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2020年3月17日(火)

若者が見つめた相模原殺傷事件裁判

相模原市の知的障害者施設で入所者19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件の裁判では、元職員の植松聖被告(30)に、求刑通り死刑が言い渡されました。被告は裁判中にも「意思疎通ができない人間は生きる価値がない」などの主張を繰り返し、延べ1万人近くが傍聴しようと列を作りました。若者の関心も高く、NHKの特設サイトには10代、20代から多くの投稿が寄せられました。

大学院で障害者福祉を研究する河内山冴さんも、この裁判に注目した1人です。事件の背景を知りたいと、何度も傍聴に通いました。

河内山冴さん
「報道に出てこない詳細を、自分の耳で聞きたいと思って裁判を傍聴しました。」

法廷では、最初は入所する障害者を「かわいい」と言っていた被告が、働いているうちに「生産性がない」「いても意味がない」と主張し始めたことを知ります。一方、被告について「性格は明るくいい先輩だった」という後輩のことばもありました。

河内山冴さん
「考え方などにおかしい部分はあったけど、普通の人だったっていう感じが印象として残りました。なんでああなってしまったのか、傍聴することでもう少し知りたいと思います。」

学業のかたわら、アルバイトで障害のある子どもたちに勉強を教えている河内山さん。障害のある人には魅力があり、関わり方しだいで可能性が広がることを実感してきました。それが、なぜ被告には感じられなかったのか、裁判からは見えてきませんでした。河内山さんは今後も事件と向き合い続けようと考えています。

河内山冴さん
「負の感情を行動に起こしてしまう人が、もしかしたらまたいつか出てくるかもしれない。私にできることは少ないけれど、問題意識を持ってる人がたくさんいればその人たちの少しずつの力で良い方向にいくんじゃないかと思います。」

「生産性がない障害者はいなくてもいい。」

植松被告のことばについて考え続けている若者がいます。大学3年生の飯塚仁美さんです。

大学生 飯塚仁美さん
「障害がある人はお金や支援者や家族の時間を奪っているという考え方がすごく恐ろしいなって思ったし、すごく異常な事態だなって思いました。」

事件が起きたのは、飯塚さんが高校3年生の時。障害のある人が「街を出歩くのが怖くなった」と話すのを聞き、障害者を支えたいと福祉を学ぶことを決意しました。
しかし、裁判の経過を見つめていくうちに、「生産性で人の価値を判断する」という考えは被告だけのものなのか、経済的利益を生み出すかどうかで人を判断するという風潮に、自分も含めた社会全体がとらわれているのではないかと考えるようになったといいます。

飯塚仁美さん
「社会構造を受け止めている時点で、間接的に障害差別に加担しているのかなって思うから、そういう意味でも自分は改めてこの事件の当事者であるんだなというのは実感するところはあります。」

飯塚さんは、ゼミの仲間と話し合うことにしました。

飯塚仁美さん
「生産主義、効率主義みたいなものが(社会の)根本にあるから私たちでさえ植松被告の考えにひっかかるところがある訳じゃん。」

飯塚さんの問題提起に対して、他の学生からも、そうした考え方に理解できる面もあるという声があがります。

学生
「家族は生きていて欲しいからっていう理由で施設に預ける選択をしたと思うんだけど、そこにもお金はかかってくる。」

この事件を、いま、社会に生きる自分たちの問題としてどう捉えるのか考え始めました。

学生
「生産性ということばもあると思うけど、人の命の価値ってそれだけじゃない。そういうところを考えないと、ひずみが生まれてしまうのかな。」

飯塚仁美さん
「同調圧力みたいなものがあって、私たちも、障害がない人もそういうものに生きづらさを感じている。障害のある人が生きやすい社会って、すべての人が生きやすい社会なんじゃないかな。」

この日の話し合いで結論は出ませんでしたが、飯塚さんたちは裁判が終わっても、事件が問いかけたものに真剣に向き合っていこうとしています。裁判に注目し、「自分にできることは何か」を問い続ける若者たち。その姿は、事件を判決で終わりにすることなく、あらゆる世代のそれぞれが向き合う必要性を投げかけています。

取材:田中徳絵記者(横浜局)
   須田唯嗣記者(首都圏放送センター)

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