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2020年3月19日(木)

三陸鉄道 災害乗りこえ全線再開へ

連続テレビ小説「あまちゃん」でおなじみの三陸鉄道。去年(2019年)10月の台風19号によって、大きな被害を受け、一部の区間で運休が続いていましたが、5か月を経てすべての区間の復旧が終了。3月20日から、全線で運行が再開されます。今月(3月)22日には、復旧した路線で東京オリンピックの聖火も運ばれます。聖火を「復興の火」として、岩手県内の各地へ届けるためです。
復旧までの道のりには「被災した人々に早く日常の暮らしを取り戻したい」と考える鉄道マンの奮闘がありました。

地元では“サンテツ”の愛称で親しまれる三陸鉄道。岩手県北部の久慈市から、南部の大船渡市を結ぶ163キロの路線は、第三セクターの鉄道として、全国最長です。
9年前の東日本大震災では、津波により甚大な被害を受けましたが、3年後には全線で運転を再開。そして去年3月、JR山田線の一部区間が移管されて新たにリアス線が誕生し、震災の被災地を1本で結ぶ鉄道として、復興を後押しする役割が期待されていました。
しかし、去年10月の台風19号でも被災。線路の地盤が流出するなど被害か所は90余りに上り、およそ7割の区間が一時不通になりました。その後、徐々に復旧は進みましたが、被害の大きかった陸中山田・釜石を結ぶ区間では、3月中旬まで、連日、復旧作業が行われていました。

この作業現場で指示を出していたのは、三陸鉄道・施設本部長の岡本準さん。路線復旧の責任者です。高校卒業後、地元に貢献できる仕事がしたいと、三陸鉄道が設立された昭和56年に1期生として入社。高校時代に培った電気系統の専門知識をいかして、社内では「電気屋岡ちゃん」とも呼ばれ、40年近く、線路の管理を担ってきました。
岡本さんは、運行再開に向けて、不通となった区間をくまなく歩き、線路の状態を確認していました。列車が走らなくなると、線路はさびつき、設備にも不具合が出る可能性があるからです。「再開にむけて、しっかり状態を確認しないといけません。線路は生きていますから。」と、手塩にかけてきた線路を見つめながら、岡本さんは話します。

9年前の東日本大震災でも大きな被害を受けた、三陸鉄道。
岡本さんは、実家が津波によって全壊しながらも、被災直後から路線の復旧にあたり、運転再開に貢献しました。去年3月には、震災から8年ぶりに復旧された区間が繋がれ、リアス線が開通します。
しかし、そのわずか7か月後、台風19号が岩手県を襲いました。再び大きな痛手を受けた線路を前に、岡本さんは、「何で今なんだって思いましたよ。せっかく立派に立ち直った路線だったのに」と、やり場のないむなしさを感じたといいます。またしても、岡本さんの前に立ちはだかった復旧という難題。立ち向かうモチベーションは何かとたずねると、岡本さんは“沿線の方々からの声”だと、教えてくれました。

岡本準さん
「やっぱり沿線の方たちは三鉄早く走らせてくれという声が多いんですよ、大きいんですよ。走らせることがうちら保守鉄道マンの使命ですので。」

復旧で求められたのは、豪雨への備えです。
岡本さんに、復旧現場を案内してもらいました。台風による大雨で、線路を支える地盤が雨水によって押し流され、およそ20メートルにわたって線路が浮いた状態になった山田町船越地区の現場では、新たに地盤を貫く排水溝が設けられていました。さらに、線路を支える地盤を、水はけのよい砂利で補強しています。雨水の通りをよくすることで、地盤が押し流されるのを防ぐためで、いずれの工法も、三陸鉄道としては初めて採用したものでした。
被災した現場によって、求められる対策も異なります。岡本さんは、ひとつひとつの現場に足を運んで対策を検討し、工事の進行を隅々まで確認していました。

全線の開通の予定日まで週間を切った、3月16日。
宮古市にある三陸鉄道の本社で毎朝開かれている定例の会議には、岡本さんをはじめ、三陸鉄道の中村一郎社長などの幹部が緊張した面持ちで集まりました。この日、路線の再開を前に、初めて試験走行が行われるためです。
試験では、通常の営業車両とほぼ同じ重さの「モーターカー」と呼ばれる専用の車両を走らせて、復旧した線路にゆがみなどが生じないか、安全性を確かめます。少しでも異常が認められれば、予定どおりの運行再開は絶望的になります。施設本部では、緊張した様子で結果の連絡を待つ岡本さんの姿がありました。声をかけるのもはばかられるほど、部屋は重苦しい雰囲気です。

試験走行が始まってから約30分後、電話が鳴りました。
結果は「異常なし」。
報告を受けた岡本さんは、「とにかくほっとしました。安心しました」と話して、この日、初めて笑顔を見せました。岡本さんは、線路に列車が走り続ける“日常”を、これからも守り続けたいと考えています。

岡本準さん
「沿線では、サンテツ、サンテツって言われてなくてはならないもの。あって、あたりまえのものです。いつもと変わらない、三陸鉄道の走っているというその風景が続けばいい。」

2度の被災を乗り越えて、再び走り始めた三陸鉄道。被災地をつなぐ線路は、これからも沿線の地域を支え続けます。

取材:下京翔一朗記者(NHK盛岡放送局)

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