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再録 シリーズ「坂の上の雲」明治の夢・歴史の今

2009年10月から11月まで20回にわたって放送されたミニ番組「明治の夢・歴史の今」を再録。「坂の上の雲」ゆかりの地を訪ね、明治という時代と現在とを浮かび上がらせた番組を振り返ります。

第2回 松山の人と風土 2009年10月8日放送

  • ふるさと松山
  • 温厚な気質
  • 若者たちの旅立ち

「春やむかし十五万石の城下かな」

正岡子規がふるさと松山を詠んだ句だ。その城下町の一角で「坂の上の雲」の主人公たちは生まれた。俳句、短歌の改革者・正岡子規が17 歳まで過ごした家は、文学資料館「子規堂」として市内正宗寺に復元されている。

もう一方の主人公、秋山好古、真之兄弟の生家は空襲で焼失したが、平成17年に復元され当時を偲(しの)ばせている。兄・好古は日露戦争において当時世界最強のコサック騎兵隊と互角に戦い、弟の真之は「知謀湧くがごとし」と謳(うた)われた海軍作戦参謀として日本海海戦を勝利に導いた。

文学資料館「子規堂」

古くから伊予松山の人たちは、海山の豊かな産物と温暖な気候のおかげで、のんびりとしており、争いごとをきらう性格と言われてきた。果たして今はどうなのだろうか。町で「松山の人をひと言でいうと?」と質問すると、年代、性別を問わず「おっとり」「おだやか」という答えが返ってくる。ほかにも「あまりケンカをしない」、「温厚で優しい」という答えがほとんど。「そうだな」というところを「そうじゃなもし」と優しくいう。“なもし”は、松山人気質をよく表している言葉だ。

海山に囲まれた松山の市街

心優しき松山の若者たちの背中を“明治”という時代の風が後押しした。スペシャルドラマ「坂の上の雲」第1部の物語で、ふるさと松山から東京へ旅立つ真之は、自らを鼓舞するようにこんな言葉を口にしている。

「さあ、海じゃ。目指すは海の向こうじゃ!」

三津浜の港から出て行く船から手を振る真之。見送る家族や友人たち……。

夢と希望と少しばかりの不安を胸に若者たちの長い旅が始まった。

東京へ旅立つ真之 (第1部より)

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