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再録 シリーズ「坂の上の雲」明治の夢・歴史の今

2009年10月から11月まで20回にわたって放送されたミニ番組「明治の夢・歴史の今」を再録。「坂の上の雲」ゆかりの地を訪ね、明治という時代と現在とを浮かび上がらせた番組を振り返ります。

第6回 道後温泉界わい 2009年10月18日放送

  • 威風堂々の明治建築
  • 漱石のお気に入り
  • 子規が詠んだ色里

松山に今も残る明治建築、道後温泉本館。午前6時、赤いギヤマンガラスの櫓(やぐら)から響く「刻(とき)太鼓」を合図に人々が一番風呂にやってくる。

道後温泉本館は道後の初代町長が周囲の反対を押し切って建設を開始した。城大工を雇いばく大な総工費をかけた銭湯は、明治27年、日清戦争の年に完成した。その翌年、帰省した正岡子規は、松山に教師として赴任した夏目漱石の下宿に居候している。

道後温泉の「刻太鼓」

漱石の月給が80円だった時代に、道後温泉は貸し浴衣とお茶がついて8銭だった。今は貸し浴衣とお茶とおせんべいがついて800円だ。道後温泉が気に入った漱石は、小説「坊ちゃん」の中でも主人公を湯ぶねで泳がせている。また第1部のドラマでは、漱石が子規から「また道後温泉か」といわれながら出かけていき、湯ぶねにつかりながら「都を離れて初めて見えてくるものもあるさ」とつぶやくシーンも登場した。

道後温泉でくつろぐ人々

道後温泉の裏には、一遍上人誕生の地として知られる宝厳寺(ほうごんじ)がある。明治28年10月、漱石と子規は連れだって道後に入浴、帰り道にこの寺を詣でた。その山門で子規は一つの句を詠んでいる。

色里や十歩はなれて秋の風

宝厳寺の長岡隆祥住職によれば、当時山門の下から続く道の両側には遊郭が軒を連ねていたという。しかし、子規の詠んだ色里は昭和に入ってゆっくりと姿を消していった。

子規の句碑がある宝厳寺

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