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岐阜県関ヶ原町

慶長5年(1600)、15万を超える大軍がここ、関ヶ原で激突しました。家康が陣を構えたのは、桃配山。家康は石に座り、作戦を練ったといわれます。一方、三成は笹尾山に陣を敷き、家康方の軍勢を迎え討つも、敗北。わずか1日で勝負が決します。
 家康は、亡骸(なきがら)を敵味方の区別なく、手厚く葬らせたと伝わります。のちにお堂が建てられ、今も地元の人々の手によって弔われています。

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関ヶ原古戦場 決戦地

JR「関ヶ原」下車、徒歩20分