除にならないと。“復興が始まった”という感じにはなれない。」

そんな中田さんにとって、昔から変わらない「心のよりどころ」があります。
駅近くの通り沿いに2キロ余りに渡って伸びる桜並木です。
植えられたのは明治時代にさかのぼり、長年、地域のシンボルとして親しまれてきました。

夜の森地区出身 中田寛さん
「生まれた時からあるので、自分が育つときに当たり前のように毎年咲いていた。桜の時期になると、(住民は)みなさん思い出すのでは。」

原発事故のあと、立ち入りが制限されてきた桜並木。

3年前に一部分で避難指示が解除されて、桜まつりが復活しました。
中田さんは去年、実行委員として桜まつりの開催に携わりました。そこで再会したのは、長年会っていなかった地元の仲間たち。中田さんの表情も緩みます。

夜の森地区出身 中田寛さん
「お互いうれしいですよね。第一声は『元気だったかい?』『今どこに住んでいるの?』が決まり文句。(桜が)夜の森、ふるさとを思う心をつなぎとめる役割にはなっていると思います。」

将来、夜の森に戻るか、まだ決められないという中田さん。それでも、夜の森のことを思い続けています。

夜の森地区出身 中田寛さん
「空気みたいに、空気がないと生きていけないように、ふるさとの重み、意味というのは、口では表現できませんけど、その人その人にとって大事なところだと思います。」

「復興五輪」とは…福島 被災地の思い

こうした中、3月26日には、政府が「復興五輪」と位置づける東京オリンピックの聖火リレーが福島からスタートします。
初日は、福島第一原発がある沿岸部、浜通りの10市町村を走ります。復興する福島の姿を内外に発信しようという「復興五輪」の聖火リレーを複雑な思いで受け止めている人もいます。

震災前まで福島県沿岸部の浪江町で暮らしていた佐々木茂さんです。
自宅は「帰還困難区域」のままで戻れる見通しはまったく示されていません。

かつてよく訪れた浪江町の中心部は、3年前に避難指示が解除されたあと空き地が増え続けています。

佐々木茂さん
「その角には八百屋さん、ここには時計屋さん、そこには酒屋さん。向こうの山岸までは家がいっぱいあった。今では解体されて山の方まではっきり見える。」

佐々木さんは、この風景の中で聖火リレーが行われ、復興が途上だと伝えてほしいと考えていました。
しかし、浪江町でランナーが走るのは。

完成したばかりの、未来のエネルギー、水素の製造施設。
この施設の付近で600メートルを走ります。およそ4キロ離れた町の中心部はルートに選ばれませんでした。
佐々木さんはここに疑問を感じています。

佐々木茂さん
「昔の姿に戻してほしいというただ一点が大事。工場とか新しい建物というのは、私たちが欲しがっていたものではありません。家が取り壊されて、少なくなった家並みを多くの人々に見ていただき、世界の人々に発信をしていただきたかった。」

NHKが福島の被災者に行ったアンケートです。
「復興五輪」と位置づけられる東京オリンピックに対し、「良いところばかりアピールしすぎている」など、厳しい意見もありました。
復興に役立つと思うか尋ねたところ、「役立つと思う」と「どちらかといえば役立つと思う」があわせて33%だったのに対し、「どちらかといえば役立つと思わない」と「役立つと思わない」があわせて61%と1.8倍になりました。

自治体の職員など、オリンピックを復興に役立てたいという人たちの間にも戸惑いが広がっています。

夜の森の桜がある富岡町の担当者は、初日に行われる聖火リレーを盛り上げようと知恵を絞りました。
ゴール地点での撮影向けに、桜を見に町に来てほしいと訴えるボードづくりを計画。

しかし、ストップがかかりました。
多くの人が集まるゴールに置けるのは、原則、大会組織委員会やスポンサーなどが準備したものだけ。富岡町は自分たちのアイデアは「便乗して行う宣伝活動」とみなされたと見ています。

交渉の結果、ゴール地点ではなく沿道に限るという条件で、手でたたく応援グッズと横断幕が何とか認められました。

各地の被災地で「便乗を防ぐ」とする厳しい制約が同じように課されています。

富岡町 聖火リレー担当 山口正幸さん
「『厳しい』という回答をいただいた。できる範囲で最大限やらせていただこうと。」

専門家は地元の思いを反映し、福島の現状を幅広く発信できるようになるべきだと指摘します。

立命館大学 開沼博准教授
「地元は頑張ろうとしているところを支える動きはもっと具体的に出てくるべき。より孤立化し、よりつらい思いにいる人が総合的に見えたとき、復興五輪が地に足がついたものになる。」

震災から9年がたつ中で福島の被災地に来てもらい、これまでの支援に感謝を伝えたいという声を多く聞きますが、このままでは多くの人に訪れてもらうことは難しいのが現状です。
原発事故の避難指示が解除された地域では、聖火リレーは行われるものの、大会の競技は開催されませんし、地元から情報を発信することにも多くの制約があります。
オリンピックを通じて多くの人に福島の現状を見てもらえるよう「復興五輪」を掲げる国や組織委員会が地元と協力して、被災地に人を呼び込む動きをもっと考えてほしいと思います。

取材:金澤隆秀記者(NHK福島)・立石顕記者(NHK福島)・小久保峰花記者(おはよう日本)・下山章太ディレクター(おはよう日本)

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