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2020年3月12日(木)

宮城女川町 町民たちの集う場所が再び

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県女川町では、町唯一のスーパーマーケットが震災から9年ぶりに営業を再開しました。

悲劇を乗り越え 再建へ 住民 待望の“集いの場”

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた女川町で、町で唯一のスーパーとして親しまれてきた「おんまえや」です。震災の津波で全壊しました。

佐藤広樹さんです。
ともにこの店を営んでいた家族や、従業員が行方不明となりました。

佐藤広樹さん
「姉だけは遺体であがったんですけど。あとは7人、見つかっていないですね。」

社長として店を切り盛りしていた母・佳世子さんや祖父母と姉、さらに従業員5人も亡くなり、当時29歳の佐藤さんが残されたのです。

津波が襲った翌日、店の看板だけが残されていたことに気付いた佐藤さん。
同じ場所に、店を再建することを決意しました。

佐藤広樹さん
「文字だけが残って、“またやりなさいよ”っていう自分に対して残したメッセージなのかな。」

震災の発生から2か月後、町では日用品が不足していたため、佐藤さんたちは被害を免れたバスを使い、移動販売を再開します。
しかし、震災をきっかけに町の人口は3割ほど減少。移動販売は赤字が続くなど、経営は軌道にのりませんでした。
再建のめどが立たない中、背中を押し続けたのは周囲の人たちでした。

佐藤広樹さん
「問屋さん・市場の人たちも『お金は後でいいから持って行け』って出してくれた人もいましたから。うちらも負けないでやるぞっていう気持ちになります。」

その後、女川町では津波の被害を防ぐ復興工事が行われ、この一帯の土地は平均8メートルかさ上げされました。
そして、かつてと同じ地区に、おんまえやが再建されたのです。

町唯一のスーパーの再開を、人々も心待ちにしていました。

住民
「すごく便利になると思います。うれしいですね。」

「ようやくなんですよね、ようやく。待っていたっていう感じなんだよね。」

まもなく再オープン! 住民 待望の“集いの場”

開店前から店の前には、再開を待ちわびたおよそ300人が集まりました。
オープンに先だって佐藤広樹社長があいさつしました。

おんまえや 社長 佐藤広樹さん
「23年の3月11日、本当に大変な思いしました。皆さんもそうですけど、うちの会社も本当に…。諦めないで、前を向いてやっていきます。本当にありがとうございました。」

午前10時前に開店すると、訪れた客たちは、佐藤広樹社長や従業員から「ありがとうございます」の感謝のことばとともに買い物かごを受け取りました。

そして店内に入ると、新鮮な野菜や果物、海産物など目当ての品を次々と買い求めていました。

開店を心待ちにしていたという女川町の70代の女性は、「これまで石巻市まで買い物に出かけていたので、地元でスーパーマーケットが再開してくれてうれしいです。」と話していました。

佐藤広樹社長は、「多くの人の支えがあって、ここまで来ることができました。これからはお客様の要望に一つでも多く応えられるよう頑張っていきたいです。」と話していました。

取材:勝呂恭佑アナウンサー(仙台放送局)・小嶋陽輔カメラマン(映像センター)・池田亜佑ディレクター(政経国際番組部)

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